「NHKはまるで暴力団」を撤回しない元総務次官の「見識」  許認可官庁はそんなにえらいのか

現代ビジネスに10月17日に掲載された拙稿です。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/67844

不正販売した側が被害者然

NHKはまるで暴力団」と言い放っていた日本郵政の鈴木康雄・上級副社長が10月15日に国会に呼ばれ、「真意」をただされた。鈴木氏は「反社会的勢力が行うことと同様ではないかという意味で言った」と開き直り、ついぞ発言を撤回しなかった。

かんぽ生命保険の不正販売問題を取材していたNHKに対して日本郵政が抗議を繰り返し、続編の放送を見送らせていたとされる問題で、鈴木氏は抗議を行っていた当事者。

鈴木氏が国会で答弁したところによると、NHKの公式ツイッターで公開された動画が、具体的な事実の指摘がないまま「かんぽは詐欺だ」などとしていたため、取り下げを要請したところ、NHK側が「取材を受けてくれるなら動画を外してもいい」と言ってきた、という。

この取材を受けるなら動画を外すという言い方が、暴力団と同じだ、というのである。2018年夏のことだ。その後、かんぽ生命の不正販売の実態が明らかになり大きな社会問題になっているのは周知の通りだ。

10月3日の記者団の取材に対して鈴木氏は、「殴っておいて、これ以上殴ってほしくないならやめたるわ。俺の言うことを聞けって。バカじゃねぇの」と痛罵していた。

どうみても適切とは言えない発言だが、問題はそこに留まらない。鈴木氏は日本郵政の副社長に収まっているが、もともとは総務省の官僚で、旧郵政省の放送政策課長や総務省の情報通信政策局長などを経て、2009年から2010年まで総務事務次官を務めた。総務省の大物OBの抗議に、NHKは震えあがり、経営委員会が上田良一会長を厳重注意する事態に至ったと考えるのが常識だろう。言うまでもなく総務省は放送局に免許を与えている所管官庁である。

国会での質問に鈴木氏は、役所を辞めて8年以上になり、行政に影響を与えることはあり得ない、と述べていた。だが、国が大株主である日本郵政の副社長というポストを当てがわれたのも、総務次官OBだからであり、広い意味での総務省の人事の一環だ。決して鈴木氏の経営能力が買われたわけではない。いまだに総務省の現役官僚たちに大きな影響力を持っているというのが実態だろう。

鈴木氏は2018年10月にNHKの経営委員会に、ガバナンス体制の検証を求める書面を送付。前述の通りNHK経営委員長の石原進・JR九州相談役が、上田会長を厳重注意とした。結局、上田会長は「番組幹部の説明を遺憾」とする事実上の謝罪文を日本郵政側に届けた。会長名の書簡を届けたのは専務理事・放送総局長と編成局部長だったという。放送の現場責任者が、日本郵政の抗議に屈したわけだ。

「経営委員会へ圧力」も当然

それでも鈴木氏の怒りは完全には収まらなかったようだ。謝罪文を受け取った鈴木氏は、経営委員会宛てに文書を送り付けていたことが、報道で明らかになっている。こんな具合だ。

「会長名書簡にある『放送法の趣旨を職員一人ひとりに浸透させる』だけでは充分じゅうぶんではなく、放送番組の企画・編集の各段階で重層的な確認が必要である旨指摘しました。その際、かつて放送行政に携わり、協会のガバナンス強化を目的とする放送法改正案の作成責任者であった立場から、ひとりコンプライアンスのみならず、幹部・経営陣による番組の最終確認などの具体的事項も挙げながら、幅広いガバナンス体制の確立と強化が必要である旨も付言致しました」

文中にあるように、自らが総務官僚として放送行政に携わってきたことを「誇示」し、自分自身がルールブックであるといわんばかりに自らの主張を押し付けている。なにせ、企画・編集段階で重層的にチェックをし、幹部・経営陣が番組を最終確認するのが、NHKに求められるガバナンスだと言っているのである。

もし鈴木氏が言うように現役総務官僚への影響力がないのだとすれば、この文書は過去のポストをひけらかして自らを大きく見せる「虎の威を借る狐」であることを示している。もちろん、NHKの経営委員長がすぐさま行動に出たのは、鈴木氏と監督官庁総務省を重ね合わせたからに他ならないだろう。

君は一体何様だ

それでも鈴木氏は、自らの行動が、ジャーナリズムへの介入だということに気が付いていないようだ。いや、もしかすると、ジャーナリズムに介入する権限を総務省は持っていると思っているのかもしれない。

国会答弁ではこう答えている。

「自分の一方的な主張を正当化するために他人に無理やりに余計な行為をさせるということであり、放送倫理に違反する。今でも同じように考えている」

放送倫理に違反するかどうかは、日本郵政の一副社長が決定する話ではない。NHKの現場記者が正義感にあふれるあまり、かんぽ生命の販売手法を「詐欺だ」と決めつけて取材していたことは十分にあり得る。逃げ回る経営者に何とか取材を受けさせようと、相手からすれば脅しに聞こえるキツイ言葉を使うこともあったかもしれない。

だが、不正が指摘されている以上、日本郵政の経営者としては、きちんと社内を調査し、取材を受けて説明をするのが役割だったはずだ。それはその後の不正販売問題の広がりを見れば分かることである。

総務次官OBが役所の権限をかさにきてNHKに圧力をかけていたことは、決して看過されるべきことではない。発言を頑なに撤回しない鈴木氏はどう考えても、不正販売の撲滅と信頼回復が急務の日本郵政の経営者としては不適格だろう。