公務員「定年延長論」と「給与引き上げ勧告」に覚える強い違和感 時代に逆行する霞が関の「身分保障」

現代ビジネスに1月10日にアップされた拙稿です。是非お読みください。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59354

いつの間に
「公務員、60歳から給与7割」という1月9日付けの日本経済新聞朝刊1面トップ記事をみて、複雑な心境になったのは筆者だけだろうか。

国家公務員の定年が60歳から65歳に引き上げられることが、ほとんど議論らしい議論が行われずに、事実上決まっているようだ。

国家公務員の給与水準を見直す人事院は、2018年8月に、5年連続となる給与引き上げを「勧告」したが、オマケに定年を現在の60歳から65歳に引き上げるべきだとする「意見書」を出した。

5年連続の引き上げ勧告は年末の法改正を経て、この1月から実施に移されている。正確には2018年4月に遡って給与が引き上げられ、その分が1月に支給される。同時に政府は定年引き上げの「意見書」についても勧告同様に受け入れ、2019年中に法案を提出する方針だというのが日経が報じたところである。

この間、国家公務員の人事制度を巡る議論はほとんど行われていないに等しい。昨年末の給与法改正にしても、多くの国民は可決成立したことを知らないだろう。

「公務員は5年連続で賃上げだそうだ。うらやましいな」といった会話をした人がいたとしたら、細かいニュースをきちんとフォローしていたか、知り合いに公務員がいるかの、どちらかだろう。

公務員の給与は「民間並み」を前提としている。5年連続の引き上げも、民間給与が上がっているから国家公務員も引き上げた、という理屈になっている。

もちろん、「民間」として参考にされているデータが大企業だけであることなど、問題点を指摘する声もあるが、自らも公務員である人事院の役人たちは一向に気にしない。

国は1000兆円を超える巨額の借金を抱え、なおかつ毎年の歳出を歳入で賄えない赤字垂れ流しだが、そこに務めていても、給与が民間並みに増えるのが「当然」というのが霞が関の論理なのだ。

このままでは財政破綻するので、消費税の引き上げが不可欠だ、と国民には言いながら、自分たちの給料を削ることなどまったく考えないのだから不思議である。

再雇用でなく定年延長
それだけでは済まない。さらに定年も延長せよ、と人事院が言い出したのだ。

民間は65歳まで働けるのだから、公務員も65歳まで働けるようにすべきだ、というのが人事院のロジックだろう。

確かに民間企業には65歳まで働けるようにすることを求めた高年齢者雇用安定法があり、希望する人は全員65歳まで働けるようになった。

もっとも、企業にはいくつかの選択肢がある。まずひとつは定年を65歳に引き上げる方法。確かに60歳から65歳まで延長した企業もあるが、それは少数だ。

もうひとつの方法が、「定年後の継続雇用制度」を設けるというもの。いったん定年を迎えるものの、その後は給与や職種などを見直し再雇用などの形で働き続けるというものだ。

一般には給与が半分以下にガクンと減るなど、待遇は大きく変わる。実は、民間企業のほとんどがこの「再雇用」である。

もうひとつ、定年の制度自体を廃止する方法もあるが、これを採用するところは、賃金体系が年功序列ではなく、仕事に応じて賃金が決まっているようなところが多い。
この選択肢の中で、霞が関が導入しようとしているのは「定年の延長」のようである。終身雇用年功序列が前提の霞が関で定年をそのまま延長すれば、人件費がその分増えるのは火を見るより明らかだ。

人事院は「民間並み」を原則としているが、単なる定年延長が「民間並み」の仕組みかどうかは議論の余地がある。

そもそも国家公務員は民間とはまったく違う人事制度をとっている。まず霞が関で働く国家公務員は自らの意思に反してクビになることはない。スト権などがない代わりに身分保証があると説明されているが、首相や各省の大臣といった国会議員が人事介入できないようになっているとも言える。

また、クビはおろか、よほどの問題を起こさない限り降格も不可能だ。日本で最も堅固な終身雇用、年功序列賃金の人事体系が残っているのが霞が関と言える。

そんな身分が保証されている官僚たちに、いつクビになるか分からないリスクを抱えた民間並みの給与を払う必要があるのか、という問題もある。

最も民間とかけ離れているのは
「どこが民間並みなのか」といった批判が噴出することを恐れているのだろう。60歳以上はそれ以前の7割という奇妙な制度を導入しようとしている。

雇用は継続して身分も変らないが、給与だけ年齢によって変わる。政府が旗を振っている「同一労働同一賃金」に抵触するのではないかと心配になってしまう。

終身雇用・年功序列の中で、定年を引き上げるのに、年齢だけで給与を3割減にするというのは、本当に可能なのだろうか。

企業の継続雇用制度で、賃金が減っても働き続けようと思うのは、転職する口が簡単には見つからないということもあるが、再雇用となることで、責任が小さくなったり、勤務時間が自由になるなど、それまでの人事の枠組みから外れるからだろう。会社が提示した条件が嫌なら、再雇用は諦めて別の働き口を探すしかない。

公務員で仕事も変わらないのに、60歳以上は7割にします、と言った場合、その賃金体系は不当だとして訴訟が起きるのではないか。

また、事務次官など要職に就いている人は当然、それまで通りの高額報酬をもらうことになる。エリート官僚の多くは、おそらく、なし崩し的に60歳を過ぎても給与は減らない、ということになるだろう。

日本経済新聞の記事には、小見出しに「民間に波及期待」という一文があった。「政府は民間企業の定年延長の促進や給与水準の底上げにつなげる考えだ」としている。

「民間並み」という原則を超える言い訳を早くも霞が関が用意し、メディアに書かせているということだろうか。