アベノミクスの規制改革、もはや「やる気なし」というヤバすぎる現実  来年1月「特区諮問会議」の人事がキモ

現代ビジネスに連載中の「経済ニュースの裏側」12月19日に掲載された記事です。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/69301

規制改革は風前の灯火か

「『岩盤規制改革のドリル』としての国家戦略特区の役割を再生させなければならない」

2019年9月30日、首相官邸4階の大会議室で開かれた「国家戦略特区諮問会議」に民間議員5人が連名で提出した文書は、悲壮感が漂っていた。

名前を連ねた5人のうち、ボストンコンサルティンググループの秋池玲子氏は会議を欠席したが、坂根正弘コマツ顧問、坂村健東洋大学教授、竹中平蔵慶應義塾大学名誉教授、八田達夫・アジア成長研究所理事長の4人が出席。

わずか18分間だったとはいえ、議長役の安倍晋三首相や菅義偉官房長官北村誠吾・規制改革担当大臣らに、「特区の窮状」を訴えた。

「国家戦略特区の今後の運営について」と題された資料では、「平成29年(2017年)6月を最後に特区法改正はなされておらず、その後2年余りの間、岩盤規制改革は放置されている状況」だとした上で、こう書かれていた。

「この 22年余りの間、新たに決定・制度化された規制改革措置は、すべて法律事項以外であり、かつ僅かひと桁(9件)に止まっており、その前の約3年間の82件に比べ、改革は著しく停滞している」

要は、国家戦略特区を使った規制改革がほとんど止まっているとしたのである。安倍首相はアベノミクスで掲げた成長戦略の柱として規制改革を掲げ、いわゆる「岩盤規制」を突き破るドリルの刃に自らがなると公言していた。

規制改革こそが「成長戦略の1丁目1番地」だとし、その最大の武器が「国家戦略特区」だとしてきたのである。ところが、2017年以降、ピタリと特区を使った規制改革が止まってしまったというのだ。

 

モリ・カケ後遺症

きっかけが加計学園だったことは間違いない。2017年5月に「これは総理のご意向」と記された獣医学部新設に関する文部科学省の文書が存在すると新聞が報じたことをきっかけに、獣医学部新設を加計学園に決めたことが安倍首相の職権乱用だったとする疑惑が一気に浮上した。

その後1年以上にわたって国会で野党が追及したのは記憶に新しい。森友学園問題と並ぶいわゆる「モリ・カケ問題」である。

特区の設置などを決めた特区諮問会議の民間議員は国会での参考人招致や記者会見で、審査は適切に行われたこと、決定段階での安倍首相の介入はなかったことなどを訴えたが、野党の国会での追及は収まらなかった。

結果、特区を活用しようとする地方自治体や事業者が影を潜め、前述の通り、全く成果が上がらない体たらくとなった。

特区は、担当大臣と自治体の首長、事業者の3者が「区域会議」と呼ばれる組織を設置、官庁の規制を突破していく仕組み。3者の合意を規制官庁は基本的に尊重する責務を追い、特例として規制を外すことが求められる。

特区指定された千葉県成田市で四半世紀ぶりに医学部が新設されたのに続き、50年ぶりに愛媛県今治市加計学園獣医学部が認可された。大学学部設置の許認可権を握る文部科学省は強く抵抗したが、首相官邸のリーダーシップに押し切られた格好になった。

その区域会議の中心的な役割を担う首長と事業者の腰が引けたのである。加計学園の二の舞にはなりたくない、というわけだ。

さらに、特区諮問会議の傘下にある「特区ワーキンググループ」の座長代理を務める民間人の原英史氏が、特区選定にあたって便宜を図る見返りに金銭を受け取ったと読める記事を毎日新聞が連日のように掲載。特区批判を展開したことも、自治体の特区敬遠に拍車をかけた。

原氏は事実無根として名誉毀損で提訴したが、その最中、国民民主党の森ゆう子参議院議員毎日新聞の当該記事をベースに質問を繰り返し行い、原氏らから懲戒の請願が出される事態に発展した。

結局、原氏の名誉は回復されないまま、特区への批判ばかりがクローズアップされ、特区の利用が止まる事態に直面している。

本来ならば、安倍首相や首相官邸のリーダーシップで、特区を活用した改革が進みそうなものだが、どうしたことか、官邸はだんまりを決め込んだ。「安倍首相はもはや改革意欲がなくなった」と言った解説が、改革を担ってきた官僚たちの間でも語られている。

やる気がなくなった

「ほぼ全面的に入れ替えというのは霞が関の常識では考えられません」

10月31日に発足した政府の規制改革推進会議のメンバーがほぼ全員入れ替わったことに、内閣府の官僚は驚く。

6月6日の会議を最後に任期を迎えた前身組織の後継を「常設化」することを「骨太の方針」で求められたが、新組織の人選や立ち上げは遅々として進まず、5ヵ月近く経ってようやくスタートした。

ところが、前身組織で議長だった大田弘子政策研究大学院大学教授も、議長代理だった金丸恭文・フューチャー会長兼社長も、メンバーにすら残らなかった。

「どう見ても、改革意欲を失ったとしか思えません」と内閣府で規制改革に携わってきた幹部官僚は言う。今では、改革派として目立った官僚は役所を追われ、若手改革派はすっかり鳴りを潜めて雲散霧消状態に成っている。

そんな中で、安倍内閣の改革姿勢の「最後の試金石」と見られていることがある。1月に任期を迎える特区諮問会議の民間議員5人の処遇だ。

間議員の任期は2年で、2014年1月の設置以来、2回再選され3期目に入っている。その任期が2020年1月にやってくるのだ。コマツの坂根氏や竹中氏は、安倍内閣発足以来、改革を担ってきた象徴的な存在で、彼らが続投するのかどうかに注目が集まっている。これまで特区を推進してきた官僚からは「全員入れ替えになるのではないか」という声も聞かれるが、果たして……。