書類ねじ曲げてでも企業の農地取得阻止、内閣府の規制緩和姿勢が露呈 養父市問題で規制官庁に同調するだけ

現代ビジネスに1月7日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/79062

養父市長の怒りも……

新型コロナウイルス対策で後手後手に回っていると批判され、支持率の低下が止まらない菅義偉内閣。2020年末に当欄で、菅内閣の改革姿勢が本物かどうかを占う試金石として取り上げた「養父市問題」はその後、どうなったのだろうか。

まずは簡単に経緯を振り返ってみよう。

12月21日に首相官邸で開かれた「国家戦略特別区域諮問会議」と「規制改革推進会議の議長座長」の合同会議で、「養父市問題」について坂本哲志内閣府特命担当大臣と、河野太郎行政改革担当大臣や民間人議員の八田達夫大阪大学名誉教授らが「激突」。菅首相自らが割って入って「預かり」となった。

養父市問題というのは、特区に指定されている兵庫県養父市で導入されている「一般企業の農地取得」の5年間の「特例」期限が2021年8月末で切れるので、その扱いをどうするかという問題。

特区の制度では、特例が成果を上げた場合は全国レベルで規制を緩和する「全国展開」を行うことになっている。ところが内閣府の事務方が出してきた答えは「特例のまま継続」し「全国展開はしない」というもの。これに改革派が噛み付いた、というわけだ。

その後、取材してみると、年末の会議に向けて水面下でもバトルが繰り広げられていたことが分かった。

会議には養父市の広瀬栄市長が「養父市の規制改革の拡大に向けて」というA4版1枚の「手紙」を提出していた。政府の特区諮問会議のホームページにも掲載されている。ところがこの手紙を巡って、内閣府の事務方と広瀬市長の間で一悶着あったのだという。関係者から入手した広瀬市長が出した手紙の「オリジナル」にはこんなくだりがある。

「こうした中で、『本日の会議に是非とも出席させて頂き、私自身の口から、養父市の成功を直接説明させて頂きたい』と内閣府に強く申し入れたのですが、断られてしまいました。以前は、同志として、身体を張って一緒に戦ってくれた内閣府が、この3年ほどは、単に規制官庁に同調するだけになってしまっていることは、とても残念でなりません」

広瀬市長の内閣府に対する激しい怒りが伝わってくる。

……あっさりともみ消す

ところが、当日配布された手紙の当該部分はこう変わっている。

「こうした中で、当方から本日の会議で養父市の成功を直接お伝えしたいと考えたのですが、会議時間の都合上叶いませんでした。事務局の置かれている立場は理解できないこともありませんが、日本農業の将来を考え規制改革に全力を尽くしている養父市長としては、とても残念でなりません」

 

内閣府の事務方が市長の出席を断ったという点や、「単に規制官庁に同調するだけ」という内閣府批判はすっぽり抜け落ちている。関係者によると、内閣府の事務方が激怒し、恫喝まがいの剣幕で文章の修正を迫ったのだという。

「単に規制官庁に同調するだけ」という批判が間違いだというのなら、内閣府が修正させたのも分からないではない。だが、規制改革を進める立場のはずの内閣府は、規制官庁、この場合は農林水産省を向いているのは明らかだ。

政府のホームページには、養父市長の手紙と共に、農林水産省が提出した「国家戦略特区における企業の農地所有特例(養父市)について」という1枚の資料が掲載されている。

当初は養父市長の「修正された」手紙だけが配布資料として準備されていたが、それでは養父市は成功しているということを印象付けることになると思ったのだろう。内閣府の事務方が農水省に促して「養父モデルは失敗」と印象付ける資料を作らせたというのだ。まさに規制官庁に同調している証ではないか。

もっとも、その内容は反論になっていない。

特例の導入前から16社が農地をリースする形で農業に参入していた。特例が認められた後はそのうち4社が農地を取得し、さらに7社が新規参入したが、農地を取得したのは2社だけ。合計6社が所有する農地は1.6ヘクタールで6社が経営する農地の7%に過ぎず、残りはリース方式だ、というのである。会議の場でも「リースかどうかは関係ない」という批判の声が上がった。

