「休業補償は十分だ」国民に上から目線で説教する国家公務員の経済感覚  高給安泰で民間の苦しさは理解不能

プレジデントオンラインに4月17日に掲載された拙稿です。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/34645

公式ツイッターで「マスコミ批判」という異様

「ヤフーニュースなど、インターネットニュースサイトで、『補償なき休業要請』との報道があり、外出自粛や出勤者の最低7割減は、休業補償がないと不可能だと報じられていますが、正確ではありません」

厚生労働省が公式ツイッターで4月12日に発信したツイートが「炎上」している。休業補償がないので休みたくても休めない人が多いので、政府が掲げる7割出勤者を減らすというのは実現不可能だというマスコミの報道が、不正確だというのだが、その理由として並べた助成金などの話があまりにも現実から乖離かいりしていると猛反発を食ったのだ。

ツイートは6万回以上リツイートされ、2000にのぼるコメントが付いた。ほとんどが批判的な声で、「あまりにも上から目線だ」「恩着せがましい」といった感情的なものもあったが、多くは厚労省の「公式」の説明と現実が大きく食い違っていることへの実情を指摘するものだった。

「パートやアルバイト」のくだりに大きな反発

厚労省の公式ツイッターでは、厚労省が言うところの「正確」な情報が以下のように5本ツイートされた。

「事業主が労働者を休業させた場合に支払われる休業手当には、政府が助成をしています。新型コロナウイルスへの対策として特例を講じ、この助成率を、中小企業向け最大90%、大企業向け最大75%と、引き上げました」
「また、通常は制度の対象にならない、パートやアルバイト(週所定労働時間20時間未満)の方にも対象を拡大しました。(この結果、派遣社員であっても、契約社員であっても、パートタイマーであっても対象になっています。)また、入社6か月に満たない新入社員の方も対象としています」
「これにより、事業主の負担が大幅に軽減されますが、さらに手元資金を厚くするため、無担保・無利子で最大5年間据え置きの融資を政府系金融機関で実施しています。民間金融機関でも、債務の返済猶予などの条件変更に応じています」
「また、大きな影響を受けている中小企業等に最大200万円、フリーランスを含む個人事業主に最大100万円といった、過去に例のない給付金を準備中です」
「政府は、事業者の資金事情を支えるための助成を実施しており、事業者がこれを活用して、従業員に休業補償を十分にできるような雇用調整助成金の特例制度も始まっています。是非ご活用ください」

反発が大きかったのは、パートやアルバイトに関するくだり。「通常は制度の対象にならないパートやアルバイト」という言い方に「神経を逆なでされた」と感じる人が多かったようだ。確かに制度的には雇用調整助成金の対象にはならないパートやアルバイトも、今回は支給対象になっている。だが、それを受け取るには本人ではなく会社が申請しなければならない。

しかも、会社が「悪いけれど明日から来なくていいです」とひとこと言って済ませるのではなく、労働局に連絡して雇用調整助成金の対象として申請してくれることが前提になる。もちろん、会社が倒産せずに存続していることが何より必要だ。

雇用者の「4割近く」が無収入の危機

パートやアルバイトが多く働く飲食店などが今回の外出自粛要請で、いち早く大打撃を受けている。売り上げが減少するどころか、客が来ずに売り上げが「消滅」しているところもある。このままでは月末に支払う家賃や給料にも事欠くところも少なくなく、真っ先にパートやアルバイトが雇い止めになっている。

通常時ならば、客がいないからバイトを休ませたり辞めてもらったりするのは飲食店などにとっては普通の対応である。もちろん、時給制で働いているバイトやパートの人たちは、仕事ができなければ即刻収入がなくなる。

総務省労働力調査によると2月時点の非正規従業員は2159万人。役員を除く雇用者全体の38%に達する。そのうちアルバイトが477万人、パートは1059万人にのぼる。そうした人たちが、収入が無くなる危機に直面しつつあるのだ。

厚労省の公式ツイッターに多くの人たちが反発したのは、パートやバイトも雇用調整助成金の対象になるからクビにするなと言われても、雇用調整助成金という名前すら知らない零細事業者は少なくないのが現実だからだ。たとえニュースで聞いたとしても申請書類など書いたこともなく、そんな時間もないという事業者は多い。

役人にとっては「簡単な申請書類」だが…

加藤勝信厚労相は、問題の公式ツイートに先立つ4月10日、雇用調整助成金の申請手続きを大幅に簡素化することや、申請から支給までに2カ月かかっていたものを、1カ月で済ますよう「取り組んでいく」方針を示した。ツイートした官僚からすれば、自分たちは必死にやっているのに批判されるのはたまらない、ということなのだろう。

ちなみに、雇用調整助成金の申請書類は、確かに大幅に簡素化された。役人からみればこれ以上の簡単な申請書類はない、と言いたいところだろう。だが、ホームページで見ると、記入する書類にはいきなり「判定基礎期間」なる役所用語が出てくる。もちろん、別のところに説明書きはあるが、ペーパーワークをほとんどしない人は面食らうだろう。

