首相が命令すれば「自衛隊」は何でもできてしまう!? 大規模ワクチン接種の「薄弱な」法的根拠

現代ビジネスに5月28日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/83541

かつてないオペレーション

自衛隊による新型コロナワクチンの「大規模接種」が5月24日から始まった。東京と大阪の2つの会場で、65歳以上の高齢者を対象に実施、初日は計7348人が接種を受けた。東京で1日1万人、大阪で5000人の接種を目指す。

なかなか進まなかった高齢者へのワクチン接種に自衛隊の投入を決めたのは菅義偉首相自身だった。4月27日に岸信夫防衛相を官邸に呼びつけて、自衛隊に大規模接種会場を設けてワクチン接種を行うよう指示を出した。

河野太郎・ワクチン担当相の周辺でも「突然出てきた話」に驚きの声が上がったという。その段階で3600万人いる高齢者の1回目の接種が終わっていた人は1%にも満たなかったから、菅首相自身がしびれを切らした、ということだろう。

菅首相は高齢者接種を7月末までに何としても終わらせよ、とゲキを飛ばし、5月7日の記者会見でも「1日100万回のワクチン接種を目標とする」と豪語した。

それから1カ月。さすがに自衛隊である。高齢者接種で混乱する自治体を尻目に大規模接種センターを立ち上げて、運用を開始した。

自衛隊の「医官」と「看護官」はそれぞれ1000人といわれているが、そのうち「医官」80人と「看護官」ら200人を全国の駐屯地などから2会場に集め、さらに現地で調整業務に当たる自衛官160人も配置した。自治体では不足しているとされてきた民間看護師も200人常時配置するよう手配したという。

「いよいよかつてないオペレーションに立ち向かう部隊が誕生いたします。協力していただく民間看護師のみなさまや事業者の方々ともどもに、全力を出して参る所存です」

中山泰秀防衛副大臣は大規模接種の開始に当たって自衛官らにこう訓示した。まさに自衛隊ならではのオペレーション(作戦行動)だからこそ、円滑な滑り出しを遂げたということだろう。これから8月までの3ヵ月間、土日も休まずに作戦は続行される。

自治体によるワクチン接種がなかなか進まない中で、自衛隊が力を発揮していることに多くの国民は喝采を送っているに違いない。菅首相からすれば、自らの強力なリーダーシップで自衛隊を動かしたことを「得点」と考えているだろう。だが、本当にそれで良いのだろうか。

自衛隊出動の要件

もともと国民にワクチン接種をすることは自衛隊の任務ではない。任務ではない、というよりも任務だと想定されていない、と言った方がいい。自衛隊法にもワクチンの大規模接種会場の運営などはどこにも書かれていない。

念のために言っておくが、筆者はワクチン接種を自衛隊が行うことに反対しているわけではない。早い段階からワクチンの輸送などに自衛隊を使うべきだと主張していた。

だが、自衛隊を動かす以上、その根拠となる法律をきちんと整備しておくべきだったのではないか。首相が命じれば、「かつてない」作戦行動ができてしまう、というのは法治国家として問題だと思うのだ。

実は、新型コロナウイルス対応で、自衛隊が「前例のないオペレーション」を行うのは初めてではない。

2020年1月、新型コロナの脅威に日本として初めて直面したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」(乗員・乗客約3700名)が横浜に入港した際、自衛隊が出動、生活・医療支援、下船者の輸送支援などを行った。1月31日から3月16日まで46日間、延4900人が活動した。

 

この時の出動の法的根拠について、防衛白書には次のように書かれている。

「帰国した邦人などの救援にかかる災害派遣を実施した」「この際、感染拡大防止のための帰国邦人などへの支援については、特に緊急に対応する必要があり、かつ、特定の都道府県知事などに全般的な状況を踏まえた自衛隊の派遣の要否などにかかる判断に基づく要請を期待することは無理があって、要請を待っていては遅きに失すると考えられたことから、要請によらない自主派遣とした」

自衛隊の出動目的は、防衛出動、治安出動、災害派遣の3つが法律で定められている。災害派遣は原則として都道府県知事の要請が必要だが、危機直面した場合には自主的に派遣できるようになっている。いつ起きるか分からない災害に即応するためだ。

