女性の「就業率」が過去最高の69.9%に 次の焦点は「定年」を過ぎても働く女性

日経ビジネスオンラインに9月14日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/091300076/

女性の就業者数は6年弱で303万人増加
 働く女性の割合が過去最高になった。総務省が8月31日に発表した7月の労働力調査によると、15歳から64歳の女性の「就業率」が69.9%と前年同月比2.1ポイント上昇、過去最高となった。

 企業に雇われている女性の「雇用者」が86万人(3.3%増)も増えたことが大きい。アルバイトが20万人増と9.3%も増えたほか、パートが21万人(2.4%)増えるなど、引き続き「非正規」雇用が増加した。一方で、正規雇用も45万人(4.0%)増えたことが目を引いた。深刻な人手不足に対応して企業が積極的に女性雇用に動いているほか、従来のパートなどから正社員雇用へと切り替えている様子が浮かび上がった。

 女性の就業率は2007年5月に初めて60%を超えたが、その後は2012年ごろまでほぼ横ばいで、第2次安倍晋三内閣が発足した2012年12月は60.9%だった。その後、安倍首相が「女性活躍の推進」を政策の1つの柱に掲げたこともあり、女性の就業率はその後、急ピッチで上昇した。

 2013年9月に63%台、2014年9月に64%台、2015年6月に65%台、2016年6月に66%台、2017年5月に67%台とほぼ1年ごとに1ポイント上昇。今年3月には69%台に乗せた。冒頭で述べたように7月は69.9%まで上昇しており、70%の大台に乗せるのは時間の問題だ。

 安倍首相が掲げてきた「女性活躍の推進」はまがりなりにも成果を挙げているわけだ。就業者数は第2次安倍内閣発足時の2012年12月に6240万人だったものが、この7月には6660万人と、420万人増加したが、そのうち303万人が女性である。

 国が閣僚として「男女共同参画担当相」を置くようになって久しいが、当初は官房長官の兼務だったものを、独立した大臣として任命したのは2005年の第3次小泉改造内閣が最初だった。これを引き継いで、第1次安倍内閣では高市早苗氏、改造内閣では上川陽子氏を担当相にあてた。それ以降、中山恭子氏と小渕優子氏が大臣を務めた。

 2009年に発足した民主党政権でも「男女共同参画担当相」は引き続き置かれたが、3年余りの間に8人の大臣が交代するなど、「軽視」されているようにみえた。

女性活躍は経済的に「プラス」
 それが大きく変わったのが第2次以降の安倍内閣である。政権が発足すると安倍首相は、まっ先に「女性力活用」を打ち出す。しかも、安倍首相は女性の活躍を「社会問題」として捉えるのではなく、「経済問題」として捉えていると当初から発言している。つまり、「男女同権」といった旧来の権利意識から女性活躍を訴えるのではなく、女性が活躍することが経済的にプラスになる、という「実利」を訴えたのだ。

 さすがにその後、女性の「活用」という露骨な発言は止め、「女性活躍推進」という言葉がもっぱら使われるようになった。だが、人口減少が鮮明になっていく中で、女性を「労働力」として「活用」することに着目したのは正しかった。日本の人口は2008年の1億2808万人をピークに減少し始め、今年8月1日現在の概算値は1億2649万人となっているので、すでに159万人も減少している。女性の就業率が上昇しなかったならば、今以上の人手不足になっていたのは間違いない。

 安倍内閣は女性活躍を推進するための施策として、産休・育休制度の整備や保育所の増設に取り組んだ。働く女性が増えたのと同時に都市部を中心に保育所不足が顕在化、待機児童問題がクローズアップされた。

 2016年には「保育園落ちた日本死ね!!!」と題する匿名ブログが話題になり、待機児童問題解消に向けて行政を突き動かしていくことになる。

 厚生労働省のまとめによると、2015年に253万人だった保育所等の定員は、2018年には280万人となり、3年で1割以上増えた。これによって待機児童は2016年4月の2万3553人から2018年4月は1万9895人に減少した。

 女性の就業者の増加は、結婚して出産したら仕事をいったん辞めるという慣行が減り、産休や育休を使って、仕事を続けるという選択肢が広がったことも大きい。年齢別の就業率をグラフにした場合、出産や育児の期間は退職するため、30歳くらいから40歳くらいまで就業率が下がる「M字カーブ」が問題視されてきた。それがここへきて「M字」が「台形」に近くなり、「M字カーブ」問題はかなり解消されつつある。

 男女合わせた就業者数も雇用者数も過去最高を更新し続けている。にもかかわらず有効求人倍率は7月で1.63倍にまで上昇している。1974年1月に付けた1.64倍以来44年ぶりの高水準だ。

 嘱託社員などとして働いている現在69歳から71歳のいわゆる「団塊の世代」が今後、本格的に労働市場から退場していくことになれば、人手不足はいよいよ本格化する。もちろん人口減少も止まらないので若年層の労働力が増える見通しも立たない。

 政府は単純労働として受け入れを禁じてきた分野での外国人の雇用を可能とする新たな在留資格制度の導入を決め、秋の臨時国会に法案を提出する運びだ。だが、外国人労働力が増えたとしても、人手不足がそれで解消されるわけではない。

パートから正社員への動きが加速
 今後、求められるのは、本当の意味での「女性活躍」だろう。これまで女性の労働はパートなど非正規が中心で、補助的な仕事が多かった。これを正社員化するなど、本気で戦力の主軸に据えていくことが必要になるだろう。

