日産・西川社長を「辞任」に追い込んだ「物言う株主」の正体 生保、議決内容公表の「破壊度」

現代ビジネスに9月12日にアップされた拙稿です。オリジナルページ→

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ブーメランが戻ってきた

遂にというべきだろう。日産自動車は9月9日夜、西川廣人社長兼CEO(最高経営責任者

同日開いた取締役会で、西川氏を除く取締役が議論、西川氏に辞任を求めることを決め、西川氏はこれを受け入れた。カルロス・ゴーン前会長による背任事件を機に、日産自動車社外取締役を中心とする新しいガバナンス体制に移行。取締役会が社長のクビを取るという異例の展開になった。

日本経済新聞の報道によると、取締役会から辞任を求められた西川氏は「きょう辞めろと言われるとは思っていなかった」と語ったとされ、事実上の解任だったことをうかがわせる。

取締役会が西川氏に引導を渡すことになった直接のきっかけは、西川氏自身の報酬かさ上げ問題だった。SARと呼ばれる株価連動型の報酬を西川氏が受け取った際に、権利行使の日付をずらすことで、本来より4700万円多い金額を受け取っていた。

ゴーン元会長と共に逮捕・起訴された元代表取締役のグレゴリー・ケリー被告が6月に「月刊文藝春秋」で暴露した「疑惑」だったが、日産自動車が行った社内調査で事実関係が認定された。西川氏はSARの行使日についてケリー被告らに任せており、自らが指示したものではなく、ケリー被告らが独断でSARの行使日をずらしたと主張、4700万円を返還した。

取締役会はこの主張を受け入れたものの、経営トップが多額の不正な報酬を得ていた事実は「ガバナンスに重大な問題がある」(取締役会議長で社外取締役木村康・JXTGホールディングス元会長)として、辞任を求めた。

西川氏はもともとゴーン元会長の腹心で、ゴーン氏が三菱自動車の会長に就任する2016年11月に日産自動車の共同CEO兼副会長に抜擢された。その後、日産自動車三菱自動車も上場しており、複数の上場企業のCEOを兼務するのは問題があるとの指摘もあり、2017年4月に社長兼CEOとなった。

その後、ゴーン氏の不正を追及する側に回るわけだが、ゴーン被告が保釈中に収録したビデオでは、「私は無罪だ。今起きていることは、陰謀・策略・中傷だ」と述べ、経営陣に追い落とされたと強く非難した。

そのゴーン元会長による報酬の不正を追及していた西川氏自身が、不正な報酬を得ていたことが判明。9月9日の記者会見でも「自分自身にブーメランのように戻って来るとは思わなかったのか」という質問が飛んでいた。

日生が「議決権内容」を公表

取締役会が辞任を求めた直接的な引き金が、報酬の不正かさ上げ問題だったことは間違いないが、社外取締役たちの背中を押す出来事があった。

日本を代表する機関投資家である日本生命保険が9月3日、6月の株主総会での議決権行使の内容を公表したのだ。

株式を保有している会社すべての議案について賛成したか反対したか、あるいは棄権したかを個別に公表するもので、機関投資家の行動指針であるスチュワードシップ・コードが2017年に改定されたのを機に、公表する機関投資家が急速に増えた。

その発表で、日産自動車が6月に開いた定時株主総会で、日本生命が西川社長の取締役選任議案に反対していたことが明らかになったのだ。

日本生命保険は2019年3月末で日産自動車の株式を5402万株保有する6位の大株主で、筆頭株主ルノーと、信託銀行のカストディーを除くと、国内最大の株主である。その大株主に西川氏はノーを突きつけられたのだ。

株主総会では西川氏は議決権のうち78%の賛成を得て取締役に再任されたが、候補者11人のうち8人が98%以上の賛成、西川氏の辞任で「代行」に就いた山内康裕COO(最高執行責任者)が95.4%、もうひとりが88.9%だった中で、圧倒的に低い賛成率だった。日本生命だけでなく、海外機関投資家などが西川氏の再任に反対していたことをうかがわせる。

日本生命は反対の理由については「不祥事等」とし、詳細については説明していないが、議決権行使のタイミングからすると、報酬かさ上げ問題はまだ明らかになる前で、一連のゴーン事件へのトップとしての責任が問題視されたことは明らかだ。

最初にゴーン元会長が逮捕された際の容疑は有価証券報告書に前会長の報酬を過少記載したとする金融商品取引法違反(有価証券虚偽記載罪)だったが、有価証券報告書の提出責任者は西川氏で、法人としての日産自動車も起訴された。

組織のトップとしての責任は明らかで、6月総会での続投には経済界などからも批判の声が上がっていた。

加えて、業績が大幅に悪化しリストラを余儀なくされていることや、報酬かさ上げ問題が表面化。

今年6月に西川氏の再任に賛成した日本生命以外の機関投資家も来年には反対に回るのが確実なうえ、ここで西川氏のクビを取らなければ、今度は社外取締役としての責任を機関投資家に問われることになりかねないことが明らかになってきていた。社外取締役たちも西川氏に引導をわたさざるを得なくなった、というのが現実だろう。

日本も「物言う株主」の時代へ

日本の機関投資家は長年、「物言わぬ株主」と揶揄され、経営陣に白紙委任する傾向が強かった。ところがスチュワードシップ・コードの制定によって、最終受益者である保険契約者の利益を最大化する行動を求められるようになり、議決権行使をシビアに行うように変わっている。

比較的経営者に甘いとみられてきた日本生命でも、2019年4月から6月までの株主総会を開いた会社で日本生命保険保有している会社1368社のうち61社で72議案で反対票を投じている。

上場している第一生命保険のように、1348社のうち12.8%に当たる172社で反対票を投じているところもあり、いかに機関投資家の賛成を得るかが取締役にとって重要になっている。

個別開示をするようになって保険者や株主の目も厳しく、機関投資家の行動もよりシビアになっている。西川社長の辞任劇は、機関投資家が「物言う株主」に変わってきたことの「破壊度」をはからずも示す結果となった。

)が9月16日をもって辞任すると発表した。