首相も無視して農水省の意向を汲む

ところが、会議でのバトルの後、菅首相が「預かった」のを受けて、坂本大臣はこう発言している。

「総理から預かるとのことだったが、養父はリースが大半といったことも考え、来年度内に検討したい」

内閣府の事務方が農水省の官僚と同調して準備した路線に、大臣は見事に乗せられたわけだ。養父モデルは失敗だということにして、企業の農地取得の全国展開を何としても阻止したい勢力がいるのだろう。

2020年3月18日に開かれた「特区諮問会議」には、広瀬市長も出席、「企業の農地取得」などの実績を説明し、成果を訴えた。6月10日の会議でまとまった「評価」には次のように書かれている。

「本措置により様々な企業が養父市に進出し、多くの法人が設立され雇用創出、耕作放棄地の活用などの効果があった。また、ドローンによる農薬散布、無線遠隔草刈機、自動走行トラクターなど、スマート農業の取組を行うなど、企業の資本力・技術力を積極的に活用しており、さらなる展開が期待できる」

さらに10月22日に開いた会議では、民間人議員5名が連名で「企業の幅内取得特例は迅速に継続することを決定し、全国に展開すべきである」と求めていた。にもかかわらず霞が関連合の「巻き返し」が起きたのである。

結局、改革逆行のための政権か

では、「預かった」菅首相はどう決着を付けようとしているのか。

どうやら、玉虫色のまま、養父市だけ継続、ということになりそうだ、という。

特区諮問会議としての「決定」が出される見通しだが、その文章は「政府として、制度設計のあり方を来年度中に検討し、その結果に基づき全国への適用拡大について調整し、早期に必要な法案の提出を行う」という線で落ち着く模様だ。その間、養父市については特例措置の期限を延長するという。

制度設計のあり方から検討するわけで、農水省など反対派にとっては、養父モデルを終焉させる余地があるとも読める。一方で、改革派からすれば、「全国への適用拡大について調整」という文言が入れば、全国展開にも望みがつながる。結局、預かった菅首相は、この「玉虫色」をよしとするのだろうか。

しばしば「戦略は細部に宿る」と語られる。いくら菅首相が「縦割りと既得権益と悪しき前例を打破」すると繰り返しても、具体的な個別の事案が前に進まなければ、改革の実現は不可能だ。やはり、菅首相の改革姿勢は「掛け声だけ」ということなのだろうか。

フォーサイト「2021年の注目点、気になること」【テーマ編】

新潮社フォーサイトに1月2日に掲載されました。オリジナルページ→

https://www.fsight.jp/articles/-/47605

 

【日本経済:磯山友幸】コロナで過去との「断絶」を成す年に

 新型コロナウイルスの蔓延はいつか必ず忽然と終息する。企業や行政の過去の仕組みを生き残らせる事を優先した政策を取り続けるならば、コロナ後の世界との競争の中で日本は「負け組」に転落するに違いない。コロナ後の世界で、企業が成長し、日本経済が力強く復活するには、2021年にどんな手を打つかが決定的に重要になる。

 デジタル庁新設を、霞が関の仕組みを一から刷新する契機とし、行政を一気に効率化する必要がある。企業もこれまでのビジネスモデルを見直す事が重要だ。政府はそのための規制のあり方をゼロから考え直すべきだろう。新型コロナという禍を転じて過去との「断絶」を成す年とすべきである。

「デジタル庁創設でも期待薄」霞が関のデジタル化が進まない本当の理由 情報という「権力」を手放したくない

プレジデントオンラインに12月25日に掲載された拙稿です。是非ご一読ください。オリジナルページ→

https://president.jp/articles/-/41835

多くの関係者を驚かせた「全国一律」の一時停止

菅義偉首相は12月14日、「Go To トラベル」を全国一律に一時停止すると発表した。専門家が集まる政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会は、東京都などの感染拡大が目立っていた地域発着の旅行を対象から除外するように求めており、一部地域の一時停止は予想されていたが、「全国一律」というのは多くの関係者にとって驚きだった。

報道では、国土交通省関係者の話として「菅首相が12月14日午後6時半過ぎに発表した時点では、観光庁の課長級には全国一律の停止の方針は伝わっていなかったとみられる」としており、担当の観光庁ですら寝耳に水の決定だったようだ。

いったい誰が菅首相に「全国一律」の一時停止を進言したのか。多くの関係者は首相補佐官和泉洋人氏だろうとみる。和泉氏は国交省(旧建設省)の出身で、安倍晋三内閣発足直後の2013年1月から補佐官を務めてきた。