 男性就業者の78.3%が正規社員である一方で、女性の正規は44.5%に過ぎない。今後、パートから正社員への動きが一段と強まるに違いない。

 もうひとつ、男性と女性の就業者で大きな差があるのは、65歳以上の就業率だ。男性では65歳以上でも32.9%が働いているにもかかわらず、女性は17.2%に過ぎない。定年を過ぎても働く女性が今後は増えていくことになるだろう。長年仕事に携わって来たベテラン女性を企業もそうそう簡単には手離さなくなる。

 企業で働く女性が増えていくことで、日本で今最大の課題になっている「働き方」が劇的に変わっていく可能性もある。出産や育児で職場を離れる女性が減れば、管理職など重要なポストに就く女性も増える。ひと昔前は「男並み」に働かなければ出世するのは難しいと言われたが、今は、女性として女性社員のキャリアパスを切り拓く役割を担っている。つまり、女性が就業者の半分を占める時代が着々と迫る中で、女性の働き方を理解して組織改革していくことが企業にも求められているのだ。

 非効率な長時間労働など、日本の「男社会」の伝統とも言える働き方は、女性の進出によって確実に変わっていくだろう。それが、企業の生産性を上げるひとつの大きなきっかけになる可能性がある。業務のやり方を見直し、男女の関係なく効率的に働く仕組みはどうあるべきか。それを真剣に考えることが企業に求められるわけだ。

 女性に選ばれない企業は滅びることになるかもしれない。猛烈な人手不足によって、今後、日本企業は人材を採用できるかどうかで将来が大きく左右される時代になるだろう。その時、より「効率的な働き方」に敏感な女性に敬遠されるような企業では、存続すらできなくなるのではないか。

 女性がどの程度活躍しているかが、企業の「働きやすさ」や「生産性」に大きく関係していると言われて久しい。自社の女性社員の比率などを、経営者や人事担当者はもう一度、凝視してみることが必要だろう。

「入国在留管理庁」が来年4月発足へ 本格的な外国人労働者の受け入れへ体制整備

日経ビジネスオンラインに8月31日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/083000075/

労働分野の開放で、就労目的外国人が増える
 外国人労働者を本格的に受け入れるための体制整備が進む。政府はこのほど、法務省入国管理局を格上げして、「入国在留管理庁」(仮称)を設ける方針を固めた。来年4月に発足させる。従来の入国管理業務に加えて、入国後の外国人労働者の在留管理や生活支援を行う。海外先進国の政府が持つ「外国人庁」「移民庁」と同等の役割を担うことになる。

 安倍晋三首相は「いわゆる移民政策は取らない」という姿勢を崩していないが、その一方で、深刻な労働力不足に対応して、これまで「単純労働」だとしてきた分野にも外国人労働者を受け入れる方針を決めている。来年4月から「建設」「農業」「宿泊」「介護」「造船」などの分野を対象に、「特定技能評価試験」(仮称)に合格すれば就労資格を得られるようにする。

 こうした労働分野の開放によって、就労目的で日本に入国する外国人が一気に増加するとみており、入国管理体制の強化が待ったなしになっていた。報道によると、新設する「入国在留管理庁」は長官をトップに次長と審議官2人を置くほか、「出入国管理部」と「在留管理支援部」を設ける方向で検討している。職員も現在より約320人増員し、5000人を超す組織に衣替えする。秋の臨時国会に関連法案を提出する。

 これまで入国管理業務は在留資格の水際でのチェックなどに重点が置かれ、不法滞在の摘発などは後手に回っていた。また、入国後の生活支援や日本語教育などについては文部科学省などに任せきりだった。格上げしてできる「入国在留管理庁」は、今後、外国人の受け入れ環境の整備について、警察庁経済産業省厚生労働省文部科学省、外務省、内閣府など関係省庁や、自治体との調整機能も担うことになる。

 深刻な労働力不足を背景に、様々な業界や地方自治体から外国人労働者の受け入れ拡大を要望する声が上がっている。安倍内閣はこれに応える格好で、数年前から首相官邸に関係する省庁の連絡会議を置き、外国人の受け入れ方法について検討してきた。

 今年6月に閣議決定した「未来投資戦略2018」では、外国人材の受け入れ拡大について踏み込んだ方針が示された。

留学生の就職支援にも取り組む
 「第4次産業革命技術がもたらす変化」のひとつとして、「『人材』が変わる」と指摘、「女性、高齢者、障害者、外国人材等が活躍できる場を飛躍的に広げ、個々の人材がライフスタイルやライフステージに応じて最も生産性を発揮できる働き方を選択できるようにする」として、外国人材の活躍を長期方針に盛り込んだ。

 その上で、「外国人材の活躍推進」という項を設け、「高度外国人材の受入れ促進」、「新たな外国人材の受入れ」、「外国人受入れ環境の整備」に分けて具体的な施策を列挙している。

 例えば、高度外国人材の受け入れ拡大については、外国人留学生の受け入れ増や、留学生の日本の中堅・中小企業への就職促進などに取り組む方針を強調。「高度外国人材の受入れ拡大に向けた入国・在留管理制度等の改善」も掲げた。