また、それに先立つ1月29日30日に、中国・武漢から邦人を帰国させるためのチャーター機自衛隊の看護官2人を派遣したが、その際には「官庁間協力」という位置づけで参加した。これは、他省庁が行う活動に自衛官が協力するというもので、自衛隊としての部隊行動ではない。

菅首相独自の判断

では、今回のワクチン接種はどんな法的位置づけなのか。

取材してみると「災害派遣」ではないという。事前に都道府県知事からの要請があったわけではなく、菅首相が独自に決めたものだ。新型コロナの蔓延自体は「災害」と言えるかもしれないが、ワクチン接種を「災害救援活動」というには無理があると考えたのだろう。

 しかも、要請なく自主派遣するだけの、緊急性も認められるかどうか微妙だ。命令した菅首相自身がどこまで考えていたかどうかはともかく、さすがに内閣官房防衛省も法的根拠なしに自衛隊を動かせないことぐらい分かっている。

防衛大臣は4月27日の記者会見で法的根拠を聞かれ、こう答えている。

防衛省において様々な病院を運営しております。自衛隊中央病院等々ですね、根拠としては同じような形でなるわけですけれども、自衛隊法の27条の1項及び自衛隊法施行令の46条3項の規定に基づいて、隊員の他、隊員の扶養家族、被扶養者等の診療に影響を及ぼさない程度において、防衛大臣が定めるところにより、その他の者の診療を行うことができるとされていることから、新型コロナウイルスワクチンの接種は自衛隊中央病院が果たすべき本来の任務の一つということで行ってまいります」

自衛隊病院は部分的に一般の患者の診療も行えることになっている。つまり、自衛隊病院の「院外活動」という扱いで、ワクチン接種は自衛隊病院の「本来の任務」だというのである。

これは苦しいのではないか。自衛隊病院が「出動」して、不特定多数の国民にワクチンの大規模接種をすることが、もともと「本来の任務」として想定されていたわけではない。防衛副大臣の訓示にもあったように、「部隊」が「かつてないオペレーション」を行っているのだ。

繰り返すが、自衛隊がワクチン接種すべきでない、と言っているわけではない。こうした法律の「拡大解釈」ではなく、自衛隊に活動させるために法律を整備すればいいのだ。新型コロナの蔓延から1年以上も時間が経っているのだ。時間がなかったわけではない。

法治主義は少数派の危惧?

実は、私がこう考えるようになったのは、80歳代の著名な官僚OBに怒られたからだ。私が、ワクチンの緊急輸送に自衛隊や警察を使うべきだと言ったところ、「何でも自衛隊や警察にやらせろというのは間違いだ」と諭された。老官僚はまさに国家権力を動かす立場にいた人物だ。

自衛隊を動かすというのは国家権力の発動なのだ。その行動はきちんと法律で定めておかなければいけない。これまでも自衛隊が出ていく時には必ず法律を作ってきた。総理が命令すれば前例のないこともやるというのは問題だ。良いことをやるのだからいいではないか、国民に強制力を行使しなければ部隊を何にでも使えるというのであれば、なし崩し的に『いつか来た道』になりかねない」と言うのだ。

 

この件について、与野党の何人かの政治家に聞いてみたが、反応は鈍かった。「国民が求めていることをやっているのだから許されるのでは」というのだ。集団的自衛権解釈改憲で認めた時に怒った人たちも、この件は関心の外のようだ。

首相が善人で、首相が自衛隊に発する命令は常に国民のためになることだけ、という前提で考えているわけだ。悪人が首相になって暴走し、自衛隊に命令を出すということなど「想定外」というわけだ。

頭の体操で、新型コロナ患者を隔離するという名目で自衛隊を使って政権に不都合な国民を拘束することも法律の拡大解釈でできてしまうのではないか、とある幹部官僚に聞いたところ、「法治国家ではそんなことはあり得ない」という答えが返ってきた。

法治国家だからこそ、まずは法律を作るべきだったと思うのだが、どうやら少数派の危惧ということのようだ。