焦って進めた「9月入学」でまた墓穴…安倍政権の「断末魔」  政権浮揚策どころか

現代ビジネスに5月28日に掲載された拙稿です。ご一読ください。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72896

支持率低下が止まらない

安倍晋三内閣への支持率が急落している。朝日新聞社が5月23、24日に行った世論調査では、支持率が29%に下落、不支持率は52%と5割を超えた。朝日は1週間前にも調査を行っており、その時は「支持33%、不支持47%」だったので、わずか1週間で支持率が急落した。

この1週間の間に、検察庁法の強行採決見送り、黒川弘務・東京高検検事長の賭けマージャン問題発覚、辞任とめまぐるしい展開になった。黒川氏問題が政権の屋台骨を揺るがしているのは間違いない。朝日の5月17日の世論調査でも、検察庁法改正に「反対」とした回答が64%に達していた。

もっとも「黒川問題はきっかけに過ぎない」と自民党の幹部は語る。森友学園問題や桜を見る会など、これまでのスキャンダルで国民の怒りがフツフツと高まっていたところに、黒川問題が出たことで、一気に爆発した、と言うのだ。

これまで森友学園桜を見る会を野党が追及した際にも、安倍内閣の支持率が短期のうちに盛り返して来たのは、「そうは言っても代わりがいない」と思う国民が多かったから。アベノミクスの成果かどうかは別として、経済が比較的好調で、雇用が改善を続けてきたことも大きい。

側近たちの焦り

ところが、ここへ来ての新型コロナウイルスの蔓延という「危機」に直面して、安倍首相の力不足を多くの国民が感じている。対応が首尾一貫せず、まさに右往左往する様子が国民の前に晒された。すったもんだの挙句に「首相の決断」で決めた全国民10万円の現金給付も、案の定、5月末になっても届かない人がほとんどだ。

それより前の4月1日に総理が表明して、着手していたはずの1世帯2枚の「アベノマスク」の配布も、いまだに届いていない。「マスク来た」「いや、まだ」という会話は、安倍内閣に対する嘲りとして繰り返されている。

地方自治体を含めた日本の政府の統治機構が、いかに緊急事態に対応できないかを国民が痛感することになったわけだ。「これで巨大地震でも来たら、救援物資など届かないだろう」と多くの国民が感じている。それが安倍内閣への「失望」の本当の理由ということだろう。

支持率の急落に安倍首相官邸は焦りの色を強くしている。安倍首相自身というよりも、今井尚哉首相補佐官兼秘書官ら、側近たちの焦りが激しい。

政権を支えて来た菅義偉官房長官の影響力が下がり、今井氏らの力が増しているとされるが、背景にはポスト安倍を巡るつばぜり合いがあるという。秘書官ら側近は安倍内閣が続いてこその存在で、安倍内閣が終われば自分たちの権力も消え失せる。だからこそ、首相よりも焦っているという。

「9月入学」浮上

今、官邸は、起死回生の一打を放とうと必死になっている。そんな中で飛び出して来たのが「9月入学」問題だ。当初は一部の知事から出たアイデアだが、それに官邸が食いついた。今年9月からは無理として、2021年9月から実現させようという動きの背後には今井氏がいると、この議論に加わる教育関係者などが信じている。

もともと「9月入学」は、経済財政諮問会議などで、グローバル化に合わせる必要性があるとして提言されて来たことだ。特に大学の入学時期を欧米に多い9月に合わせることで、日本の大学生が海外の大学に留学しやすくし、海外からの留学も増やせるという効果が語られて来た。東京大学だけ先に9月入学にすべきだ、という声も根強くある。

ところが、今回出て来た「9月入学」は小中学校の話。新型コロナ対策で休校が続き、授業ができなくなった分を、後ろに半年ズラして吸収しよう、というものだ。元々の知事らのアイデアもそこからスタートしている。

ところがこれには猛反対の声が上がった。もともと9月入学には賛成の人たちの間からも、「このタイミングで実施すべきではない」という意見が出た。5月25日に開かれた自民党の作業チームの会合では、反対論が噴出。意見を聞かれた知事らの多くも反対だった。結局、自民党は9月入学導入の見送りを求める提言を政府に出すことになりそうだ。

またしても拙速か

民間人として公立中学や高校の校長を務めた教育改革実践家の藤原和博さんは、「9月入学制への移行問題については、3カ月の学校の閉鎖で生じた遅れを取り戻すことと一緒に議論すべきではない」と指摘する。それをやると「学校現場は『3カ月の遅れを6カ月かけて取り戻せばいいのね』と解釈し、旧態然とした授業がダラダラと続くことになる」というのだ。

一方で、大学だけ9月入学に移行するのは「あり」だと語る。3月に卒業して9月に入学するまでの「ギャップターム」が生まれることで、この間にボランティアやインターンなど貴重な体験をする期間が生まれる、というのだ。

東京大学だけ先行して9月入学に変えるという案の背景にも、このギャップタームを前向きに捉える意見がある。逆に言えば、小中学校をすべて9月入学に変えてしまったら、今まで通りで何も変わらない、とも言えるわけだ。

グローバル化には不可欠という意見もやや古くなっていて、海外の大学は時期を決めずに通年入学を行うところが増えている、という。

結局、国民の関心を集めそうだった「9月入学」についても反対論が噴出、「なんでこの危機の時に拙速にやろうとするのだ」と安倍内閣への不信感を増幅する格好になってしまった。政権浮揚策どころか、墓穴を掘りかねない事態になったのである。

安倍首相を支えて来た世耕弘成自民党参議院幹事長は記者会見で支持率急落の感想を聞かれ、「新型コロナウイルス対策で成果を出して、国民に評価してもらうことに尽きる」と述べていた。経済の急速な悪化が始まっている中で、どう経済システムを守り、国民の生活を守っていくか。奇抜な政策ではなく、真正面から新型コロナに向き合うことにこそ、政権の浮沈がかかっている。