 また、新たな外国人材の受入れとして、「一定の専門性・技能を有し、即戦力となる外国人材に関し、就労を目的とした新たな在留資格を創設する」と明記した。受け入れる業種については、具体的な明示を避け、「生産性向上や国内人材の確保のための取組(女性・高齢者の就業促進、人手不足を踏まえた処遇の改善等)を行ってもなお、当該業種の存続・発展のために外国人材の受入れが必要と認められる業種」として幅を持たせた。

 閣議決定前の新聞報道では前述の通り、「建設」「農業」「宿泊」「介護」「造船」の5分野と報じられたが、コンビニエンスストアなど「留学生」を大量採用している「小売り」分野などから、外国人労働者の受け入れ解禁に強い要望があることから、玉虫色の表現となった。
 もっとも受け入れに当たっては、政府が基本方針を示すこととした。

 「受入れに関する業種横断的な方針をあらかじめ政府基本方針として閣議決定するとともに、当該方針を踏まえ、法務省等制度所管省庁と業所管省庁において業種の特性を考慮した業種別の受入れ方針(業種別受入れ方針)を決定し、これに基づき外国人材を受け入れる」

 これまで、経済産業省内閣府は外国人材受け入れ拡大に積極的な一方、法務省は慎重姿勢をとり続けていると批判されてきた。内閣の方針に従って、法務省と関係省庁が調整することを盛り込んだ。今回、法務省の「権益」とも言える入国管理局を格上げすることとしたのは、法務省のメンツを保つ一方で、姿勢の転換を求めたとも言えそうだ。

 その上で、「未来投資戦略」では、「新たに受け入れる外国人材の保護や円滑な受入れを可能とするため、的確な在留管理・雇用管理を実施する」とし、「きめ細かく、かつ、機能的な在留管理、雇用管理を実施する入国管理局等の体制を充実・強化する」とした。

 これを受けて、安倍首相は7月に入国管理組織の抜本的な見直しを指示。今回、入国管理局の「庁」への格上げが決まった。

 「未来投資戦略」の外国人材活躍促進では、「外国人の受け入れ環境の整備」を打ち出しているのも特徴だ。

2025年までに「50万人」の受け入れを目指す
 まず、日本語教育の強化を指摘している。「外国人児童生徒に対する日本語指導等の充実」を掲げた上で、「日本語教育全体の質の向上」が必要だとしている。また、就労環境の改善なども掲げた。

 その上で、「総合的対応策の抜本的見直し」を行うとして、こう書いている。

 「外国人材の受入れの拡大を含め、今後も我が国に滞在する外国人が一層増加することが見込まれる中で、我が国で働き、生活する外国人について、多言語での生活相談の対応や日本語教育の充実をはじめとする生活環境の整備を行うことが重要である」

 「外国人の受入れ環境の整備は、法務省が総合調整機能を持って司令塔的役割を果たすこととし、関係省庁、地方自治体等との連携を強化する。このような外国人の受入れ環境の整備を通じ、外国人の人権が護られるとともに、外国人が円滑に共生できるような社会の実現に向けて取り組んでいく」

 安倍首相は頑なに「移民政策は取らない」としているものの、この文章を読む限り、実質的な移民政策に踏み込んでいるとみてもいいだろう。今後、日本で働き、生活する外国人が増えていくことを前提に、2006年に政府が作った「『生活者としての外国人』に関する総合的対応策」を抜本的に見直すとしている。

 これまで日本は「高度人材」には門戸を開く一方で、「単純労働」とされてきた分野については受け入れを拒絶してきた。しかし、人手不足が深刻化する中で、留学生や技能実習生などの枠組みを使った事実上の受け入れが現場では進行していた。こうした「なし崩し」の外国人受け入れは、後々、問題を引き起こすことが先進国の過去の例でも示されており、外国人受け入れについて「本音」の対応をすることが求められてきた。

 「いわゆる移民政策ではない」としながらも、外国人の本格的な受け入れ解禁に舵を切ったとみていいだろう。

 法務省がまとめた2017年末の在留外国人数は256万1848人。1年前に比べ7.5%、約18万人も増加した。5年連続で増え続けており、256万人は過去最多だ。厚生労働省に事業所が届け出た外国人労働者は約128万人で、これも過去最多を更新している。

 来年から始まる新たな在留制度によって政府は2025年までに5分野で「50万人超」の受け入れを目指すとしているが、実際にはそれを大きく上回る増加になる可能性もある。

 今後数年のうちに、様々な分野で働く外国人が増え、日本の職場も社会も大きく変わっていくに違いない。

「働き方改革」で回り始めるガバナンス ミッシングリンクをつないだ「アベノミクス」

日経ビジネスオンラインに8月10日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/080900074/

電通問題”で国民が規制強化を支持
 「アベノミクス」と「働き方改革」はどう繋がっているのか、という疑問の声をしばしば聞く。確かに、デフレからの脱却に向け経済対策と、長時間労働の是正など従業員の待遇改善は、一見、関係がない政策、あるいは対立する政策のようにすらみえる。労働時間を短くしたら、企業収益が落ちて経済対策にならないのではないか、というわけだ。

 これには安倍晋三内閣が「働き方改革」を打ち出したタイミングと、あの電通新入社員の過労自殺が注目されたタイミングが偶然重なったことが大きく関係している。

 首相官邸で「働き方改革実現会議」の初会合が開かれたのは2016年9月27日。前年末の電通社員の自殺について、東京労働局三田労働基準監督署が労災と認定、労災保険の支給を決定したことを遺族代理人らが明らかにしたのが10月7日だった。労働局は電通社員が仕事量の著しい増加で残業時間が急増し、うつ病を発症したため自殺したと「過労死」判定したのである。

