「7年連騰」のカギを握る「生産性向上」

日経ビジネスオンラインに1月5日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130321/245368/

可処分所得の増加がカギに
 2018年も株高は続くのか。2017年の日経平均株価は、6年連続で前年末の水準を上回る「陽線」となった。前年をギリギリで上回った2016年とは違い、2017年の終値は2万2764円94銭と、1年前に比べて3650円57銭も上昇した。2018年の経済情勢の好調さを先取りする形で株価が大きく上昇したとみていいだろう。

 安倍晋三首相が掲げる「経済好循環」をいよいよ実感できる年になりそうだ。企業業績の好調が賃上げによって家計を潤し、それが消費へと結びついてさらに企業業績を押し上げる。ポイントは、これまで実感が無かったビジネスマン層などが賃金の上昇を感じるほど、実際に使えるお金が増えるかどうか。つまり、可処分所得の増加がカギを握る。

 企業業績の好調さや、安倍首相の財界への呼びかけもあって、2018年の春闘は5年連続でのベースアップが確実な情勢だ。首相は、定期昇給と合わせた「3%の賃上げ」を求めており、これが実現するかどうかが最大の焦点になる。大幅な賃上げが「流れ」になれば、経済好循環の歯車が回り始める。この循環を続けるには、職場の「生産性向上」が欠かせない。

 デフレ経済が続いてきた中で、「生産性」というと、いかに1人当たりの賃金を抑えるか、経費を削減して利益を確保するか、という点に関心が向いてきた。結局、売り値を下げる以上にコストを抑えることに躍起になり、そのしわ寄せはほとんど従業員の「給与」や「働き方」に及んでいた。給与が増えない中で消費にもお金が回らず、経済規模が縮小していく、いわゆるデフレ・スパイラルが生活を圧迫することになっていた。

 だが、デフレから脱却しつつある中での「生産性向上」は全く意味が違う。賃金上昇を前提に、それを吸収できるだけの売り上げを追求して利益を確保していく。労働時間を短くしても、むしろ生み出す付加価値は増える、という本当の意味での「生産性」向上が不可欠になる。そのためには、生産性が低い儲からない仕事を止め、より収益性の高い仕事へと従業員をシフトしていく、本当の意味での「経営」が必要だ。

 そうした経営改革に取り組めるかどうかが企業が生き残れるかどうかの決め手になる。というのも2018年は人手不足が一段と深刻になるからだ。放っておいても人件費の相場は上昇していく。さらに安倍内閣は「長時間労働の是正」を掲げ、残業の上限を定める労働基準法の改正を行う方針だ。

長時間労働の是正と賃上げを両立する方法とは
 だが、景気の底入れと人手不足の深刻化とともに、むしろ職場での残業は増加傾向にある。一方で、電通での過労自殺をきっかけに、会社での残業時間の管理は一気に厳しくなっている。その結果、仕事を家庭に持ち帰ったり、残業しても出勤簿に記録しない「サービス残業」をしたりするなど、問題はむしろ水面下に沈みつつある。

 仮に残業時間の上限を法律で決め、罰則を科したとしても、労働基準監督署に摘発されない限り、残業が劇的に減ることはなさそうだ。本来、企業は仕事のやり方を抜本的に見直すなど本当の意味での「働き方改革」を実行すべきなのだが、景気の底入れで仕事が増えている中で、なかなか業務改革に踏み出せない。過労死や過労自殺が増え、再び社会問題化するに違いない。

 そんな中で、長時間労働の是正と賃上げを一気に実現する方法がある。残業代の割増率の引き上げだ。

 ご存知の通り、残業時間には「割増金」が付く。通常勤務の「時給」に比べてどれぐらい上乗せするかが「割増率」だ。日本の場合、割増率は「25%以上」で、1カ月で60時間を超える時間外労働については「50%以上」とすることが労働基準法で定められている。2010年の法改正で施行されたものだが、影響が大きいとして、中小企業については適用が猶予されている。