安倍政権時代の官邸官僚としては首相補佐官兼秘書官だった今井尚哉氏が絶大な力を握っていると言われてきたが、和泉氏は当時から官房長官の菅氏に近いとされていた。菅氏が首相になって、首相を支える存在になっている。

政治主導で動く「Go To トラベル」

和泉氏が「全国一律」一時停止を主導したとすれば、出身母体の国交省が知らないわけがなさそうなものだ。ところが、観光庁長官の蒲生篤実氏と和泉氏ら官邸官僚は意思疎通ができていない、という。

というよりも、蒲生氏が国交省でも総務畑や企画畑が長かったこともあり、観光行政に明るくないことから、官邸が相手にせず、当初から「Go To トラベル」は官邸主導、政治主導で動いているという事情がある。

10月に宿泊予約サイトで割引率が下がる問題が発生したが、この時も観光庁は旅行業者からの苦情を放置し、国交相や官邸に報告しないという失態を演じた。その時も和泉氏が問題を把握したのは旅行業者に関係する別の省庁OBからの情報だったとされ、観光庁は和泉氏の信頼を完全に失っている。そんな「人間関係」が菅首相の「目玉政策」の変更決定で、観光庁が蚊帳の外に置かれる原因になったとみられる。

霞が関官僚の深夜勤務が常態化している

たまらないのは政策を実行する現場の官僚たちだ。突如、全国一律となって、キャンセル料の扱いや事業者へのキャンセル分の補償などの細部の決定に忙殺された。12月15日午前中に赤羽一嘉国交相が詳細を発表するまで、まさに徹夜での調整作業が進められた。

 

働き方改革」が求められる中で、霞が関官僚の深夜勤務は常態化している。そのほとんどが政治家に「振り回されている」結果だ。菅内閣発足時に、文部科学省の新しい副大臣大臣政務官計4人の初登庁が深夜になり、職員ら100人以上が待機して出迎え、日付が変わってからの記者会見があったため、職員が未明まで対応に追われたことが話題になった。

副大臣の「出迎え」は論外としても、夕方の本来の退庁時間になって政治家からの指示が来て、翌朝まで作業に追われるケースは珍しくない。翌日の国会答弁の準備に追われる姿などはよく知られた光景だ。災害対策など本当の緊急事態の時は別として、なぜ深夜の仕事がなくならないのだろうか。

「人と人のつながり」で情報が伝わる仕組み

ひとつは霞が関では、「情報の共有」が今でも「属人的」に行われていることだ。人と人のつながりで情報が伝わるが、いまだに電話が主流で、組織的に一斉メールやSNSが情報伝達手段として使われることはない。

幹部官僚は首相官邸や他省庁の幹部たちと個人的にパイプを築き、情報を得る。その多彩な情報源を持つ幹部が重用され、出世していくという傾向も強い。Go To トラベルの一律一時停止の情報を観光庁が早い段階でつかめなかったとすれば、そうした人間関係ができていなかった、ということに、今の仕組みではなるわけだ。

逆に言えば、政策がどこで実質的に決まっているかが見えない、ということになる。日本学術会議の議員の任命拒否問題で、誰がどの段階で6人の任命拒否を議論し、どういうプロセスで決めたのか、国会質問が繰り返されてもいまだにはっきりしない。それは意思決定の実質的なプロセスが決められておらず、幹部官僚や大臣の「裁可」が形式的な儀式になっているため、誰が本当に決めたのかが見えないのだ。情報の共有と決裁フローの明確化、上場企業ならば当たり前のガバナンスの仕組みが欠如しているとも言える。

「デジタル庁」は業務フローを変えられるか

菅首相が目玉として掲げる「デジタル庁の新設」の成否は、こうした仕組みをデジタル・ツールを使って整理できるかどうかにかかっているとも言える。菅首相の言葉で言えば「縦割り行政の打破」ということになるが、省庁の壁を越えて情報が共有され、明確なプロセスで政策案を決定していくことが、実はデジタル化の本質なのだ。いわゆるDX(デジタル・トランスフォーメーション)である。

 

