いま一度考えるべき「ゴーン氏が保釈後、あんな変装をした理由」

現代ビジネス(講談社)に4月11日にアップされた拙稿です。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/64066

 

ゴーンを排斥した日本側の恐れ

特別背任容疑で逮捕・収監中のカルロス・ゴーン日産自動車前会長が保釈中に撮影された本人のメッセージ動画が4月9日、弁護団によって公開された。繰り返し「無実だ」と訴え、今回の事件を「陰謀」だと訴えた。

なぜ、ゴーン前会長を追い落とす「陰謀」が起きたのか。

ゴーン前会長は、数名の幹部が「自分勝手な恐れのために(中略)、今回の汚いたくらみを実現させるべく仕掛けた」とした。具体的な名前は挙げなかったものの、「皆さんが良く知っている人物」だとしていた。

「恐れ」とは、日産自動車ルノーが「統合すなわち合併に向けて進むということ」だとし、「ゆくゆくは日産の独立性を脅かすかもしれない」と「ある人たちには確かな脅威を与えた」というのである。

実際、2017年の後半から2018年にかけて、そうした「恐れ」を感じていた人たちは存在した。2018年の日産自動車の定時株主総会で、ルノー側が日産自動車との経営統合を議題にするのではないか、という「うわさ」が広がっていた。

ルノー日産自動車株の43%余りを保有する大株主。1999年に経営危機に瀕した日産自動車ルノーが救済した際に、ルノー筆頭株主となったが、「アライアンス」はお互いの独立性を認め合うというのが前提だった。あくまでも「対等」というのが日産自動車の日本人経営者だけでなく、日本政府の「建て前」だった。

20年近くにわたって独立性を維持してきた両社の「アライアンス」の形が変わるのではないか。それが西川廣人社長をはじめ、日本人経営幹部が感じた「恐れ」だった。

マクロン登場

こうした「恐れ」は、2018年の早い段階で、首相官邸経済産業省にも伝えられていた。ルノーの経営が芳しくないこともあって、フランスのエマニュエル・マクロン大統領自身が、ルノー日産自動車の統合を求めているというのが経産省の見立てだった。

マクロン氏は大統領選挙に出馬する前、経済・産業・デジタル大臣として、ルノーの先行きを検討する立場にあった。フランス政府はルノーの株式の20%弱を持つ大株主だから、当然、口を出す権利があるというわけだった。

2017年にマクロン氏が大統領になると、その要求はゴーン会長(当時)に直接伝えられるようになったとみられる。

当初、ゴーン前会長は、日産自動車の自立性を奪うような「アライアンスの見直し」には消極的だったとされる。持ち株比率はともかく、対等な立場のアライアンスだというかつての合意の経緯を知っていたからだ。

2018年6月の定時株主総会で、ルノーが持ち株にモノを言わせて牙をむいてくるのではないか。公式あるいは非公式に外交ルートを通じて日本政府がマクロン大統領にモノを言ったかどうかは分からない。

それまではずっと43.4%だったルノーの持ち株比率が2018年3月末に43.7%に増えたことが「恐れ」をより深いものにした。このころにはゴーン前会長を背任容疑で告発する動きが着々と進んでいた。日産の絶対権力者になっていたゴーン前会長を追い落とせば、「恐れ」がなくなると考えたのだろう。

ルノーは2018年6月の日産自動車株主総会では、強硬な「アライアンスの進化」は求めなかった。

一方で、日本側は、経産省OBの豊田正和氏を日産自動車社外取締役に送り込んだ。豊田氏は、同省の事務次官に次ぐNo.2である経済産業審議官を務めた大物OBだ。ルノー側がこの人事を認めた理由は分からないが、国が前面に出て来ることで、むしろ話が進みやすくなると考えたのだろうか。

だが、日本側の「恐れ」はどんどん大きくなっていった。

というのもマクロン大統領の要求を、さすがの絶対権力者も拒み続けることができなくなったとみられたからだ。このままゴーン前会長を権力の座に置いておけば、ルノーは間違いなく、日産自動車を吸収する。逮捕によってゴーン前会長が排除されることになったのだ。

あの変装は「イエローベスト」だったのでは

3月6日、ゴーン前会長は東京拘置所から保釈された。その際の「変装劇」が話題になったが、あのバレバレの変装の意味は何だったのだろうか。考案したとされる弁護士が即座に謝罪コメントを出していたが、なぜ、ゴーン前会長はあんな格好をすることを選んだのか。無実を主張するならば、正々堂々と背広姿で出て来る方が良いことぐらい弁護士やゴーン前会長本人は分かったはずだ。

日本経済新聞のOBである平田育夫氏は、即座に「あれはイエローベストだ」という解説をしていた。昨年からフランスで反政府の運動が盛り上がっているが、彼らは皆、黄色い工事現場用のベストを身に付けている。あの作業服の上につけた黄色い反射帯こそ、フランスで反政府の象徴になっているイエローベストだったのだはないか。

マクロン大統領はひと目見て、イエローベストだと分かったと思う」と平田氏は言う。お前の言うことを聞いて、アライアンスの見直しに動いた結果、こんなことになった、というゴーン前会長のアピールだというのだ。

ゴーン氏が保釈される前、マクロン大統領の周辺からはルノー日産自動車の統合を求めるフランス政府の意向が日本政府にも伝えられた、といった情報が流れた。

ところが、ゴーン前会長が保釈されるや、マクロン大統領の対応は急変する。今回の再逮捕で妻がパリに出国し、政府に救済を求めたが、フランス政府はゴーン前会長を特別扱いしない、という素っ気ないコメントを出した。フランス政府はゴーン前会長を見捨てたのだろう。

ゴーン前会長はメッセージ動画で、日産自動車の独立性を保ってきたのは自分だ、という趣旨の発言をしている。最後は、日本国民の世論に訴えるしかない。そんなところにまでゴーン前会長は追い込まれているのだ。

ネクタイも締めないゴーン前会長の動画では、マクロン大統領から見捨てられ、憔悴した様子を覆い隠すことができなかった。