 この規定を諸外国と比べると差は歴然としている。米国では割増率は50%と規定されているほか、英国では規定はないものの一般的に50%が割増率となっている。ちなみに英国は法定労働時間が残業を含んで週48時間となっている。

 フランスは1週間で8時間までの残業は25%増しで、それ以上は50%だが、法定労働時間は他の国より短い週35時間(日本や米国などは40時間)だ。

 また、ドイツの場合は労働協約で規定され、1日2時間までは25%増し、それ以降は50%増しとなっている。しいて言えば、ドイツが最も日本に近いと言えるかもしれない。

 米国や英国などは残業の1時間目から50%の割り増しになっているのに対して、日本は60時間までは25%増しで社員を使えるわけだ。

 実は、残業代として1.5倍の給与を払わなければならないとなると、経営者にとって別のオプションが生まれる。その分、もうひとり社員を雇う、という選択だ。特に給与水準が高いベテラン社員を残業させるならば、給与の低い若手社員を増員した方が効率的だという判断になる可能性が高い。逆に25%の割り増しで済むのなら、仕事を分けるよりも同じ社員にやらせた方が効率的、ということになるわけだ。

 これは経団連企業の経営者の多くが気付いていることだ。安倍政権に近い財界首脳のひとりは、「時間外労働を減らす特効薬になるのは分かっている」と話す。一方で、「経団連が言い出せるはずはない」ともいう。残業代の割増率を一律50%にすれば、残業代が急増して人件費が劇的に増加することが火を見るより明らかだからだ。

割増率の引き上げは生産性改善につながる
 実は官邸の会議でも繰り返し議題になってきた。安倍首相が「経済好循環」を掲げる土台作りを担った2013年秋の「経済の好循環実現検討専門チーム」にも割増賃金の状況に関する資料が提出されている。当然、その後の「働き方改革実現会議」などで議論されてもしかるべきだったが、経済界の意向に配慮してか、封印されたままだ。

 1月に召集される通常国会では、残業時間の上限を定めた改正労働基準法の審議が始まる見通しだ。繁忙期の特例で認められる残業の上限を月100時間未満と法律で定めることになるが、経済界が同時に導入を求めている時間に縛られない働き方を認める「高度プロフェッショナル制度」の行方などは、不透明なままだ。

 仮に残業時間の上限が抑えられ、労働時間が減った場合、社員からすればその分の残業代が減ってしまう可能性も十分にある。多くの家庭で残業代は「生活給」になっており、残業の減少は手取りの減少に直結する。そうなれば、消費に回すどころの話ではない。経済好循環に暗雲が漂うことになる。

 残業を減らしながら、手取りを減らさないためには、賃上げが不可欠だが、本体部分を引き上げれば恒常的に企業の負担が増えることから、経営者が尻込みすることになる。

 そこで最も手っ取り早いのが、残業代の割増率を引き上げることだ。残業代を1時間目から一律50%増しにすれば、仮に残業時間が半分になっても手取りは概ね変わらない。企業経営者からすれば、その分、生産性を改善しなければ利益が減る。無駄な残業をやめさせるプレッシャーが働き、本当の意味での「働き方改革」が不可欠になる。もちろん、それを通じて生産性の改善につながっていくはずだ。

 一方で、多くの企業が「高い残業代を払うなら、もうひとり雇おう」と考えた場合、人手不足はさらに逼迫する。何せ、有効求人倍率はバブル期を超え、高度経済成長期の水準に達している。これにさらに拍車がかかるわけだ。

 そうなると、給与水準を引き上げなければ優秀な人材が確保できないという状況が一段と進むことになるだろう。割増率の引き上げによって、一般の社員の給与も上昇していくという効果が期待できるわけだ。もちろん、企業経営者の抵抗感は強いが、現状のように、企業収益が向上し続け、内部留保が膨らんでいる時にしか、思い切った人材への投資は出来ないだろう。日本企業の経営改革が進み、収益性が一段と改善されることになれば、株価もさらに上昇することになる。2018年は経済好循環が始まるかの勝負の年になりそうだ。