 電通のケースでは、1カ月間の時間外労働が約105時間で、その前の1カ月間の約40時間から2.5倍以上に増えていたことなどが明らかになった。長時間労働に対する世の中の「怒り」が一気に燃え上がったのだ。

 もともと「実現会議」のテーマには同一労働同一賃金長時間労働の是正が含まれる予定ではあった。しかし、電通問題をきっかけに世の中の関心は残業時間規制に集中、「主要テーマ」になっていった。

 これが、「働き方改革=残業規制」という印象を一気に強めたと言っていいだろう。もちろん、残業時間に罰則付きの上限を設けるというのは日本の労働法制史上、画期的なことだ。労働組合の連合が支援した民主党政権でも実現できなかったことを、自民党政権が実現してみせたのである。

 アベノミクス円高が是正され、輸出企業を中心に企業業績が大幅に改善したことや、法人税の国際水準への引き下げで、安倍首相の経済界に対する「発言力」は高まった。安倍首相は経済界首脳に直接、賃上げを要請。2013年春から5年連続で「ベースアップ」も実現している。そんな中で、残業時間の上限規制も経済界にのませたのである。2017年3月にまとまった「働き方改革実行計画」でも、経済界が抵抗する「100時間未満」を「安倍裁定」によって決定した。

 残業時間の上限規制に安倍首相が強い姿勢で臨んだのは、電通問題によって国民が規制を支持するとみたからだろう。これが、結果的に、働き方改革は残業をしないこと、長時間労働を是正すること、というふうに短絡的に見られることにつながった。

日本企業の稼ぐ力の「エンジン」に
 だが、実のところ、「働き方改革」はアベノミクスの重要なファクターであることが少しずつ明らかになってきた。

 2014年の成長戦略「日本再興戦略・改訂2014」では、日本企業に「稼ぐ力」を取り戻させることをテーマに掲げ、コーポレートガバナンスの強化に乗り出した。それまでコーポレートガバナンスは、どちらかと言うと企業経営者の暴走を防ぐための「ブレーキ」として議論されてきたが、「稼ぐ力」を取り戻させるための「エンジン」として期待されるようになった。

 例えば、不採算事業をなかなか整理できないのは、社長に意見を言える取締役がいないからだとして、「外部の目」として社外取締役の導入を義務付けるべきだという議論が起きた。不採算事業を整理して収益事業に集中すれば、当然、企業の収益力は向上する。


ミッシングリンク」がつながり「ガバナンス」が回り始めた

安倍内閣が推進した主なコーポレートガバナンス制度改革(磯山友幸作成)


 当初、経団連などは社外取締役の義務付けに反対で、法制審議会(法務大臣の諮問機関)会社法部会がまとめた改正法案では、社外取締役1人の義務付けも頓挫した。それに対して、2015年に導⼊された「コーポレートガバナンス・コード」では社外取締役の選任を求めた。コードはあるべき上場企業の姿を示したもので、拘束力はないが、社外取締役の導入が大きなうねりとなり、今やほとんどの企業が置くようになったのは周知の通りだ。

 そうした取締役会を変えるための改革だけでなく、生命保険会社などを「モノ言う株主」に変えるために、機関投資家のあるべき姿を示した「スチュワードシップ・コード」を2014年に制定した。さらに、国民の年金資金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の改革も行った。このほか、第2次以降の安倍内閣で導入されたコーポレートガバナンスに関わる制度改革は枚挙にいとまがない。

 日本のコーポレートガバナンス改革は1990年代から始まり、バブル崩壊後の会計不祥事などが、制度改革を加速させた。連結決算の導入やディスクロージャー(情報開示)制度の強化が図られたのは2000年前後だ。

 だが、当時のガバナンス改革は経済界の反対もあって部分的で、様々な「ミッシングリンク」があった。経営者にプレッシャーをかける取締役会に変わるための社外取締役の導入や、取締役会にプレッシャーをかける株主総会の改革、そこで議決権行使する機関投資家のあり方や株式持ち合いの見直し、生命保険会社のあり方、年金基金のあり方、そしてそこに掛け金を拠出している個人株主や法人株主への分配のあり方など、「円環」が完成しなければ、コーポレートガバナンスが機能しない。にもかかわらず、ところどころが欠落し、円環になっていなかったのだ。それが「ミッシングリンク」である。

 2014年以降の安倍内閣によるコーポレートガバナンス改革によって、ようやくその「円環」がつながったと言ってよいだろう。

上司と部下の関係がより「フラット」になる
 その円環が回り始めることで、プレッシャーがかかり始め、ようやくコーポレートガバナンスが機能していく。ちょうどそんな段階にさしかかっているとみていいだろう。

 そこで、「働き方改革」が大きな意味を持つ。働き方改革によって、働く人と会社、個人と経営者の関係が変わることは明らかだ。働き方改革では、働き方の多様性を認め、よりフラットな関係を会社と働き手が築くことになる。副業や複業を認めたり、働く時間を自分で選ぶなど「多様な働き方」が認められれば、一つの会社に一生涯務める「終身雇用・年功序列」は大きく崩れていく。より自立した「個人」が増えていくことになるのだ。

