菅内閣は「改革政権」なのか? 農地の企業所有で「バトル再燃」  養父市モデルの拡大が「試金石」に

現代ビジネスに12月24日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/78686

「特例」全国展開うやむや

菅義偉首相の「改革姿勢」が本物なのかどうかが問われる「場面」があった。12月21日に首相官邸で開かれた「国家戦略特別区域諮問会議」と「規制改革推進会議の議長座長」の合同会議でのことだ。

国家戦略特区に指定されている兵庫県養父市では、一般企業が農地を取得することができる「特例」が2016年から実施されている。5年間の時限措置のため、この特例の取扱が焦点になっているのだが、特区で効果があったものについては、全国展開することになっている。その養父市での「特例」を全国展開するのではなく、特例のまま継続するという案が会議に出されたのだ。

会議でのバトルを、出席者らの話から再現してみよう。

きっかけは、国家戦略特区を担当する坂本哲志内閣府特命担当大臣が「養父市は自分も視察し、成果をあげたこと、問題ないことは確認した」と発言したこと。

すると、河野太郎行政改革担当大臣が「成果をあげ問題ないなら全国展開すべきでしょう。養父だけ継続はおかしいんじゃないか」と噛み付いた。

坂本大臣が答えずに、他の規制改革会議の委員に発言を促すと、収まらない河野大臣は「まず今の質問に回答してほしい」とたたみかけた、という。坂本大臣も「規制改革会議委員の発言後に回答する」としていったん話が終わったが、今度は諮問会議委員の竹中平蔵東洋大学教授が「養父方式はどう検討するのか」と話を蒸し返した、という。

すると、議長役の菅首相が遮って、「国家戦略特区は全国展開が原則。預からせてほしい」と引き取った。

これでいったんは終わったが、委員から別件の発言があった後、再び坂本大臣が口を開いた。

「総理から預かるとのことだったが、養父はリースが大半といったことも考え、来年度内に検討したい」

つまり、あくまでも特例期間終了後の全国展開はしない、という発言だった。

それに対して、今度は、民間議員の八田達夫大阪大学名誉教授が噛み付いた。「それはおかしい。リースは関係ない。弊害は生じておらず、農水省も認めている」と、全国展開を求めたのだ。

成功例・兵庫県養父市を無視

実は、この会議には前哨戦があった。特区となっている養父市の広瀬栄市長が会議への参席を求めたのだが、事務局に断られていたのだ。広瀬市長は会議に手紙を送り、会議資料としてホームページにも掲載されている。

養父市では『企業による農地取得』も『農業委員会改革』も成功しています。そして、これらの事業は、同じ思いを持つ全国の自治体と速やかに共有すべきだと考えています」

広瀬市長も全国展開を求めたわけだ。

手紙の前段で広瀬市長は怒りをあらわにしている。

「今回、特に『企業農地取得』について、『順調でなく、進展していない』という全く事実ではないことが、政府与党の関係者に伝わり広まっているという話をお聞きしました。養父市の現場すら全く見ていない人たちが政治家の方々に虚偽説明を行っているとしか考えられず、誠に憤りを禁じ得ません」

どうやら、農地の企業取得に反対する人たちが、養父市の特例は失敗したということにして、全国展開を阻止しようとしているようなのだ。農水省や特区担当の事務局など官僚たちが「特区延長」というシナリオを書き、それに沿って坂本大臣が発言した、というのが真相のようだ。

ちなみに広瀬市長の手紙にある「農業委員会改革」というのは、これまで農地の貸出や他用途への転用について許可を出してきた「農業委員会」の権限を市長に移したこと。企業に売却しても農地以外に転用されないよう利用用途を農地に限定するなど、行政に力を持たせることになった。農業を営む力や意欲のない会社に、利益だけを目的に農地を売却することを防げる仕組みを作ったわけだ。

企業に農地取得を認めない結果、日本の農業の「産業化」が遅れ、農地は細切れの小規模なまま耕作放棄地が増えていった。養父市では印刷会社が本業の閑散期に農作物を栽培するなど、企業参入が起きた。養父市は中山間地で、耕作放棄地が年々増加していたが、「企業の農地取得」によって、「耕作放棄地の解消、生産額や雇用の増大」などに結びついたと広瀬市長は言う。

「一旦預かり検討する」ことの意味

会議の最後にマスコミを入れ、菅首相の発言のカメラ撮りが行われた。そこで改めて、菅首相はこう述べた。

「特区諮問会議としては、10項目の追加の規制改革事項を決定しました。養父市で活用されている、法人の農地取得の特例については、今、私の下で一旦お預かりさせていただいて対応をいたします」

菅首相官房長官時代、養父市を訪れ、広瀬市長の案内で取り組みの現状を視察している。菅首相はどんな思いで「預かった」のか。

参加した民間人のひとりはこう語る。

「役人のお膳立てに乗らず、総理がその場で結論をひっくり返した。マスコミが入った際の発言でも、その場で『預かって再検討』にしてしまったのは正直驚きました。少なくとも安倍政権の官邸会議ではこうしたことはあり得なかったので」

果たして、菅総理は預かった後にどんな結論を出すのか。それによって菅首相の改革姿勢が本物かどうか分かるに違いない。中々、国民の多くは興味を持たない地味なテーマだが、行方を注目しておくべきだろう。