「ダラダラの休業要請で経済疲弊」コロナ死者の少ない日本が最も苦しむ根本原因  ワクチン接種が遅れたのはなぜか

プレジデントオンラインに5月29日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/46456

自衛隊によるワクチン接種」は厚労省も寝耳に水

自衛隊による新型コロナワクチンの「大規模接種」が5月24日から東京と大阪で始まった。65歳以上の高齢者を対象に初日は計7348人が接種を受け、最終的には東京で1日1万人、大阪で5000人の接種体制を敷く。首相の命令だけで法改正もなしに自衛隊を出動させたのは問題含みだが、ワクチン接種が遅々として進まないことに苛立った菅義偉首相が遂に自ら動き出した、ということだろう。

なにせ世論からは、コロナ対策が「遅々として進んでいない」と責められ、内閣支持率は急低下する動きを見せていた。秋の総裁選での菅後継候補を公然と話題にする自民党幹部が出始めるなど、菅首相はジワジワと追い込まれていた。「高齢者へのワクチン接種が順調に進むかどうかが、政権のアキレス腱になる」と自民党ベテラン議員は言う。

菅首相は4月27日に岸信夫防衛相を官邸に呼び、自衛隊によるワクチン接種を指示した。ワクチン接種を担ってきた厚労省にも、河野太郎・ワクチン担当相にも寝耳に水だったとされる。菅首相がしびれを切らしたのは、その段階でも3600万人いる高齢者のうち、1回目の接種が終わった人が1%にも満たなかったためだ。菅首相が「何としても7月末までに高齢者への接種を終わらせよ」と指示しても、「無理です」と言ってくる自治体が相次いだ。

歯科医師による接種」を解禁して、医師会に圧力

もはや、厚労省が通達を出して、自治体を動かす、という手法では接種は進まないと菅首相は思ったのだろう。厚労省と河野大臣に任せてきた日本医師会への説得にも自ら乗り出し、接種手数料の上積みまで約束した。一方で、歯科医師による接種を解禁したうえ、薬剤師などの活用をブチ上げ、暗に医師会に圧力をかけた。「(医師会が求めた)手当を大幅に引き上げても動かないなら他にやらせる」。医師会が何としても死守したい「規制」に穴を開けるぞ、と迫ったわけだ。

首相は官邸に中川敏男・日本医師会長を招いた際に、日本看護協会の福井トシ子会長も同時に招いた。看護協会に対しても手当の大幅引き上げを約束した。一方で、自衛隊の大規模接種会場では自衛隊の「医官」80人と「看護官」ら200人を全国の駐屯地などから招集しただけでなく、医療従事者専門の民間人材サービス会社を使って民間看護師も200人集めてみせたのだ。看護師協会を通じた要請に頼らずとも人は集められると突きつけたに等しい。

現状は「1日100万回」にはほど遠い

自衛隊による大規模接種会場はわずか1カ月で稼働を始めたが、都道府県や自治体にとっても大きなプレッシャーになった。2月から始めた480万人の医療従事者への接種は、ワクチンの供給は終わったにも関わらず、2回接種が終わった人は5月26日段階で276万人と6割弱、1割以上の人がまだ1回目を打っていない。医療従事者への接種は都道府県の責任で進めてきたが、それすら終わっていないのだ。

一方、高齢者接種もハイピッチで進んでいるとはいえ、5月26日現在で2回目まで終わった人は22万人弱と0.7%、1回目が接種できた人も332万人とようやく9%を超えたところだ。1日あたりの接種回数は40万回を超えたが、菅首相が言う「1日100万回」には届いていない。

それでも医療従事者や高齢者は夏には終わるだろう。問題は現役世代へのワクチン接種がどうなるか、だ。現役世代のビジネスマンの接種が終わらなければ、経済活動を全面的に回復させることは難しい。

今後は「日本人だけが海外に出られない」となる恐れ

そんな中、恐れていたことが現実になった。米国務省が5月24日、日本での新型コロナウイルスの感染拡大を受け、渡航警戒レベルを、最も厳しい「渡航中止」(レベル4)に引き上げたのだ。

日本では4月から新規感染者が再び拡大、米疾病対策センター(CDC)が定める感染状況で「28日間で人口10万人当たり100人以上の新規感染者」といった基準を超えたとしている。CDCは「ワクチンの接種を終えていても変異株に感染し、広める可能性がある」と指摘しているという。

勧告に強制力はないが、このままで東京オリンピックパラリンピックが開催できるのか、危ぶむ声は高まる一方だ。もちろん、背景には、日本国内でのワクチン接種率の低さがあることは言うまでもない。もっぱらオリパラが開催できるかという視点で語られているが、今後、ワクチン接種を終えた諸外国の人々がビジネスを本格的に再開し、国境を越えた移動を始める中で、日本人ビジネスマンだけが身動きが取れない、ということになりかねない。それくらい日本の接種率は低いのだ。

日本のワクチン接種率はインドよりも低い

NHKの報道によると(Our World in Dataの集計、5月27日更新)、ワクチン接種が完了した人の割合が最も高い国はイスラエルで、59.18%。次いでチリの40.88%、米国の39.19%などとなっている。イギリスも34.79%に達している。一方で、日本はわずか2.31%。感染が爆発して死者が相次いでいるインドの3.04%よりも低い。

 

今後、他の先進国が経済活動を本格化する中で、「ワクチン接種が進んでいない日本は危ないから行くな」といった判断になる懸念が出てきたわけだ。そうなると、日本経済だけが回復から取り残されることになりかねない。

実際、その予兆は出ている。

内閣府が5月18日に発表した2020年度のGDP国内総生産)は、前年度比4.6%減と、リーマンショック時の3.6%減を超え、戦後最悪を更新したのだ。四半期ごとのGDPの年率換算は、1回目の緊急事態宣言が出た2020年4~6月期は28.6%減というマイナスを記録したが、その反動もあって7~9月期は22.9%増、10~12月期も11.6%増を記録した。そのままプラス基調が続けば、年度のGDPリーマンショック時に達することはなかったと思われる。ところが、年明けから2回目となる緊急事態宣言が出され、2カ月以上にわたって飲食店などへの営業時間短縮などの要請が続いたことから、2021年1~3月期が再び5.1%のマイナスに転落した。

一方米国は、2020年4~6月期は31.4%減と日本よりも影響は深刻だったが、7~9月期は33.4%増を記録、10~12月期も4.3%増となった。さらに今年1~3月期は6.4%増に景気回復が加速している。マイナスの日本と完全に明暗を分ける結果になった。

コロナ死が先進国最少だった日本が、経済回復では最悪に

日本の場合、さらに状況は深刻だ。4月に入って3回目の緊急事態宣言が出され、百貨店など大型商業施設にも休業要請が出された。当初予定の5月11日でもその後延長された5月末でも宣言解除に至らず、解除の見通しが立っていない。エコノミストの中には2021年4~6月期もマイナス成長になるとの見方が出始めている。

諸外国に比べて感染者が少なく、死者も少ないことで、感染封じ込めに成功したとして「日本モデル」をアピールする識者もいた。だが、どうも状況は違っている。最も影響が軽かったはずの日本が、他の先進国に比べて大きな経済的な影響を被ることになりかねないのだ。

緊急事態宣言を出しても、欧米のように徹底したロックダウンも行わず、飲食店の休業要請をダラダラと続けた結果、感染が収まらずに経済も疲弊していく最悪のパターンに陥っている。また、切り札のワクチンの確保も後手後手に回ったうえ、確保ができても接種が進まない混乱ぶりを示した。ワクチン接種の遅れは経済復活に致命的な影響を与えることになりかねない。