やはり岸田内閣は「アベノミクス」がお嫌い? 本気度が見えない「国家戦略特区」の再開

現代ビジネスに7月3日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/96983

どうも様子が違う

「国家戦略特区(特区)」の事業認定などを行う「国家戦略特区諮問会議(特区諮問会議)」が6月13日、開かれた。

対面で会議が開かれたのは3月10日続いてで、いよいよ岸田文雄内閣で「特区」を使った改革が本格的に再開されるのか、と思いきやどうも様子が違う。特区は「規制改革を1丁目1番地」だとした「アベノミクス」の象徴的な存在である。つまり「特区」に本腰を入れるということはアベノミクスの改革を継続することを意味するが、そうではないらしい。やはり、岸田首相はアベノミクスはお嫌いな様子なのだ。

実は、特区諮問会議は長い間、実質的に開催されて来なかった。2020年12月に対面で行われた後、4回にわたって「持ち回り」という形が続き、前回の3月が1年3カ月ぶりの対面開催だったのだ。この間、オンライン会議すら開かれていなかった。対面開催が戻ってきたことで、岸田内閣が重い腰をあげ「改革」に動き出したと期待する向きもあったが、その期待は外れたようだ。

6月13日の会議では、「民間議員」5人が一新された。特区諮問会議は首相を座長に、5人の大臣と5人の民間人が「議員」を構成する。規制権限を持つ「各省大臣」は議案によっては参席をもとめらるが、基本的に議員にならない。各省が持つ規制権限を「特区」を使って突破するのが狙いだから、当然、「民間議員」の力が重要になる。

特区諮問会議は2014年に創設された。アベノミクスの目玉的な改革組織だ。その創設時からのメンバーだった八田達夫大阪大学名誉教授と、坂根正弘コマツ元会長、竹中平蔵慶應義塾大学名誉教授、坂村健東京大学名誉教授、秋池玲子ボストンコンサルティンググループ マネージング・ディレクター&シニア・パートナーの5人が3月を最後に退任したのだ。

規制改革に人生を捧げてきたと言っても過言ではない八田氏や竹中氏、坂根氏が「退場」した意味は大きい。当然、彼らの後を継ぐ「改革派民間人」の就任が注目された。

うるさ型を外す

新しく議員になったのは、垣内俊哉・ミライロ代表取締役、 越塚登・東京大学大学院教授、菅原晶子経済同友会常務理事、中川雅之日本大学教授、南場智子ディー・エヌ・エー会長の5人。

小物と言っては失礼だが、著名なのは南場氏ぐらいだ。その南場氏も就任を最後まで渋ったが、事務方が「年に2回しか会議はやらない」「座っているだけでいい」と口説いた、という噂が関係者の間で流れている。つまり、議員の入れ替えは、新しい人たちを選ぶことに狙いがあったわけではなく、従来の人たちを外すことに狙いがあった、というのだ。改革に一家言も二家言も持つ八田氏や竹中氏といった「うるさ型」を外したということのようなのだ。

八田氏は退任するに当たって、後任を推薦したという。原英史氏。元経産省官僚で、行政改革担当大臣補佐官などを務めた。退官後も規制改革に民間人の立場で取り組んできた筋金入りの改革派だ。

原氏は政府の「国家戦略特区ワーキンググループ(特区WG)」の座長代理を務めてきた。特区WGは民間企業などからの規制改革提言などを聞き、特区の設置や事業の追加などを特区諮問会議などに推薦していく、特区諮問会議の下部組織的な存在。座長は八田氏が務めてきた。その八田氏が推薦したにもかかわらず、政府は原氏を議員にはせず、WGメンバーだった菅原氏と中川氏を議員に据えたのだ。

おとなしい新「特区諮問会議」

それでもWGに在籍していた2人が議員になれば、今まで通り連携がうまくいくのではないかと思われたが、6月13日の会合を前にちょっとした事件が起きた。

政府は6月7日、「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」と共に「規制改革実施計画」を閣議決定した。今後1年の行政運営の指針になるものだが、その実施計画の国家戦略特区部分にWGが噛み付いた。

「国家戦略が岩盤規制改革を目的とする制度であることを考えれば、甚だ貧弱な内容だ」

厳しい言葉を浴びせた背景には、例えば、インターネット投票などを1年以内に実現するよう特区諮問会議の民間議員が求めたにもかかわらず省庁間の調整すらせず、項目に記載されていないことなどを指摘している。さらに「計画に記載される項目は、数が少ないうえ、その多くは自治体などが規制所管省に直接要望しても実現するであろう事項である」と手厳しい。つまり、特区でなくてもできるものしか書いていないというのだ。

そのうえで、インターネット投票をはじめとする大胆な規制改革の実現や、これまで特区だけで認めてきた「農地の企業所有」や「公設民営学校」などを全国展開せよと求めている。

本来こうした文書は、WGではなく、その意向を受けた特区諮問会議の議員が、会議で発言すべきことだ。ところが、6月13日の会議では、新しい民間議員は一切、これに関する発言をしなかった、というのだ。さっそく「おとなしい特区諮問会議」が実現した、というわけだ。

アベノミクス」には背を向ける

安倍晋三元首相は「アベノミクスの1丁目1番地は規制改革だ」と繰り返し、自ら「岩盤」を突破する「ドリル」になるとして、その武器として「国家戦略特区」を使った。

都心部の再開発で超高層ビルが次々に建っているのも「特区」での容積率緩和が大きく効いた。また、地域創生でも古民家の旅館活用や民泊、中山間地での耕作地維持に向けた株式会社による農地取得なども「特区」を突破口に実現してきた。四半世紀ぶりの医学部新設も特区だからこそ実現できた。

ところが、半世紀にわたって新設が認められていなかった獣医学部を特区を使って認めたところ、安倍首相の友人が経営する学校法人が申請していたものだとして、森友学園問題と共に政権批判のターゲットになり、特区は急速に下火になった。アベノミクスが始まって以降、「骨太の方針」には国家戦略特区という言葉が何カ所も登場してきたが、2020年以降、ゼロになった。

今年の骨太の方針には1カ所だけ「特区」という言葉が出てきたが、「デジタル田園健康特区」という岸田流の言葉に変わっていた。「改革」という言葉も、2014年以降、最低の登場回数だった。やはり岸田内閣の本音は、特区を使った規制改革を進めた「アベノミクス」には背を向けるということなのだろう。