デジタル庁は、2021年の秋に向けて設置準備が進んでいるが、霞が関の仕事の仕方、業務フローを変えられるかどうかが焦点になる。12月22日に自民党政務調査会のデジタル社会推進本部が、デジタル庁の業務について「提言」をまとめ、菅首相に申し入れを行った。その中にも、霞が関の仕事の仕方について触れた部分がある。

「公務員の労働環境におけるIT投資は、職員の意欲と能力を最大限に引き出し、ひいては社会全体の生産性の飛躍的な向上にもつながる投資であることを再認識すべきである。また、業務改革・デジタル化への理解を深め、その考え方の下、働き方改革やワークライフ・バランス等の方針にも沿った形で業務を遂行するための必須条件でもある。さらに、多様で柔軟な働き方の実現(在宅勤務、モバイルワーク、フレックスタイム、フリーアドレスオフィス、ウェブ会議の活用促進)、ペーパーレス化、非対面化、文書管理の効率化、内部事務作業の効率化、内部共通事務のシステム化を進めることで、従来の業務工程の刷新を図ることが必要である」

メールやSNSを使わない理由は「セキュリティー」だった

民間企業ならば当たり前のことだが、改めてデジタル化の意義を示すところから始めないと、霞が関は変わらないという事情が伺える。

さらに具体策が並んでいるが、そのいくつかを抜き出してみよう。

・チャット等コミュニケーションツールの整備
・資料等を同時編集可能なコラボレーションツール
・国と地方公共団体との連絡等を一元的に行う行政情報連絡ポータル
・組織によってバラバラに設定されている職員ID、業務ID等の統一化、共有化
霞ヶ関の深夜勤務の要因となっている国会答弁作成を効率化し、様式の微調整や印刷等を不要とするweb上で完結可能な答弁作成ツール

メールやSNSを使わないのは「セキュリティー」が理由とされてきた。自宅に持ち帰れるパソコン端末がごく少数のため、霞が関の幹部官僚は基本的に在宅勤務ができない。メールでパスワード付きファイルを送り、パスワードを別送する方法が長年採られてきた。これも今やメールのセキュリティー技術の進歩からほとんど意味がないにもかかわらず、慣例として定着していた。さすがに11月末に平井卓也・デジタル改革担当相が内閣府内閣官房で廃止することを発表した。

「プリント→押印→PDF化」という笑えない業務フロー

デジタル化と言いながら、霞が関の役所では少なからず、パソコンで作った文書をプリントアウトして押印し、さらにスキャナーで読み込んでPDF化するといった笑えない業務フローを実践している。押印の廃止、というのは実はこんなところから出てきている話なのだ。

 

前述の提言で導入すべきだと指摘された「ツール」は民間ならば「常識」とも言えるものだろう。だが、問題は、霞が関の官僚たちの意識改革ができるかどうかだ。いまだに「情報」を握ることが「権力」を握ることだと考える政治家や幹部官僚は少なくない。情報ツールの活用で組織がフラットになれば、事務次官や局長の「権威」が低下すると考える官僚たちは、デジタル庁によって仕事の仕方が変わることに抵抗するに違いない。

パソコンやSNSを駆使する政治家は増えてきたが、国会にはテレビ会議が可能な部屋が参議院に1つしかないと言われる。「デジタル庁設置」によって霞が関の仕事の仕方が変わり、行政の生産性が劇的に変わるかどうか。菅内閣の真価が問われる。

自民党「提言」で見えた「デジタル庁」に襲いかかる「霞が関」の猛烈抵抗

新潮社フォーサイトに12月25日掲載された拙稿です。無料公開しています。是非お読みください。オリジナルページ→

https://www.fsight.jp/articles/-/47625

 菅義偉首相が政策の柱として打ち出した「デジタル庁」。2021年9月の発足を目指して、組織の立ち上げ作業が急ピッチで進んでいる。菅首相はデジタル庁を「縦割り打破」の起爆剤にするとしているが、役所を新たに作るだけでは、さらに縦割りが増えるだけに終わりかねない。

 果たしてデジタル庁はどんな機能を担い、私たちの生活にどんな変化をもたらすのか。
12月22日、自民党政務調査会のデジタル社会推進本部が菅首相に申し入れた「提言」に、その姿を垣間見ることができる。

