GoToトラベルで「3500円上限ドタバタ劇」が起きた本当の理由 「変化」を読めなかった官僚たち

プレジデントオンラインに10月16日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/39621

大手旅行予約サイトが「突然の割引制限」を発表

旅行代金が助成される「Go To トラベル」がまたしても右往左往の醜態を演じている。

大手旅行予約サイトの「Yahoo!トラベル」「じゃらん」「一休.com」が、宿泊旅行代金の割引を10月10日以降の予約について1人1泊3500円に制限すると発表したのだ。

「えっ? 上限2万円まで35%が割引され、15%分の地域共通クーポンがもらえるはずじゃなかったの」と疑問に思った人が多いのではないか。テレビの情報番組などでも散々取り上げられ、大きな話題になった。

確かに旅行会社のホームページをよく見ると、図には小さく割引率を「最大」35%と書いている。だが、Go To トラベル事務局のホームページには、「国内旅行代金の2分の1相当額を支援します」とし「7割は旅行代金の割引」とだけ書かれている。しかも「1人1泊あたり2万円が給付上限」となっているので、どこから3500円という数字が出てきたのだ、と国民の多くが訝ったのも無理はない。

さすがにマズいと思ったのか。赤羽一嘉国土交通相は10月13日の閣議後会見で、予約サイトを運営する旅行会社などに割り当てた給付金の割当枠を追加配分すると表明。割引を制限していた予約サイトも、10月14日までに、元の35%の割引に戻した。

35%と3500円ではインパクトはまるで違う。仮にGo To トラベル対象の4万円の宿に宿泊すれば、旅行代金の35%である1万4000円が割引され、旅行者は2万6000円の負担で済むわけだが、3500円が割引上限となれば、負担は3万6500円に跳ね上がる。利用者からすれば、魅力が大幅に色あせるわけだ。

地域ごと、業者ごとに割当額を細かく決めていた

なぜこんなことが起きたのだろうか。

実はこの助成制度、地域ごと、業者ごとに助成の割当額を細かく決めていたのだという。人気の高い特定の事業者だけに恩恵が集中しないようにという、何とも役所らしい「公平性」を重視した制度設計になっている。

ところが、最近、急成長した大手旅行サイトに人々が集中。そのサイトの運営会社に割り当てられた助成金が底をつきそうになったため、運営会社の判断で、補助率を引き下げる決定をしたのだという。もともと、「予算を使い切ったら終了」という助成制度だということは言われていたので、北海道や沖縄など人気観光地が早々と予算をすべて使いキャンペーンが終了するのではないか、という懸念はあった。

ところが、ちょっと予想外のことが起きた。早々と枠を使い切りそうになったのは、どこかの地域ではなく、大手の予約サイトだったわけだ。「Go To トラベル」は参加する旅館やホテルなどに直接申し込んだ場合も35%が割り引かれるが、往復の旅費や食事代などを組み込んだ「旅行商品」のほうが、旅行者にとっては「お得」ということになった。このため、宿泊施設への直接予約よりも、旅行会社やサイトでパッケージ商品を予約する人が一気に増えたのだ。

末端の旅館よりも、旅行会社を助けたいのか

旅行会社を通したほうが有利、という制度設計は、国土交通省観光庁が、末端の旅館やホテルなどの宿泊事業者よりも、旅行会社を助けることに主眼を置いたためではないか、と疑われている。

国交省観光庁は地域の宿泊業者よりも、旅行会社のほうが付き合いが濃い。大手の旅行会社に便宜をはかれば、いずれ天下りなどのメリットがあると考えたかどうかまでは分からない。だが、Go To トラベル事務局が大手旅行会社の出向で運営され、1日4万円という多額の人件費が払われていることなどが報じられている。

日頃付き合いの深い旅行会社が危機的な状況になっていたことが、制度設計に影響したことは十分に考えられる。というのも、新型コロナウイルスの蔓延で人の動きが止まったため、主要旅行業者の「旅行取扱額」が激減しているのだ。