 終身雇用を前提にした人間関係は硬直的だ、一生付き合う上司にモノを言えるはずはない。伝統的な日本企業では、たいがい上下関係はそう簡単には逆転しない。上司は一生上司であるケースが少なくない。そんな上司に逆らうことなどできないのは当然だ。

 日本型の雇用形態が崩れれば、上司と部下の関係がより「フラット」になっていく。企業がある人の「能力」を買って、あるポストに採用した場合、その専門能力が欠けると判断すれば、解雇する。逆に働く側も自分の期待した仕事ができ、スキルアップにつながるのでなければ、早々にその会社を辞めて、転職する。そうなれば、上司に絶対服従ということはありえない。

 旧来型の日本の会社では、社長が「右」と言えば、実際は左だったとしても「右」という。絶対的な人間関係の中で社長に逆らうことなど考えられないからだ。それが「働き方改革」によって、より自立した自由な働き方をするようになれば、社長にモノを言うこともできる。むしろ専門家として社長にモノ申すことを期待されている。

 つまり、社員が社長の応援団から、社長にプレッシャーをかける「ステークホルダー(利害関係者)」に変わっていくわけだ。

 さらに人手不足が追い風になっている。十分な給料を払わなければ優秀な人材が採用できなくなっている。そうなるとますます社員の「自立」は進み、社員のステークホルダーとしての発言力は大きくなっていく。

 そうなれば、企業は、最大のステークホルダーに報いるために給与を増やすという行動を取り始めるに違いない。分配を増やそうと思えば、全体のパイを大きくする。つまり収益力を上げるほかない。

 働き方改革が企業の「稼ぐ力」を改善すれば、当然、生産性は上がっていくことになるわけだ。

司法取引で会社が社員を「売る」時代に 誰も「会社のため」に罪を犯さなくなる

日経ビジネスオンラインに7月27日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/072600073/

 会社が社員を「売る」という驚きの第1号となった。

 日本にも導入された「司法取引」が初めて適用された事例のことだ。タイの発電所建設をめぐる贈賄事件で、東京地検特捜部が大手発電機メーカーである三菱日立パワーシステムズMHPS)の元役員ら3人を、外国公務員に贈賄した不正競争防止法違反の罪で在宅起訴したのだが、MHPSは法人として起訴されるのを免れるために「司法取引」し、元役員らの不正行為の捜査に協力したのだという。

 元役員らは建設資材の荷揚げに絡んで、タイの港湾当局の公務員に約3900万円の賄賂を支払ったとされる。内部告発をきっかけに社内調査を進めたMHPSが不正を把握。会社自らが東京地検特捜部に申し出て、捜査に協力した見返りとして、不正競争防止法による会社への刑事訴追を免除された。会社が訴追されれば、多額の罰金を科される可能性があった。

 もともと「司法取引」が導入された目的は、企業や組織の犯罪捜査で、社員などを免責する代わりに「巨悪」をあぶり出すことにあった。社員などに責任を押し付けて、会社や幹部が逃げ切ることを避けるのが狙いだ。ところが、この第1号案件では、会社という法人組織を守るために、役員個人が処罰されるという想定とは逆の「取引」になった。会社を守るために個人を犠牲にする形になったのである。

 さっそく日本経済新聞は社説で、「この取引は腑に落ちない」と疑問を呈した。「証拠が得にくく、摘発例が少ない外国公務員への贈賄行為を立件したという点では、制度は一定の役割を果たしたと言えよう」と評価する一方で、司法取引の結果、会社が訴追を免れ、個人だけが刑事責任を負う形になったことに割り切れなさを感じたのだろう。

 賄賂を渡す指示をした役員らは、「会社のため」に罪を犯したのであって、「個人の利益」を求めたわけではない。会社もそれが分かっているから、厳しく罪を追及することはない。仮にバレて逮捕されても、会社は生活の面倒ぐらいはみてくれる。日本には伝統的にそんな考え方があった。社会も「会社のため」に働いた罪には寛大だった。

会社ぐるみの贈収賄は、懲罰的な罰金の対象に
 かつて、総会屋と呼ばれた特殊株主に、株主総会を平穏に終わらせるために金品を渡す企業が少なからずあった。バレて逮捕・起訴された総務担当役員が、ほとぼりがさめると、関係会社の顧問などとして面倒をみてもらうケースがあった。「会社のため」に働いた犯罪だから、個人を裁くのは気の毒だというムードがあった。逆に言えば、会社が最後まで面倒をみてくれる、という確信があるからこそ、「会社のため」に罪を犯すことも辞さない社員が存在してきたと言える。

 それだけに、今回の司法取引は、衝撃的だったと言えるだろう。

 MHPSが役員らを「売って」まで、贈賄の罪を自白した背景には、贈収賄を巡る国際的な罰則強化の流れがある。会社ぐるみで贈賄を行ったとなると、国際的に痛烈なバッシングを受ける可能性があるのだ。

 日本企業が海外での贈収賄に神経を尖らせ始めたのは、2011年に英国で贈収賄防止法が施行されたのが一つのきっかけだった。もともとは米国で1972年に起きたウォーターゲート事件の調査をきっかけに、多数の米国企業が外国公務員に贈賄をしていたことが判明。1977年に、海外腐敗行為防止法(Foreign Corrupt Practices Act、FCPA)が制定された。

