「たった0.15カ月のボーナス削減」それでも文句タラタラの地方公務員を待ち受ける"2つのリスク"  財源は不足し、若手は辞めていく…

プレジデントオンラインに11月3日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/51463

都道府県での引き下げは2009年以来12年ぶり

都道府県の職員給与に関する47都道府県の人事委員会勧告が10月25日に出そろった。ボーナスは全都道府県で引き下げとなる一方、月給は据え置きとなった。勧告通り実施された場合、平均年収は全都道府県で減少する。全都道府県のボーナスが引き下げ勧告となるのは、リーマン・ショックの影響で景気が悪化した2009年以来12年ぶり、という。

地方公務員の給与・賞与は、「民間企業並み」を前提に、民間の給与水準を調査して増減が決められる。毎年夏に国家公務員の給与・賞与について人事院が示す「人事院勧告」に追随のうえ、各都道府県の実情などを加味して委員会が勧告する。今年は、新型コロナウイルス感染症の蔓延で、民間企業の業績が悪化し、賞与が抑えられていることから、8月に人事院がボーナスの0.15カ月分引き下げと月給の据え置きを勧告していた。

時事通信が調査した結果の報道によると、ボーナスの下げ幅は37道府県が国並みの0.15カ月、7都県が0.1カ月。青森・鳥取・高知の3県が0.05カ月だった。最もこれは月数で、都道府県によって財政状況に大きな違いがあるため、支給金額の減少幅はまちまち。それでも、「新型コロナで仕事が忙しくなっているのに年収が下がるのはモチベーションが下がる」といった憤懣ふんまんが職員の間で広がっているという。

「民間企業の水準調査」は大企業が対象

もちろん、その気持ちは分かるが、新型コロナで塗炭の苦しみを味わっている民間企業に比べれば、「天国」であることは間違いない。何せ、失業のリスクがないのだ。飲食業や宿泊業、小売店などは営業自粛要請に伴って休業補償などが出ているとはいえ、減収分を賄えるわけではない。そのしわ寄せは弱い立場の従業員に向いており、雇い止めやシフトの削減などの憂き目に遭っている。雇用調整助成金が出ているところはまだしも、雇用の不安に怯えている民間企業従業員は少なくない。ましてボーナスとなれば、出るだけありがたい、というところだろう。

人事院が行う民間企業の水準調査も大企業を対象にしており、人事院が使う「民間」の指標が、「民間」の実情からかけ離れているという指摘も繰り返されてきた。しかも本来は、失業リスクがゼロである分、給与は低くてもおかしくないのだが、そうしたリスクの有無は考慮されていない。都道府県の場合もそうで、多くの地域で、最も安定して好待遇の職場は「県庁」と相場が決まっている。

地方税収の大幅な減少が懸念されている

10月31日に投開票が行われた衆議院総選挙では、もっぱら「分配重視」を訴える候補者が多かったが、この「分配重視」の風潮も「公務員天国」を助長しそうなムードだ。公務員給与を大幅にカットすれば、その分、景気にマイナスになる、という理屈である。実際、県庁周辺の飲食店などは、県庁依存度が高く、新型コロナが明けて県庁職員の会食が戻ってくることへの期待が高い。県庁職員の報酬を削れば、こうした県庁職員の消費も戻らない、というわけである。

だが、そんなことは言っていられない事態が着々と進行している。地域経済が落ち込むことで、地方税収の大幅な減少が懸念されているからだ。一方で、新型コロナ対策など財政支出も大幅に増えており、財政悪化が深刻化している。

2020年度は新型コロナで企業活動が止まって経費が使われなかったためか、税収は国も地方も増加するという「予想外」の状況になった。国の税収に至ってはバブル崩壊後、過去最大となった。だが、これも時間の問題で、税収がジワジワと減れば、地方財政を保つためには行政改革を避けて通れなくなる。行政改革の際たるものが人事制度、つまり人件費の圧縮である。

働きに見合った報酬に変えていくことが必要

地域の民間企業従業員などの「公務員天国」への反発は根強いものがある。「格差の拡大」が叫ばれるなか、国政では「金融所得などが大きい富裕層」と一般庶民の差を前提に議論されているが、地方ではそうした富裕層が相対的に少ないこともあり、「格差」と言えば、「官民格差」がまっ先に目に付く。

ちなみに、公務員天国と言うと、「国を守っている自衛隊員や消防職員は薄給に耐えて頑張っているのに給与を下げろというのか」といきりたつ人がいる。ここでいう公務員は国ならば霞が関の官庁にいる大卒の幹部になっていくキャリア官僚たち、県庁も同様の総合職の人たちである。こうした職員たちの報酬は、税収の中から捻出していかなければならないから、いくら大事な仕事だからと言って大盤振る舞いに給与を上げていくことはできない。むしろ、働きに見合った報酬に変えていくこと、まさに行政改革が必要なのだ。