提言には70近い項目

 実は、同本部は11月17日に、「第1次提言」を平井卓也デジタル改革担当大臣に手交しており、今回の提言はさらに具体策に踏み込んだ「第2次提言」。菅首相にはこの2つを合わせた申し入れが行われた。

 同本部の事務総長を務める小林史明衆議院議員によると、

 「この間、平井大臣とは週に1回ペースで議論をしており、政府の取り組みとすり合わせができている」

 と、自民党から首相への申し入れという「形」を整えることで、霞が関ペースではなく、政治主導でデジタル庁を作り上げていくことを狙っている。つまり、提言を見れば、菅内閣がデジタル庁でどんな「改革」を行おうとしているのかが、見えてくるというわけだ。

 では、デジタル庁は何を目指すのか。第2次提言の冒頭にはこうある。

 「目指すべきは、平時の公平・便利、有事の安心を念頭に、包摂性、多様性があり、いつでも、どこでも簡単に有用な情報を活用できるデジタル社会である。特に、行政サービスにおいては、国民が公共サービスの新しい価値を実感できるよう、官民両面での効率性、生産性の飛躍的な向上を目指すべきである」

 そのうえで、短期的には、「行政サービスが変わって便利になった」という実感を国民に持ってもらえるような具体的な成果を上げること、中長期的には、「ベース・レジストリの整備やこれを基盤とした自治体システムの共通化、レガシー刷新等」を行うとし、それが「実現すれば行政サービスの抜本的な利便性向上につながる」としている。

 総論としては分かるが、それで国民の生活は具体的にどう変わっていくのか。

 提言には70近い項目が並ぶ。「教育分野」「医療・介護・福祉」「防災・減災」といった個人が恩恵を受けるものから、企業・個人事業主の利便性が高まるもの、政府や地方公共団体の効率化、サイバーセキュリティーまで多岐に渡る。

国民の批判が背景に

 例えば、個人で言うと、

 「国、地方関係なく、引っ越し、結婚・離婚、妊娠・出産、死亡、相続、福祉申請、税、年末調整、予防接種、保育など各種ライフイベントの際に必要な行政手続についてプッシュ通知が行われる仕組みの構築と合わせ、ワンストップ・ワンスオンリーで手続が可能な世界最高水準のUI/UXの個人向け行政手続きポータルの作成」

 に取り組むとしている。

 要するに、住所地の役所に何度も足を運ばなくても、オンラインの1つの入り口からすべての手続きが完了できるようにする、ということだ。これを実現しようと思えば、まさに「縦割り」を横断する仕組みが不可欠になる。

 また、

 「国民が申請手続の簡素化や支払い・給付の迅速化といったメリットを受けられるようにするため、国民が任意でマイナンバー付きの口座を登録する制度の構築」

 に取り組むとしている。

 政府と個人の間のお金のやり取り、つまり給付金の受け取りや税金の支払いなどが簡単にできるようにするという。これは、新型コロナウイルス感染症対策として1人一律10万円の特別定額給付金を支給するのに数カ月を要し、国民から強い批判を浴びたことが背景にある。

 教育については、

 「オンライン教育、デジタル教科書をはじめ、デジタルで利用可能な教育コンテンツの充実などの環境整備と、教員側のオンライン教育ツールの導入促進」

 を掲げる。

 タブレットやパソコンなどを、生徒1人につき1台整備する「GIGAスクール構想」がすでにスタートしており、2020年度中に実現する予定だが、これをベースにオンライン教育の拡大を促していくことを掲げている。

 さらに、

 「地域による学習環境の格差をなくすため、国及び地方公共団体が運営するオンライン塾・オンライン家庭学習支援の開発」

 を行うとしている。

 医療・介護・福祉では、

 「健診結果、ワクチン接種、臨床検査結果、診断名、既往歴、薬歴、カルテ、レセプト、処方箋等をデジタル化するとともに、当該データが、いつでもどこでも確認できるPHR(パーソナル・ヘルス・レコード)プラットフォームの確立」