 1997年には国際商取引での外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約が発効し、日本を含む41カ国が批准。日本は、1998年に不正競争防止法に、外国公務員等に対する不正の利益の供与等の罪(18条)を新設した。

 日本も国際的な腐敗防止の流れに沿った対応を進めてきたわけだが、日本企業が本気で危機感を持ったのは、米国や英国が法律の「域外適用」に乗り出してきたためだ。米国内に支店や事業拠点があれば、その企業がアフリカなどの第三国で贈賄を働いても、米国法で摘発することができる。もちろん、日本企業が賄賂で仕事を取っていけば米国企業が損害を被るという理屈がある。

 アングロサクソンはそうした「アンフェア」な行為に対して強く反発する国民性をもっている。摘発されると懲罰的な罰金として巨額の制裁金が科される、そんな例が相次いだのだ。

 贈収賄と同じく「アンフェア」な犯罪行為として英米が激しく批判するのが、カルテルや談合といった独占禁止法違反だ。国際的なカルテル行為があったとして日本企業が摘発され、千億円規模の制裁金が科されるケースも頻発している。

 企業が罰金を支払うだけでは済まず、実際にカルテルを働いた社員なども摘発されている。夏休みに日本からハワイに行き、米国に入国した途端に逮捕され、裁判にかけられるといったドラマ張りのことが起きている。米国の刑務所には有罪になった日本人ビジネスマンが数十人収監されているとされる。

日本の雇用慣行を変える分岐点に
 日本では、談合やカルテルなど独禁法違反事件が後を絶たない。東海旅客鉄道JR東海)のリニア新幹線建設工事でも、大手ゼネコン役員らの談合が摘発された。建設会社の社員の中には、まだまだ、談合は必要悪だという意識が残っている。談合を行う社員の側も「会社のため」ということで、罪の意識も薄いというのが実態なのだ。

 「会社のため」に犯罪も辞さないという発想は、欧米の社員の間にはまずない。会社のために自分を犠牲にするという考え方がそもそもないうえに、まして犯罪を手を染めるということに何のメリットも見出さないのだ。欧米企業の不祥事などは、個人が自分自身の利益を追求する形の犯罪がほとんどだ。罪を犯すのは自分の利益のためで、会社のためというのはあり得ないわけだ。

 会社が社員や役員に「会社のため」に犯罪に手を染めることを求めることもまずない。社員が罪を犯すことを厳しく監視し、問題があれば、会社が個人を告発するケースは少なくない。カルテルなど独禁法違反については、絶対に手を染めないという誓約書を書かせている企業も多い。会社のために行ったというのを理由に犯罪行為が許されたり、軽くみられたりする社会的なムードはない。

 そういう意味では、今回の司法取引は、日本の会社と社員の関係を劇的に変える分岐点になるかもしれない。「会社のため」に行った贈賄を、会社に告発されるとなれば、もはや誰も「会社のため」に罪を犯さなくなる。

 日本で「会社のため」が通ってきたのは、終身雇用が前提の雇用制度だったからだとも言える。いったん採用されれば、定年まで面倒をみてもらえるという「信頼感」が、会社に滅私奉公するムードを生み、「会社のため」というカルチャーを成り立たせてきた。

 安倍晋三内閣が進める「働き方改革」は、多様な働き方を認めることを一つの柱とし、副業や複業を後押ししている。人口減少による人手不足が今後ますます深刻化する中で、人材の流動化が進むことになる。そうなれば、終身雇用制度や年功序列賃金、新卒一括採用といった日本型の雇用制度は大きく崩れていくことになる。

 働き手が多様な働き方を求めるだけでなく、企業も新卒者を雇って生涯雇用し続けることに限界を感じ始めている。もはや会社は無条件で社員を守らないということが鮮明になった今回の「司法取引」は、日本の雇用慣行の崩壊を如実に物語っているのかもしれない。

精神を病んだ社員の労災申請が急増 いま「日本の職場」で何が起きているのか

日経ビジネスオンラインに7月13日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/071200071/


精神障害の労災補償件数の推移(出所:厚生労働省)


職場のストレスによる自殺が増える
 職場で精神を病む社員が急増している。厚生労働省が7月6日に発表した2017年度の「過労死等の労災補償状況」によると、「精神障害等」で労災を申請した件数が1732件と前年度に比べて146件、率にして9.2%も増加した。そのうち、未遂を含む自殺による請求は前年度比23件増の221件と、1割以上も増えた。

 労災申請は、かつては脳疾患や心臓疾患などによる申請が多かったが、2007年ごろから精神疾患がこれを上回っている。2017年度は「脳・心臓疾患」による申請は840件で、「精神障害等」はその2倍以上になった。職場での過度のストレスによって精神を病むケースが大きく増えている様子がわかる。

 今国会では安倍晋三内閣が最重要法案と位置付けてきた「働き方改革関連法」が成立。残業時間に罰則付きの上限が設けられるなど、長時間労働の是正が動き始めた。だが、職場での精神障害は、必ずしも労働時間だけに連動するものではない。過度のストレスを生じさせない本当の意味での働き方改革に本腰を入れないと、精神障害の激増に歯止めはかかりそうにない。

