日経ビジネスオンラインに7月6日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/070500080/
加計学園問題で国家戦略特区に批判が集中
内閣支持率は底割れを回避し、奇妙な「安倍一強状態」が続いている。森友学園問題や加計学園問題への対応には、多くの国民が不信感を抱いているものの、野党からも自民党内からも安倍晋三首相を脅かす勢力は出て来ない。
だからといって、かつてのような求心力が働いているわけでもない。野党が反対した働き方改革関連法も何とか成立させたが、結局は数頼みだった。
そんな中で、猛烈な逆風が吹き始めているのが「規制改革」である。第2次安倍内閣発足以降、安倍首相が推進してきたアベノミクスでは、「3本の矢」の「3本目」として「民間投資を喚起する成長戦略」を掲げた。そして、成長戦略の「1丁目1番地は規制改革」だと言い続けてきた。
当初「3本目の矢」には、海外投資家などが大きく期待し、株価上昇の原動力になった。規制改革で日本経済の「稼ぐ力」が増せば、株価が上昇するという期待が盛り上がったのである。ところが、その規制改革が、ここへきて、逆風にさらされているのだ。
最大の要因は、安倍首相が「規制改革の1丁目1番地」と位置付けてきた「国家戦略特区」のつまずきである。首相は「岩盤規制」に穴をあけるドリルの刃になると宣言、医療や農業、労働市場を名指しして改革をぶち上げた。全国一律に規制を緩和するのではなく、特区でまず規制をぶち破り、それを全国に広げていく。そんな作戦を立てたのだ。
ところが加計学園問題で、この特区に批判が集中することとなった。特区には2014年3月に東京圏や関西圏、兵庫県養父市などが地域指定され、2016年1月に「広島県・今治市」が3次指定として追加された。そして、特区担当大臣と自治体の長、事業者の三者で更生する「区域会議」で、獣医学部の新設を盛り込んだ。
獣医学部新設は50年以上にわたって認められてこなかった「岩盤規制」である。結局、事業者として手を挙げた加計学園が、特区として認定された今治市内で2018年4月に獣医学部を新設したが、その認可の過程で、加計学園理事長と長年の友人である安倍首相の指示あるいは、官僚たちによる忖度があったのではないか、という批判が野党を中心に噴出したのだ。つまり、「加計ありき」で安倍首相が特区制度を利用したのではないか、というわけだ。
規制改革を求める「事業者」が登場するか
獣医学部の新設に関しては、特区諮問会議のワーキンググループ(WG)が医学部新設とともに早い段階から「岩盤規制」として俎上に載せていた。2014年以降、WGでの議論に登場するが、議事録を読む限り最も熱心だったのは座長の八田達夫・大阪大学名誉教授だ。何せ50年以上も学部新設を許可しない文科省の行政は、岩盤規制そのものだと八田教授は考えたようだ。WGのメンバーは記者会見を開き、今治市選定のプロセスについてこう語った。
「今回の規制改革は、国家戦略特区のプロセスに則って検討し、実現された。言うまでもなく、この過程で総理から『獣医学部の新設』を特に推進してほしいとの要請は一切なかった」
規制改革プロセスとしては「一点の曇りもない」と強調したのだ。八田教授は国会での参考人聴取でも同様の発言を繰り返した。また、特区諮問会議の議員に名を連ねた坂根正弘・コマツ相談役も、首相の関与などありえないと発言している。
それでも野党の批判は執拗に続いた。安倍首相も最後まで選定プロセスには全く関与しておらず、一点の曇りもないと繰り返したが、安倍首相の意向を忖度して加計学園が選ばれ、特区で獣医学部開設を実現できた、という印象が定着した。
もともと、特区は、首相のリーダーシップによって各省庁が抵抗する「岩盤規制」を突破しようという仕組みだ。もちろん、各省庁の後ろには、既得権を持つ業界団体がいる。獣医学部の新設が50年にわたって実現しなかったのも、「獣医師は余っている」という獣医師会の反対を受けて、文部科学省などが認可しなかったためだ。加計学園は今回の特区申請以前にも、繰り返し獣医学部新設を要望したが、ずっと拒否され続けてきた。
実は、特区制度で最大の難関は、規制改革を求める「事業者」が手を挙げるかどうか。特区は前述の通り、国と地方自治体、事業者の3者が一体となって規制に挑む仕組みだ。だが、手を挙げる事業者からすれば、既得権を握る同業者や、その利益を守っている監督官庁を敵に回すことになる。役所を敵に回せば、その案件は通っても、他のどこで意地悪をされるかわからない。まさに「江戸の敵を長崎で討たれる」ことになりかねないのだ。
加計学園問題で特区が批判されるようになって以降、特区制度を使って規制を突破しようとする事業者が激減している。企業など民間からすれば、いくら政治家や内閣府が後押ししてくれても、監督省庁と事を構えるのは危険だ。安倍内閣も永遠に続くわけではない。
特区に選ばれた自治体も尻込みしている。「これまでは特区に選ばれたことが大きなPR材料だったが、なぜ特区などに手を挙げたのかという批判から住民の中からも出るようになった」(特区に指定されている自治体の首長)という。自治体の首長としても特区に手を挙げるのがリスクになり始めているのだ。
「目玉不足」の規制改革実施計画
政府が6月に閣議決定した成長戦略「未来投資戦略2018」には、「国家戦略特区の推進」という項目が残っている。だが、143ページにわたる戦略本文の中で、わずか1ページと6行だけである。規制改革の「1丁目1番地」はまさに風前の灯火だ。
同じ6月15日には「経済財政運営と改革の基本方針2018〜少子高齢化の克服による持続的な成長経路の実現〜」、いわゆる「骨太方針」と、「規制改革実施計画」も閣議決定されている。この3つを同時に閣議決定し、それを行政の方針として7月以降の「事務年度」で実行に移していく、というのが第2次安倍内閣以降のやり方になっている。霞が関にとって「閣議決定」は重く、内閣の方針として決められた事として、行政はそれに何らかの「答え」を出す事が求められる。
霞が関の官僚は、閣議決定された方針に真正面から反対することは出来ない。面従腹背することも可能だが、成果を上げなければ、官僚としての評価が下がる。この3本の閣議決定は極めて大きな意味を持つのだ。
だが、今年は「規制改革実施計画」がニュースで大きく取り上げられることはなかった。「目玉」に乏しかったのである。
実施計画を策定したのは政府の規制改革推進会議(議長・大田弘子政策研究大学院大学教授、元経済財政政策担当大臣)である。計画には、「改革の重点分野」として、「行政手続コストの削減」、「農林」、「水産」、「保育・雇用」、「医療・介護」、「投資等」及び「その他重要課題」を掲げている。農林ではかつてJA全中の解体などを掲げ、大きな議論になったが、ひと山越えた感じになっている。
今年の計画では、放送と通信の融合に向けた規制改革などが盛り込まれているが、今ひとつ話題にならなかった。
これまで、農業ではJA、医療では医師会、雇用問題では労働組合などを、岩盤規制を守る既得権者とみなし、政治が前面に出てそうした団体と戦う姿勢を安倍首相らは取り続けてきた。そうした改革姿勢が国民の支持を得て、高い支持率につながると考えたのだろう。
ところが、ここへきて内閣の足元が揺らぐとともに、そうした既得権者をやり玉に挙げて規制改革を進める手法はなりをひそめるようになった。安倍首相が「敵を作らない」方針に変えたのかどうかはわからない。だが、規制改革をめぐる永田町や霞が関のムードが大きく後退していることだけは間違いない。