地方の人口減少は深刻、これから納税者は激減する

公務員の給与は、俸給表に従って、基本的に毎年少しずつ上がっていく。月給据え置きと言ってもこれは全体平均の話で、個人個人は昇進していくから俸給表の位置づけが上がる人が多い。これは業務の成果というよりも、勤続年数で決まっていく。基本的に俸給表での級号が下がることはないから、定年まで上昇していく。ここが民間との一番の違いだろう。

最近の民間企業は50歳くらいで年収のピークを迎え、その後は役員にでもならなければ給与は増えないという会社も少なくない。働きに応じた年俸制が取り入れられている会社も増えた。高度経済成長期ならいざしらず、人件費が年々膨らんでいく仕組みには、民間は耐えられないわけだ。

県庁も改革派の知事が就任すると、人事制度改革に乗り出す。なかなか職員の本給には手をつけられないから、職員の採用を抑えたり、非常勤職員で補って、全体の人件費を抑えようとしている。だが、それも今のままでは限界を迎えるところが多い。なぜなら、地方ほど人口減少が深刻で、10年後の納税者が激減することが分かっている県がほとんどなのだ。職員の人件費の重さが納税者の目に明らかになれば、早晩、大リストラをせざるを得なくなる。

地方自治体に問われる「定年」制度の運用

だが、国も地方も、人事制度の抜本的な見直しにはなかなか手をつけない。「働き方改革」の名の下に、職員にプラスになる待遇改善には力を入れるが、職員に厳しい改革は誰もやりたがらない。今年、法律が通った国家公務員の定年延長がその典型だろう。現在60歳の定年を段階的に65歳まで引き上げることが決まった。60歳以上はそれまでの年収の7割に抑えるという話だが、民間人からすれば、7割も保証されるのはまさに「天国」。もちろん、65歳まで身分保障があるからクビになる心配はない。

総務省は、「地方公務員についても、国家公務員と同様に段階的に定年を引き上げ、65歳とする必要がある」としている。つまり、地方も国の制度に右へ倣えで、原則として定年を引き上げなければならないのだ。

国債をバンバン出して財政赤字を膨らませている国は多少の人件費増加も耐えられるが、地方財政はそうではない。人件費の増加で軒並み赤字が巨額になりかねない。さすがに総務省は「ただし、職務と責任の特殊性・欠員補充の困難性により国の職員につき定められている定年(65歳)を基準として定めることが実情に即さないと認められるときは、条例で別の定めをすることができる」と書いている。今後、地方自治体が「定年」制度をどう定め、運用していくのかが大きな焦点になってくる。

20代で辞める若手官僚たち「本当の理由」

定年の延長は一見、働く公務員が両手を上げて歓迎することのように思われるが、実は違う。特に今のように年功序列で年次主義の人事が行われている役所の仕組みのままでは、大きな問題がある。若手の活躍の場がなくなるのだ。いつまで経っても雑巾掛けで、責任を持って仕事をするのは四半世紀先の50代になってから、ということになりかねない。そうした活躍できない職場に見切りをつける優秀な若手官僚が増えている。

公務員制度改革を主張し続け、この選挙に出馬せず政界を引退した塩崎恭久・元厚生労働大臣が、議員時に官僚に調べさせたところ、20代で自己都合退職する総合職の国家公務員が急増していることが分かった。2013年に21人だった退職者は、5年後の2018年に64人、翌2019年には86人になった。

人事院などは「忙し過ぎるから」だと原因を分析し「働き方改革」を進める意向だが、総合職の官僚になる優秀な学生は忙しい事は覚悟の上だ。辞めた官僚に話を聞くと「馬鹿げた仕事に無駄な時間を使っている」「いつまで経っても下働きで責任を持たせてもらえない」「ここに30年いたらダメになる」「幹部に目標となる尊敬できる人がいない」といった声が返ってくる。新陳代謝が進まなくなる、単なる定年延長は彼ら世代にはむしろマイナスと映っているのだ。

「行政のあり方」を変えることが求められている

塩崎元議員によると、「若手を抜擢できる公務員制度改革に、昔は霞が関全体が反対でしたが、最近は公務員制度改革をやらないと霞が関はダメになると語る幹部官僚が増えてきた」という。

今回の総選挙では、「分配」強化を主張した野党連合は結果的に議席を増やすことができず、岸田文雄首相が施政方針演説で「改革」という言葉を封印した自民党議席を減らした。一方で、明確に「改革」を訴えた日本維新の会が11議席から41議席に躍進した。

維新は、大阪の府政、市政の改革に取り組み、職員の人事制度に手を入れる一方、議員定数の削減や、知事・市長の報酬削減、退職金の廃止などの「行政改革」を実際に実行した。国民の多くが行政のあり方を変えることを求めていることが示されたと言えるだろう。

それにつけても、永田町からは「国家公務員制度改革」という言葉が聞かれなくなり、政府も議員も自らの身を切る覚悟もなくなった。幹部公務員の人たちが、0.15カ月のボーナス削減で不満を持っているとしたら、国民感覚、住民感情との格差があまりにも大きいということではないか。