 労災申請のうち、厚労省が労災として「認定」した件数も増えている。2017年度の精神障害での労災認定は506件で前年度に比べて8件増加。中でも未遂を含む自殺が98件と、前年度に比べて14件も増えた。職場のストレスによる自殺が大きく増えているわけだ。

 労災認定されるには業務との因果関係が重視されるなどハードルが高く、労災申請や労災認定で明らかになる件数は氷山の一角とされる。日本の職場ではメンタルを病む社員が増え続けている。いったい日本の職場で何が起きているのだろうか。

 この調査はいわゆる「過労死」が問題になって厚労省が公表し始めた。過重な労働によって脳疾患や心臓疾患を発症したり、それが原因で死亡したりした件数を集計している。

 「脳・心臓疾患」で労災認定された249件と、時間外労働時間には明らかに相関関係がある。残業時間でみると「80時間以上から100時間未満」が101件と最も多く、次いで「100時間以上120時間未満」が76件、「120時間以上140時間未満」が23件となっている。80時間未満で認定されたのは13人だけだ。

長距離ドライバーの過労が深刻
 今回通過した働き方改革法でも、残業時間の上限を2〜6カ月の平均で80時間以内、単月の上限は100時間未満としているが、現状でもこの水準を上回れば「過労死」「過労疾病」と認めているわけだ。

 「脳・心臓疾患」で支給決定された人の職種を見ると、89件で最も多かったのが「自動車運転従事者」。長距離トラックのドライバーなど、人手不足もあって慢性的な長時間労働となっている。2位の「法人・団体管理職員」が21件なので、いかにドライバーが過労によって病気を発症しているかがわかる。

 請求件数でみてもドライバーが圧倒的に多く、2017年度は164件の申請が出されトップだった。

 一方で、精神障害で労災認定された人は、必ずしも長時間労働の人だけではない。最も多いのが残業「20時間未満」の75人だった。「100時間以上120時間未満」が41人、「160時間以上」が49人と、長時間労働による認定者が少ないわけではないが、すべての時間区分で30人前後が労災認定されている。自殺者の数もほぼ全残業時間区分で大差はない。

 支給決定に当たっては、精神障害に結びついたと考えられる「出来事」も調査しているが、「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」が88件、「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」が64件と多かった。申請では「上司とのトラブルがあった」や「配置転換があった」とするケースが多かった。

 職場の人間関係や、仕事内容の大幅な変化が、ストレスになり、精神疾患へと繋がっている様子がわかる。

 「精神障害」での労災申請が最も多い業種の上位は「医療・福祉」で、「社会保険社会福祉・介護事業」に携わっていた人が174件、「医療業」に携わっていた人が139件に上る。実際に認定された人のトップは運送業で45件だったが、「医療業」「社会保険社会福祉・介護事業」が各41件でこれに次いだ。医療や介護の現場も人手不足が深刻で、人間関係などが大きなストレスになっている様子が浮かび上がる。

 もっとも、決定件数を職種別に見ると、「一般事務」から「自動車運転」「情報処理」「商品販売」「飲食物調理」「保健師助産師・看護師」「接客給仕」など多岐にわたる。「脳・心臓疾患」のように、トラック運転手の長時間労働が圧倒的に多い、といった明確な傾向は見られないのだ。つまり、どこの業界、どこの職種でも精神障害による自殺や疾病が発生しかねない状況にあると言ってもいいだろう。

 おそらく、今回の「働き方改革関連法」による残業時間の規制は、「脳・心臓疾患」の労災を減らす効果はあるに違いない。原因になっている長時間労働を禁止するわけだから、物理的な「過労死」は減っていくだろう。

労災認定された自殺者で女性は少ない
 だが、精神的に追い詰められて「過労自殺」するような精神障害は、労働時間の規制だけでは大きく減らないのではないかと思われる。

 精神障害の労災補償状況で目を引くのは自殺者のうち女性の比率が極端に小さいことだ。過労自殺の申請221人のうち女性は14人。労災認定された自殺者98人中女性は4人だけだった。一方で、精神障害全体の請求件数1732件のうちでは女性は689人にのぼっている。

 おそらく女性の方が職場でストレスを感じると、早期に退職するなどその場から離れているケースが多いのではないか。一方で、男性社員は職場の人間関係や職務の重圧から簡単に逃げ出すことができず、自殺するまで追い詰められていると考えられる。日本の職場がまだまだ「男社会」の色彩が強く、職場の上下関係などに悩む男性社員を横目に、女性は早い段階で職場を見限っているのかもしれない。

 これは就労形態別のデータにも現れている。精神障害の労災決定件数506人のうち、「正規職員・従業員」が459人にのぼり、派遣労働者やパート・アルバイトは件数が少ない。特に自殺者は98人中95人が正規雇用だ。つまり、正社員ほど職場の状況から逃げられず、追い詰められている、ということだろう。

 「働き方改革」では、長時間労働の是正や同一労働同一賃金に焦点が当たった。本来は、ライフスタイルにあった多様な働き方を認めていく社会に変わっていくことが目的なのだが、まだまだそこまで議論が及んでいない。

 1つの会社に入ったら、一生その会社で働くという「年功序列・終身雇用」の中で働く場合、上司との人間関係などはそう簡単には変わらず、一生同じ職場環境で過ごすことが前提になる。そうした会社では、ライフスタイルに合わせて働き方を変えたり、上司との人間関係を見直すことは極めて難しい。いったん精神的に追い詰められると、そこから逃げ出すことができなくなってしまうわけだ。

