若者を破綻させる"老人向け医療費"の重圧

プレジデントオンラインに4月8日にアップされた拙稿です。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/28286

国の「社会保障費」が増えている理由

国の2019年度の一般会計予算が国会で成立した。7年連続で過去最大を更新し、当初予算段階で初めて100兆円の大台に乗せた。101兆4571億円。その中で最も大きなウエートを占めるのが「社会保障関係費」である。その額34兆593億円にのぼる。医療費の国庫負担分など、医療・年金・福祉などに当てられるが、毎年、急ピッチで増大している。

2018年度の当初予算での社会保障関係費は32兆9882億円だったので、3.3%、1兆711億円も増加することになる。

30年前、1988年度の社会保障費は10兆4000億円程度だった。それが、1998年度には14.8兆円、2008年度には21.8兆円と急速に増えてきた。医療も年金も「保険」で運用されているので、本来、保険会計の中で完結するのが建前だが、赤字分を国が補てんする割合がどんどん膨らんでいるのだ。

新年度予算では、年金給付費が3.1%増の12兆円、医療給付費が2.1%増の11.8兆円、介護給付費が3.7%増の3.2兆円と軒並み増えた。

ところが驚いた事に、それでも伸び率を抑えているというのだ。

国民医療費総額は過去最多になる見通し

財務省はこの予算を次のように自画自賛している。

社会保障関係費の自然増が6,000億円と見込まれる中、実勢価格の動向を反映した薬価改定や、これまでに決定した社会保障制度改革の実施等のさまざまな歳出抑制努力を積み重ねた結果、社会保障関係費の実質的な伸びは対前年度+4,774億円となり、同計画における社会保障関係費の実質的な伸びを『高齢化による増加分(平成31年度+4,800億円程度)におさめる』という方針を着実に達成」したというのだ。

何が「実質」なのかよく分からないが、抑制努力をしても、総額にすると毎年1兆円も増え続けるというのである。

どれだけ国庫が負担するかという議論は別として、医療費の伸びは止まらない。

厚生労働省が昨年秋に発表した2017年度の「概算医療費」は、42.2兆円と前年度比2.3%増えた。概算医療費は労災や全額自己負担の治療費は含まない速報値で、1年後に確定値として公表される国民医療費の98%に相当する。おそらく2017年度の国民医療費総額は43兆円前後と、過去最多になる見通しだ。

「高齢者1人当たりの医療費」も増加している

これまで何十年も医療費の増加が問題視されてきた。抜本的な制度見直しを行わなければ国家財政を揺るがすと言われ続けてきたにもかかわらず、小手先での対応に終始してきた。年金制度も同様である。

医療費が増加を続ける理由はいくつかあるが、中でも大きいのが高齢者の医療費が増加していることだ。概算医療費の「75歳以上」の医療費を見ると、2017年度は4.4%増という高い伸びになった。2017年度の「75歳未満」の医療費の伸び率は1.0%なので、高齢者の医療費が増えたことが、医療費全体を押し上げていることがわかる。

高齢化が進んでいるのだから当たり前だ、と言われるかもしれない。だが、高齢者が増えたことによる増加だけでなく、高齢者1人当たりの医療費も増加しているのだ。

2017年度の「75歳以上」の1人当たり概算医療費は94万2000円。前年度は93万円だったので、1万2000円上昇した。ちなみに75歳未満の医療費は22万1000円である。

高齢者ほど多額の医療費を使っている構図が鮮明だ。医療費の6割に当たる25兆円は65歳以上の退職世代が使い、子どもは6%。現役世代が使っている医療費は全体の3分の1に相当する14兆円あまりにすぎない。

日本の健康保険制度が根底から揺らいでいる

こうした高齢者医療費の増加が大きく影を落としている。

実は、大企業などが作っている「健康保険組合」で解散するところが増えているのだ。2019年4月1日、加入者16万4000人の「日生協健康保健組合」と加入者51万人の「人材派遣健康保険組合」が解散した。人材派遣健保は国内2位の規模だった。いずれも加入者は国が運用する「全国健康保険協会協会けんぽ)」に移籍した。

こうした主要な健保組合が解散に追い込まれたのは、保険財政の悪化が理由である。健康保険組合連合会がまとめた2017年度の収支状況によると、1394組合中42%に当たる580組合が赤字決算だったのだ。

赤字の大きな原因は、高齢者医療費を賄うため国が導入した制度に伴って、各組合が拠出を求められている「支援金」の負担増である。健康保険組合は、加入している社員の保険料で、社員やOBの医療費を賄う独立採算が原則だが、高齢者医療費の増加に伴って保健の枠組みの中だけで賄うことが難しくなったのだ。

健保連のまとめでは、2017年度決算における全組合の「支援金」の合計は3兆5265億円と前年度比7%も増えた。保険料収入の合計は8兆843億円なので、その44%が「支援金」に回ったことになる。現役や会社が負担する保険料の半分近くが召し上げられては、独立採算が成り立たなくなるのは当然とも言える。

国が運営する協会けんぽに移籍する人が増えれば、協会けんぽの財政も厳しくなり、その分、国庫負担も増える。日本の健康保険制度は世界に誇るすぐれた仕組みだと言われ続けてきたが、その仕組みが根底から揺らいでいるのだ。

2022年には「団塊の世代」が後期高齢者に仲間入り

2022年には「団塊の世代」が75歳以上の後期高齢者に仲間入りし始める。この世代が本格的に医療費を使うようになれば、日本の医療費はさらに大きく膨らむことになる。そのツケを、今の仕組みのまま、健保組合の現役世代に「支援金」として負担させれば、さらに大幅な保険料引き上げをしない限り、健保組合の財政は間違いなく悪化する。値上げが難しい健保組合は、2022年を前に解散する道を選ぶに違いない。

今後、高齢化だけでなく、ひとり当たりの医療費の高額化も止まらない。中でも「高額薬剤」問題は深刻だ。

2015年度に調剤費が前年度比9.4%増の7兆9000億円と一気に7000億円も増えたことがあった。2015年に肺がんへ保険適用が拡大された「オプジーボ」という薬が保険で使われたことが原因だった。1回約130万円、1年間の投与で3500万円かかるという「高額薬剤」だったのである。

健康保険の財政負担が急増したこともあって、厚労省は薬価改定の時期を待たずに特例でオプジーボの価格を引き下げるなど、急きょ対応した。だが、こうした高額薬剤は今後、増えていく傾向がはっきりしている。

高額化する医療費を誰が負担するのか

3月26日、スイス製薬大手ノバルティの日本法人は、新型がん免疫薬「キムリア」について、国内での製造承認を得たと発表した。5月にも薬価が決まるが、米国では1回5200万円という値段が付いた薬剤だ。

これが保険適用されると、保険財政が圧迫されると懸念する報道が出ている。薬価が5000万円の場合、年収370万円以上770万円未満の人の自己負担は月に約60万円が上限で、残りの約4940万円は保険が負担することになるとする試算が報じられている。

医療の高度化で難病が完治する時代になることは喜ばしい。だが、それは医療費の高額化と裏腹である。

誰でも低い負担で質の高い医療が受けられるという日本の国民皆保険制度が素晴らしいことは間違いないが、その保険の仕組みがもたなくなれば、どんどん公費負担が増え、国の社会保障関連費はうなぎのぼりになる。高額化する医療費を誰が負担するのか。何が何でも国で支えるべきなのか。抜本的な改革が待ったなしであることだけは間違いない。