80歳以上男性の43%が免許保持…高齢ドライバー事故を止める「ひと言」 池袋暴走事故が起こしたもう1つの変化

現代ビジネスに10月15日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/76419

 

なぜこんな老人が運転を

東京・池袋で高齢ドライバーが運転する乗用車が暴走し、母子が死亡した事故の初公判が10月8日、東京地裁で開かれた。

2019年4月、当時87歳だった旧通産省工業技術院の元院長・飯塚幸三被告(89)の運転する乗用車が暴走。松永真菜さん(当時31)と娘の莉子ちゃん(同3)を死亡させたほか、9人にけがを負わせた。

事故を起こした飯塚被告は法廷で「最愛の奥様とお嬢様を亡くされた松永さんのご心痛に言葉がない。深くおわびします」と頭を下げたものの、問われている過失運転致死傷の罪については、問われた89歳の被告は、起訴内容を否認、「アクセルペダルとブレーキペダルを踏み違えたことはないと記憶している」と述べ、無罪を主張した。

検察側は飯塚被告が運転中にブレーキとアクセルを踏み間違えたと見ており、車に記録されたデータから、「アクセルとブレーキに故障の記録はなく、アクセルを踏み続けたことも記録されている」と指摘した。

「車に何らかの異常が生じ、暴走した疑いがある」と弁護側は主張している。だが、実況見分に現れた飯塚被告が、2本の杖をつき、足取りも不如意だった姿を報道で見た多くの人たちは、あんな身体状態で自動車を運転していたのかと衝撃を受けたに違いない。「過失があったかどうか」よりも、身体能力が衰えた「高齢者が運転することの是非」に関心が向いている。

高齢者免許返納の波

この悲しい事故の反響は大きい。警察庁の運転免許統計によると、2019年に免許証を「自主返納」した人の数は、1998年に制度が導入されて以降最多の60万1022人に達した。何と前年に比べて43%、17万9832人も増えたのである。

80歳以上の返納者は22万6466人で、25%増えた。最も返納者が多かったのが70歳から75歳で、16万4896人と前年のほぼ2倍になった。

自主返納が急増した背景には、飯塚被告の事故をきっかけに、高齢ドライバーが運転することを、本人や家族が再考したことがあると考えられている。

実は高齢になっても免許を持ち続けているケースが多い。

特に男性の場合、顕著だ。2019年末の80歳以上の男性の免許保有者は176万417人。免許保有者全体の4%に過ぎないが、2020年1月1日現在の80歳以上の推計人口は408万人なので、80歳以上の高齢男性の43%が免許を保有している事になる。

確かに運転能力の問題が

もちろん、免許を持っていても実際には運転しない人もいるが、かなり高い割合だ。

年齢と身体機能の衰えは必ずしも比例しないが、家族に勧められて免許を返上したケースも多いようだ。

筆者の父親は86歳で健在だが、80歳になる時に車を処分し運転を止めてもらった。車庫入れでぶつけたり、信号を危うく見落とすケースが相次いだからだ。若い頃はスポーツマンで運動神経も良い方だったが、もしもひと様に危害を加える事にでもなったら一大事と説得した。

 

高齢の元経営者と話していて「息子に免許を取り上げられた」といった話を良く聞くので、家族が免許返納を求めることも多いのだろう。

75歳以上の高齢運転者に「認知機能検査」が行われるようになったのも大きい。

2009年の道路交通法改正で導入されたもので、日付や曜日を聞かれたり、イラストを見て、しばらくして記憶しているイラストを答えるなど簡単なテストを行う。記憶力や判断力をチェックするもので、結果が悪いと専門医の診断を受けて診断書を出さなければならない。年間200万人がこの検査を受けている。

技術革新は確かに重要だ

それでも高齢者の事故は起きている。

2019年には交通事故で3215人の死者が出たが、半分以上の1782人が65歳以上の高齢者だった。交通事故の死者は大きく減っており、高齢者の死者も減ってはいるが、割合は年々高まっている。人口10万人あたりの交通事故死者数は、全年齢では2.5人だが、65歳以上は5.0人と2倍だ。

 

高齢者の事故をどうやって減らしていくか。1992年に年間1万1452人に達していた交通事故死者数は、ほぼ一貫して減り続け、2016年以降、4000人を下回るようになった。

運転技術が未熟な若年運転者の割合が減ったことなども要因として挙げられているが、圧倒的に大きいのは自動車技術の進歩と道路や信号機などインフラの整備だろう。

自動車の場合、衝突安全性などに関心が向いたこともあり車体構造が劇的に進歩したほか、エアバッグやABS(アンチロック・ブレーキ・システム)の標準装備など安全性能が高まったことが事故減少につながったのは明らかだ。

最近では、ブレーキとアクセルの踏み間違いなど、人間の誤操作リスクを回避する急激な加速防止装置や、センサーによって衝突を防止する「ぶつからない車」の開発などが急ピッチで進んでいる。高齢者による事故は、技術革新によって必ず減らすことができるに違いない。

もちろん、高齢者がこうした安全装置の装備された車に買い替えないなど問題も多くある。そうした車への買い替えに自治体が助成を行うことも必要だろう。

高齢者の免許返納は歓迎すべきことだが、自家用車以外に移動手段がない地方の山間地などでは、そうそう簡単に運転を諦めることは難しい。とりあえずはより安全な車を普及させることが先決だろう。

その先には、無人のバスやタクシーが動き回る世の中も、そう遠い未来ではなく、やってきそうだ。そうした技術革新を一気に加速するための規制緩和など、国がやらなければならない事はまだまだたくさんある。