「等しく救いの手を差し出す」のは本当に平等か

国内旅行だけを見ても、前年同月比で4月は93.6%減、5月は96.6%減、6月は87.9%減と、まさに「壊滅」状態だった。「Go To トラベル」が前倒しで開始されたのも、こうした惨状を訴える声が霞が関や永田町に寄せられたからに他ならない。「Go To トラベル」が中旬から始まった7月の国内旅行取扱額はいくぶん持ち直したとはいえ、78.4%減だった。8月以降の統計はまだ出ていないが、Go To トラベルが旅行業者に大きな救いになったことは間違いない。

だが、細かく配分先を決めたのはなぜか。「どの業者にも平等に」と役所が考えたのだとしたら、はからずも役人の限界を示しているように思う。

「新型コロナの蔓延で打撃を受けているのはどこも同じなのだから、等しく救いの手を差し出すべきだ」というと、「いかにもごもっとも」という感じもする。だが、それをやると、新型コロナ前から限界に来ていた業者も一律に救うことになるのだ。いわゆるゾンビ企業を救済することになるわけだ。それが本当に「平等」なのかどうか。

時代の変化、業界の変化を読み切れていなかった

新型コロナの影も形もなかった2019年夏、老舗旅館グループの社長が、大手旅行会社の名前を複数挙げて、もう取引を止めたと話していた。旅行業者にまとまった部屋数を任せて売ってもらう昔ながらのスタイルがまったく機能しなくなったというのだ。その代わり大切にするのが「大手の予約サイトだ」と話していた。

宿泊業の現場から見ても、それぐらい旅行会社は追い詰められていたわけだ。そんな旧来型の旅行会社を守るような形にキャンペーンをしてしまえば、将来に大きな禍根を残すことになりかねないのだ。

そんな状況だから、旅行商品の窓口販売にいまだに依存する旧来型の旅行会社よりも、予約サイトのほうがまたたく間に分配された予算を使い切るのはある意味当然の流れだった。しかも新型コロナで出歩くことが減り、自宅でパソコンに向かう時間が増える中で、ネット予約が大きく伸びたのは当たり前といっても良い現象だった。そうした時代の変化、業界の変化を、役所は読み切れていなかったということだろう。

地域ごと、業者ごとに助成金を割り振るのは一見平等だが、それでは不採算事業者が淘汰されない。価格競争に走る事業者が出てくるため、業界全体の価格引き上げができなくなる。日本の産業界の中でも生産性が低い業種とされる、宿泊業が低付加価値に喘ぎ、従業員の給与が引き上げられないでいる最大の要因は、価格が安過ぎるからだ。

公平性にこだわると「かつての国鉄」になってしまう

本来、国が民間企業に直接、金銭的支援を行うことは「禁じ手」だ。国が資金を入れれば民間同士の競争を阻害することになりかねない。だから、「平等」になるよう、役所は綿密な予算配分を決めたのだろう。だが、そんな「計画経済」のような役所の論理通りに民間企業が動くわけではい。

また、「公平性」にこだわって、旅行業者に一律に助成金を出すようなことをすれば、旅行業界も「官業」になってしまう。かつての国鉄電電公社の例を出すまでもなく、「官業」になれば競争が嫌われサービスもまったく改善されなくなってしまう。

民間の事業者同士や、地域同士が切磋琢磨することが、業界全体を成長させる。そのためには、国民の選択を優先し、国民が選んだ事業者が最終的に生き残っていける助成制度にしていくべきだろう。

赤羽国交相は会見で「客に支持されているのに、国がコントロールするのはなかなか難しい」と述べ、業者間の配分枠を撤廃する方向性を示した。今回のドタバタ劇をきっかけに、創意工夫によって利用者を引き付けている事業者や地域がより恩恵を受けられる制度に、今からでも遅くないので脱皮させていく必要があるだろう。