また、今回の休業とは直接関係のない「教育訓練内容」を書く欄も同居している。日頃申請書類など書いたことがない人にとっては、取っ付きにくい書類だ。しかも通常通り申請代理人欄があり、分からない申請者には、社会保険労務士を使えと言っているかのようだ。

残念ながら高級官僚には現場の実情はなかなか分からないのだろう。役所の中の前例やしきたりが優先するから、申請する側の立場など考えることもない。現場の声を報じるメディアに対しても、無用の非難を浴びているような錯覚に陥る。

ドイツのメルケル首相が支持率を上げている

新型コロナ感染が始まった当初、国内の感染者数にクルーズ船内の感染者数を合算してテレビ局が報じると、すぐさま役所からクレームが入った、という。ある幹部官僚が「NHKが言うことを聞かずに合算人数を報じている」と苦言を呈していたのを筆者も直接聞いた。2月末のことだ。政府は新型コロナの封じ込めに必死になっているのに、国内での感染実態をメディアが過度に強調して騒いでいると感じていたのだろう。今から思えば滑稽な話だ。

果たして、霞が関の幹部官僚たちは国民を見ながら仕事をしているのだろうか。役所の論理優先で仕事をしていないか。あるいは、自分たちにうるさく言ってくる政治家の顔色だけを見ているのではないか。

危機に直面して、政治家の資質が問われている。危機の時にリーダーシップが取れるかどうか、国民は冷静に見ている。今回の新型コロナ蔓延が、国民生活にどんな深刻な影響を与えるか、きちんと先が読めていれば、打ち手も大きく外れることはないはずだ。

新型コロナ蔓延以前には支持率が落ち込み、年内での退陣が決まっているドイツのアンゲラ・メルケル首相の支持率がここへきて急上昇しているという。メルケル首相は3月15日に5カ国との国境を事実上封鎖、18日には国民向けのテレビ演説を行い、「第2次世界大戦以来の試練だ」と強調、他者との接触を減らすよう国民に訴えた。

その後の新型コロナ感染者のドイツでの死亡率はイタリアやスペインに比べて大幅に小さい状態が続いている。メルケル首相のリーダーシップへの評価が高まっているのだという。

緊急経済対策は、まだ国会すら通過していない

米国ではドナルド・トランプ大統領が、「救済法案」と呼ぶ総額2兆2000億ドル(約230兆円)の経済対策法案を議会通過させ、3月27日には署名して成立させた。日本の安倍晋三内閣も4月7日に108兆円にのぼる緊急経済対策を閣議決定したが、国会は通過していないうえ、内実も大きく違う。

米国では、全国民に対して大人ひとり1200ドル(約13万円)、子供ひとり500ドルを給付することになっており、4月中には給付される見込みだ。一方の日本は1世帯あたり30万円を給付するという内容だが、所得の大幅な減少などが要件になっている。所得制限を付ければ、審査に時間がかかり、給付も遅れる。早くて5月中の支給だという。

売り上げが大きく減った中小企業に最大200万円、個人事業に最大100万円の給付を行う制度が新設される方向だが、やはり売上高激減など条件が厳しい。大幅に条件が緩和されたとはいえ、雇用調整助成金も、冒頭のように手続きが必要だ。

4月4日には国土交通大臣政務官の佐々木紀衆議院議員ツイッターで、「国は自粛要請しています。感染拡大を国のせいにしないでくださいね」とツイートし、これもネット上で炎上した。7日には赤羽一嘉国土交通相が謝罪に追い込まれた。安倍内閣としては精一杯やっている、と言いたいのだろう。だが、これから日本経済を襲う大暴風雨に耐えるのに、これらの施策だけで大丈夫なのか。

今必要なのは、月末を越すための資金繰りなのに…

15日に明らかになった米国の3月の小売売上高は、前月比マイナス8.7%。内訳はすさまじく、自動車は25.8%の減少、家具は26.8%の減少である。すでに失業保険の新規申請件数は4月4日までの3週間で1676万件に達しているが、さらに雇用に深刻な影響を与えそうだ。

国際通貨基金は、2020年は1929年の世界恐慌以来の最悪の不況になるとの見通しを明らかにした。3月の日本の統計はこれから発表になるが米国同様、未曾有の悪化になるだろう。緊急事態宣言が出された4月の数字がさらに悪化するのは間違いない。

官僚にはリストラどころか降格もほとんどなく、失業する心配はない。給与は民間の大企業並みが保証されている。そんな官僚に、民間の中小零細事業者が味わっている資金繰りや経営の苦しさを分かれと言っても無理なのかもしれない。

零細事業者の怨嗟えんさの声を聞いてか、自民党二階俊博幹事長が党内で一度は潰れた「ひとり10万円の現金給付」に再び言及した。これを受けて、安倍晋三首相は4月16日、国民1人当たり10万円を一律現金給付するため、2020年度の補正予算案を組み替える方向で検討するよう麻生太郎財務相に指示した。

だが、それでも高額所得者は対象外にすべきだといった声がくすぶる。今必要なのは所得再分配ではなく、月末を越すための資金繰りだということを理解していないのだろう。対策が後手に回らないことを祈るばかりだ。