 を掲げる。

 加えて、デジタル庁の取り組みによっては、企業や個人事業主に利便性が提供できる。例えば、

 「福祉申請、税、社会保障、年末調整、社員の異動による申告、建築許可などあらゆるイベントの際に必要な行政手続及び情報取得をワンストップ・ワンスオンリーで実施可能」

 な行政手続ポータルを実現するという。

 これが実現すれば、企業の会計データが行政に共有されることで、助成金支給などが半ば自動的に行われるような仕組みが可能になる。

 さらに、医師、看護師、保育士、介護士といった資格保有者や在職履歴などのデータベースを整備し、人材マッチングができるようにするとしている。

「何をやるかは二の次」

 問題は、こうした改革に霞が関が今後どう反応するかだ。デジタル・インフラの整備には「総論賛成」だとしても、それぞれの役所が持つ「権益」がデジタル化で侵されることが見えてくれば、猛烈に抵抗するに違いない。

 例えば教育では、人口減少に悩む島嶼部や僻地などの教育にオンラインを活用すれば、「学校」という機能を大きく変えることになる。が、そうした学校のあり方などには今回の提言では踏み込んでいない。

 医療でもオンライン診療の完全自由化など、医師会が抵抗する問題には触れずに穏便な表現に留めている。

 しかし、デジタル・インフラを整備していけば、そのうえで行われるサービスのあり方が変わるのは当然で、それが見え始めれば、既存のやり方に固執する所轄官庁の抵抗が起きることは容易に想像できる。それだけに、デジタル庁が強力な権限を持つことができるかどうかが、問われるわけだ。

 「デジタル庁の定員をどうするかや、ポストをどこが握るかなどに熱心で、何をやるかという中身は二の次になっている」

 と、デジタル庁創設に関係する民間経営者は呆れる。デジタル社会推進本部が具体的な中身を繰り返し提言しているのも、放っておけば「まず組織ありき」「ポストありき」の霞が関流に押し流されてしまう懸念が強いからだろう。

 第1次提言でも民間人の登用には、「デジタル庁設置において、各府省から振替られた機構・定員等に影響されない人事配置とする」としているが、これも、まず組織ができて役所人事が終わった後に、民間人を限られたポストに当てはめていくのでは、これまでの霞が関省庁と変わらないものになってしまうという危機感がある。

 「首相の肝煎り政策ということもあってか、今のところ役所の目立った抵抗はない」

 と自民党の関係者は言う。本当に、デジタル社会推進本部が描くような「効率的な行政」が生まれるかどうかは、これからの半年余りが勝負になるだろう。

 かつて「消えた年金記録」が政権を吹き飛ばす大問題になったが、その原因は旧社会保険庁の現場が「コンピューターの導入は労働強化だ」としてデジタル化に抵抗し続けたことにあった。

 デジタル庁が目指すDX(デジタル・トランスフォーメーション)の本質は、デジタル化にあるのではなく、デジタル化による業務改革にある。業務改革に抗う「遺伝子」が息づく霞が関の抵抗はこれからだろう。
 

菅内閣は「改革政権」なのか? 農地の企業所有で「バトル再燃」  養父市モデルの拡大が「試金石」に

現代ビジネスに12月24日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/78686

「特例」全国展開うやむや

菅義偉首相の「改革姿勢」が本物なのかどうかが問われる「場面」があった。12月21日に首相官邸で開かれた「国家戦略特別区域諮問会議」と「規制改革推進会議の議長座長」の合同会議でのことだ。

国家戦略特区に指定されている兵庫県養父市では、一般企業が農地を取得することができる「特例」が2016年から実施されている。5年間の時限措置のため、この特例の取扱が焦点になっているのだが、特区で効果があったものについては、全国展開することになっている。その養父市での「特例」を全国展開するのではなく、特例のまま継続するという案が会議に出されたのだ。

会議でのバトルを、出席者らの話から再現してみよう。

きっかけは、国家戦略特区を担当する坂本哲志内閣府特命担当大臣が「養父市は自分も視察し、成果をあげたこと、問題ないことは確認した」と発言したこと。

すると、河野太郎行政改革担当大臣が「成果をあげ問題ないなら全国展開すべきでしょう。養父だけ継続はおかしいんじゃないか」と噛み付いた。

坂本大臣が答えずに、他の規制改革会議の委員に発言を促すと、収まらない河野大臣は「まず今の質問に回答してほしい」とたたみかけた、という。坂本大臣も「規制改革会議委員の発言後に回答する」としていったん話が終わったが、今度は諮問会議委員の竹中平蔵東洋大学教授が「養父方式はどう検討するのか」と話を蒸し返した、という。

