ワクチン接種「カネならいくら使ってもいい」菅首相と医師会の関係  進まないのはカネの問題だけなのか?

現代ビジネスに5月14日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/83095

首相、頭を下げる

ゴールデンウィーク直前のこと、ある自治体の首長と副首長のところにそれぞれ別の高級官僚から電話がかかってきた。「総理が何としても7月末までに高齢者への接種を終わらせて欲しい、カネならいくら使ってもいい、と仰っています」――。

4月23日の記者会見で菅義偉首相は65歳以上の高齢者へのワクチン接種について「7月末を念頭に終える」と表明した。ところが、政府が全国1741の市区町村を調査したところ、7月末に終えられると回答したのは当初、4割以下の約650にとどまっていたという。それを受けて官邸から「個別撃破」が始またというわけだ。

当初、自治体は、接種計画が組めない理由としてワクチンの供給量が2週間後までしか分からないことを理由に挙げていた。これは、厚生労働省が導入した「ワクチン接種円滑化システム(V-SYS)」の基本設計が不出来だったため。接種体制を組もうにもワクチンがいつ来るか分からず、会場や人員の手配ができない、ということだった。

これに対して、河野太郎・ワクチン担当相が4月30日の会見で、6月末までに高齢者3600万人分の接種に必要なワクチンを配送するスケジュールを公表。高齢者の人口割で自治体に配分する計画をアナログで作って自治体に示したのだ。河野大臣は「全高齢者が2回打つことができる量のワクチンを6月の末までにそれぞれ自治体にお配りする」と説明した。

これまでネックとされてきたワクチンの配布にメドが立つと、改めて接種体制の不備が浮かび上がった。ワクチンがあっても接種する医師、看護師が足らない、という問題だ。これは、ワクチン接種が計画された当初から問題視されていたことだが、対応は後手々々に回っていた。というより、病院の病床提供と同様、政府は医師会に「お願い」することしかしてこなかったのだ。

さすがにしびれを切らしたのだろう。菅首相は4月30日に首相官邸日本医師会中川俊男会長や日本看護協会の福井トシ子会長に会い、ワクチン接種への協力を重ねて要請した。

「全国の医師会、看護協会にもう一度働きかけをいただきますように心からお願いを申し上げます」

そう述べると、菅首相は深々と頭を下げて見せたのだ。この様子はテレビニュースでも伝えられた。

結局は値上げ

自治体の幹部に聞くと、接種がなかなか進まない背景には、医師会の協力が思うように得られない、という問題がある。国が決めた接種1回あたりの費用は2070円で、通常の予防接種と同様、自治体が医療機関に支払う。「この2070円という金額に納得しない医師の協力が得られない、と医師会がいうのです」と幹部。この金額、通常の予防接種に比べても安いのだという。

中川会長らとの会談で、菅首相は「それぞれの自治体において、平日の体制を思い切って強化するとともに、休日や夜間にも接種を進めていただきたいと思います」とし、「政府としても、休日や夜間における接種単価の大幅な引上げや、集団接種に医師・看護師を派遣していただいた医療機関等への支援など、御協力いただける環境を整備いたします」と述べた。要は「カネを出す」から協力してくれ、と正式に要請したのだ。

この会談を受けて、接種の単価は、時間外については2800円、休日については4200円とする事が公表された。また、医師や看護師をワクチン接種会場に派遣した場合は、1人1時間あたり医師が7550円、看護師等は2760円を支払うとした。

結局、ワクチンが進まないのは、カネの問題だったのだろうか。「医師会は開業医を中心とするいわば労働組合で、会長はきれい事は言っていますが要はカネなんです」と、ワクチン接種に政府側で関わる政治家も苦笑する。一方の菅首相もカネさえ出せば協力を得られる、と思っているのだろう。首相の平身低頭の裏に、そんな「合意」があったのだ。

もっとも、医師会側は平日の接種単価が引き上げられなかった事について、不満を抱き続けていると言う。医師会関係者の言い分はこうだ。

「仮に1日に100人の接種をするとして20万円あまり。クリニックの収入はそれをはるかに上回るので、休診して接種を手伝うと、そうでなくても苦しい医院経営がますます苦しくなる。やりたくてもできない」

 

区分けの背景に見え隠れするもの

もちろん、現場の医師の話を聞くと、別の声もある。

「官邸が札束で医師会の横っ面を叩けば、医者は動くという態度が気に入りません。現場は必死に新型コロナウイルスと戦っている。高齢者接種が始まっても、クリニックの医師や看護婦にはワクチンが回ってこない。そっちの方が大きな問題なんです」

確かに、480万人いる医療従事者のうち、4月28日段階で2回目が打ち終わった人は99万5758人と全体の2割に過ぎなかった。もともと厚労省が決めた、医療関係者は都道府県、高齢者などは市区町村という区分けが混乱の問題だった。

これまで予防接種は市区町村の仕事ということになってきたため、都道府県にそうした体制を組む経験もなく、医療関係機関とのパイプも乏しかったため、大混乱をきたしたとみられている。

結局、市区町村に配布したワクチンを医療関係者用に回して構わないという政治判断で、ようやくワクチンが行き渡り始めた。その、都道府県と市区町村の区分けも、国から出るカネの取り合いの結果だったのではないか、と疑われている。ここでも「カネ」が見え隠れしているのだ。

批判を受けて、政府は医療従事者向けのワクチンを5月15日までに配送完了させると発表した。もちろん、あくまで配送完了で、接種完了というわけではない。

ワクチン接種既得権は死守

政府はようやく、自衛隊医官にワクチン接種させる「大規模接種会場」の設置を表明した。また、接種を歯科医に解禁するという方針も示している。

薬剤師などを研修を受けさせた上で、接種させよという声もあるが、政府は解禁するそぶりすら見せない。注射を打てるのは「医師」とその指示下にある「看護師」だけという「既得権」を守ろうという姿勢が見え隠れする。

政治家の多くは医師会所属の医師らから多額の寄付を受けたり、パーティー券を購入してもらったりしている。医師会の不利益になることはできない政治家が少なくないということだろう。

医師会の中川会長は、蔓延防止等重点措置を「まん延防止等重点措置」期間中だった4月20日に都内で開かれた自民党自見英子参院議員の政治資金パーティーに発起人として参加していたことが文春オンラインに報じられた。