すると、議長役の菅首相が遮って、「国家戦略特区は全国展開が原則。預からせてほしい」と引き取った。

これでいったんは終わったが、委員から別件の発言があった後、再び坂本大臣が口を開いた。

「総理から預かるとのことだったが、養父はリースが大半といったことも考え、来年度内に検討したい」

つまり、あくまでも特例期間終了後の全国展開はしない、という発言だった。

それに対して、今度は、民間議員の八田達夫大阪大学名誉教授が噛み付いた。「それはおかしい。リースは関係ない。弊害は生じておらず、農水省も認めている」と、全国展開を求めたのだ。

成功例・兵庫県養父市を無視

実は、この会議には前哨戦があった。特区となっている養父市の広瀬栄市長が会議への参席を求めたのだが、事務局に断られていたのだ。広瀬市長は会議に手紙を送り、会議資料としてホームページにも掲載されている。

養父市では『企業による農地取得』も『農業委員会改革』も成功しています。そして、これらの事業は、同じ思いを持つ全国の自治体と速やかに共有すべきだと考えています」

広瀬市長も全国展開を求めたわけだ。

手紙の前段で広瀬市長は怒りをあらわにしている。

「今回、特に『企業農地取得』について、『順調でなく、進展していない』という全く事実ではないことが、政府与党の関係者に伝わり広まっているという話をお聞きしました。養父市の現場すら全く見ていない人たちが政治家の方々に虚偽説明を行っているとしか考えられず、誠に憤りを禁じ得ません」

どうやら、農地の企業取得に反対する人たちが、養父市の特例は失敗したということにして、全国展開を阻止しようとしているようなのだ。農水省や特区担当の事務局など官僚たちが「特区延長」というシナリオを書き、それに沿って坂本大臣が発言した、というのが真相のようだ。

ちなみに広瀬市長の手紙にある「農業委員会改革」というのは、これまで農地の貸出や他用途への転用について許可を出してきた「農業委員会」の権限を市長に移したこと。企業に売却しても農地以外に転用されないよう利用用途を農地に限定するなど、行政に力を持たせることになった。農業を営む力や意欲のない会社に、利益だけを目的に農地を売却することを防げる仕組みを作ったわけだ。

企業に農地取得を認めない結果、日本の農業の「産業化」が遅れ、農地は細切れの小規模なまま耕作放棄地が増えていった。養父市では印刷会社が本業の閑散期に農作物を栽培するなど、企業参入が起きた。養父市は中山間地で、耕作放棄地が年々増加していたが、「企業の農地取得」によって、「耕作放棄地の解消、生産額や雇用の増大」などに結びついたと広瀬市長は言う。

「一旦預かり検討する」ことの意味

会議の最後にマスコミを入れ、菅首相の発言のカメラ撮りが行われた。そこで改めて、菅首相はこう述べた。

「特区諮問会議としては、10項目の追加の規制改革事項を決定しました。養父市で活用されている、法人の農地取得の特例については、今、私の下で一旦お預かりさせていただいて対応をいたします」

菅首相官房長官時代、養父市を訪れ、広瀬市長の案内で取り組みの現状を視察している。菅首相はどんな思いで「預かった」のか。

参加した民間人のひとりはこう語る。

「役人のお膳立てに乗らず、総理がその場で結論をひっくり返した。マスコミが入った際の発言でも、その場で『預かって再検討』にしてしまったのは正直驚きました。少なくとも安倍政権の官邸会議ではこうしたことはあり得なかったので」

果たして、菅総理は預かった後にどんな結論を出すのか。それによって菅首相の改革姿勢が本物かどうか分かるに違いない。中々、国民の多くは興味を持たない地味なテーマだが、行方を注目しておくべきだろう。

 
 

時計経済観測所/スイスの時計輸出、「ここ80年で最悪」 の25%減

時計雑誌クロノスに連載されている『時計経済観測所』です。1月号(12月3日発売)に掲載されました。WEB版のWeb Chronosにもアップされています。是非お読みください。オリジナルページ→

https://www.webchronos.net/features/57175/

 

クロノス日本版 2021年 01 月号 [雑誌]

クロノス日本版 2021年 01 月号 [雑誌]

  • 発売日: 2020/12/03
  • メディア: 雑誌
 

 

スイスの時計輸出、「ここ80年で最悪」 の25%減


 高級時計市場が一気に縮小していることが、このコラムでよく使っているスイス時計協会(FH)の統計にはっきりと現れてきた。同協会が発表した2020年1月から10月までのスイス時計の世界向け輸出額は、累計で133億2710万スイスフラン(約1兆5220億円)と、2019年の同期間に比べて25.8%もの大幅減少となった。新型コロナウイルスの蔓延で、国際間の人の移動が「消滅」するなど、経済活動が止まったことが、時計需要を直撃した。同協会はレポートで、「この80年で最悪の落ち込み」だと指摘するなど、時計マーケットは未曾有の事態に直面している。

主要輸出先への輸出額が大幅に減少

 10カ月間の統計では、スイス時計の主要輸出先30カ国・地域のうち、プラスになっているのは、中国本土とオマーンアイルランドの3カ国だけ。残りの27カ国・地域は揃って2桁の減少となった。

 主要輸出先で減少率が大きいのは香港の40.8%減、フランスの39. 0%減、韓国の39.3%減といったところだが、その他も軒並み20%を超す大幅な減少となった。米国は20. 9%減、英国は29.1%減である。一方、中国本土向けは11.3%増と大きく伸びた。

 10月まででは、昨年まで不動のトップの座を守っていた香港が3位に転落。昨年3位だった中国が、2位の米国を抜いてスイス時計の輸出先トップに躍り出た。日本は昨年同期間に比べて31.0%減となったものの、昨年同様の4位を保っている。

 2020年は(原稿を書いている時点で)まだ11月と12月を残しているが、新型コロナウイルスの感染者が欧米で再び増加、ロックダウン(都市封鎖)に再度踏み切るところも出ており、需要回復は見込み薄。年末のクリスマス商戦も大打撃を被ることになりそうだ。

 年間の輸出額は2019年まで3年連続で増加を続けており、直近のピークだった2014年の225億5770万スイスフラン(2兆5770億円)を2020年は上回ると期待されていた。ところが新型コロナウイルスの影響で4年ぶりの減少は確定的で、しかも170億スイスフラン程度にとどまるのではないかと見られている。

 10月単月の輸出額を見ると、上位30カ国・地域中、12がプラスに転じている。全体の輸出額も7.1%減と、減少率は小さくなっており、これを「底入れ」の気配だと捉える向きもある。だが、感染再拡大と共に、欧州を中心に減少率が再び大きくなっている。

新型コロナウイルスの蔓延具合と連動する時計市場

 台湾向けは10月までの累計で14.0%減と、他の国・地域に比べて落ち込みが小さく、新型コロナウイルスの封じ込めに成功してきた効果が時計販売にも出ているとみられる。10月に至っては1.4%減にまで下げ止まってきた。総じて、時計マーケットの動向は、新型コロナウイルスの蔓延具合と連動していると言える。

 ところが、日本は感染拡大が他国に比べて落ち着いているにもかかわらず、落ち込みは欧米並みに大きい。10月単月の落ち込みは17.4%減と、英国の8.1%減や米国の5.3%減を上回った。消費の落ち込みは他の国々よりも深刻な状況になっているとみることもできる。

 昨年10月からの消費税率の引き上げによる、消費減退が根強く残っている。コロナ禍以降は、ひとり一律10万円の定額給付金で、夏場までは小口の消費が増えたが、年末に向けて、再び手元資金が減っていることもあり、消費の引き締めに拍車がかかっている。

 それに加えて、生活不安がジリジリと高まっていることが時計消費に影を落としている。全日空ANA)が冬のボーナスをゼロとし、希望退職も募集すると発表。年収ベースで3割減るという話が一気に広がった。この「ANAショック」もあって、消費者が財布の紐を一気に引き締めている。新型コロナウイルスの影響による企業収益の大幅な悪化が次々に明らかになっており、リストラなど雇用不安が台頭しているからだ。

 それでも、労働力調査の統計数字を見ると、「正規雇用」は新型コロナウイルスが蔓延した4月以降も増え続けている。一方の「非正規雇用」は大幅な減少が続いている。つまり、正社員のリストラはまだまだこれからだということを物語っているわけだ。

 時計市場の動向をみていると、世界の消費が落ち込む以上に、日本の消費は大きく落ち込むのではないかという、危うさを感じる。