 副業や複業が当たり前になれば、もっと自分のライフスタイルに合わせた働き方になり、自らの専門性を活かして働いていくことができる。転職可能な専門スキルを身につけていれば、職場環境に耐えられなくなった場合、そこから逃げ出すことも可能になる。

 また、日本の会社の働き方が、正社員として採用されれば、あとは辞令1枚で、職種も勤務地も変えられるような「メンバーシップ型」から、専門性を持った「ジョブ型」に変わっていけば、突然、仕事の内容が変わったり、自分の専門外の仕事を振られることもなくなっていく。不必要なストレスを受けないで済む雇用の仕組みに変えていくことが、職場の精神疾患をこれ以上増やさない切り札になるに違いない。今こそ、本当の意味の「働き方改革」に日本の会社は取り組むべきだろう。

働き方改革の次の焦点は「雇用終了」の整備 「多様な働き方」でルールが不可欠に

日経ビジネスオンラインに6月15日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/062800070/

働き方改革法案」の成立はほぼ確実
 国会会期が7月22日まで約1カ月延長されたことで、政府が今国会での最重要法案と位置付けている「働き方改革法案」が成立することはほぼ確実な情勢となった。すでに5月31日に衆議院本会議で可決しており、参議院での審議が進み、本会議で可決すれば、法律が成立することになる。

 残業時間に罰則付きの上限を設けて長時間労働の是正を目指す点については、与野党とも基本的に一致しているが、経営者側の要望で盛り込まれている「高度プロフェッショナル(高プロ)制度」については、野党は激しく反対している。衆議院は委員会で採決が強行されたが、参議院でも数で勝る与党の賛成で、導入が決まる見通しだ。

 高プロ制度は、年収1075万円以上の専門職社員に限って労働時間規制から外せるようにするもので、左派野党は「定額働かせ放題プラン」「過労死促進法案」といったレッテルを貼って反対してきた。

 高プロの対象になる社員は全体の1%にも満たないが、野党は、いったん法律が導入されれば、年収要件がどんどん下がり、対象社員が際限なく働かせられ、今以上に過労死が増えるとしているのだ。

 一方で、ソフトウエア開発などIT(情報技術)人材を多く抱える企業では高プロ制の導入は不可欠だと歓迎する。もともと労働時間と成果が一致しない職種では、時間で管理する意味が乏しい、とかねてから主張してきた。そこに穴が開くことで、今後、日本企業での働き方が大きく変わると期待しているわけだ。

 政府が「働き方改革」を掲げているのは、人口が減少する中で、働く人たちの生産性を上げていくことが、日本企業の「稼ぐ力」を考える上で、不可欠になってくる、という判断があるからだ。かつての工場型製造業が中心だった時代には、生産性論議は同じ時間に1つでも多くのモノを作らせるか、が焦点だった。残業を除けば労働時間が決まっているので、その間にいかにたくさん生産するかが、「生産性向上」だったわけだ。

 ところが、現代のクリエイティブ型の職種では、長時間働いたからといって、成果物がたくさん生み出されるわけではない。むしろ労働時間をフレキシブルにして、短時間でも成果が上がるような仕組みが不可欠になっている。オフィスの中に森を再現したり、リビングルームを作ったりする会社が登場しているのは、いかに仕事の質を高めてもらうか、に力点が置かれていることを示している。

 高プロ制度によって、時間管理を社員に任せ、多様な働き方を認めることによって、より質の高い、付加価値の大きい成果を上げる働き方が可能になる、と期待する会社があるわけだ。

霞が関官僚の「仕事リスト」が決定
 野党が主張する「働かせ放題」にしないためには、導入する企業が対象社員をプロフェッショナルとして扱い、自主性を認めるかどうかにかかってくる。不本意な労働を強いられれば、ストレスは大きくなり、過労死の原因になり得る。

 もっとも、今回の働き方改革法案が通ったからといって、一気に日本型の働き方が変わるわけではない。あくまでも第一歩に過ぎない。だが、一方で、今後人口の減少が鮮明になるについて、人手不足はさらに深刻になっていく。働き方を変えて生産性を上げるだけでは、人口減少を吸収することは難しい。

 政府は6月15日に臨時閣議を開き、『経済財政運営と改革の基本方針2018』と『未来投資戦略2018』、そして『規制改革実施計画』が閣議決定された。1本目がいわゆる「骨太の方針」で、2本目が「成長戦略」である。

 第2次安倍晋三内閣以降、この3つの文書が毎年6月に閣議決定され、内閣の大方針として示されてきた。霞が関の人事は6月末から7月にかけて行われるため、閣議決定されたこの3つの方針が、次の事務年度の「仕事リスト」になっていくわけだ。

 ちなみに今年は、「まち・ひと・しごと創生基本方針2018」が加わり、東京への一極集中の是正など地方対策が柱として加わった。

 これらの「大方針」の中に、深刻な人材不足への対応策として、今年、外国人材に関する新たな在留資格の創設などの方針が明記された。

 「骨太の方針」では「新たな外国人材の受け入れ」として、「従来の専門的・技術的分野における外国人材に限定せず、一定の専門性・技能を有し即戦力となる外国人材を幅広く受け入れていく仕組みを構築する必要がある」と明記した。さらに、「このため、真に必要な分野に着目し、移民政策とは異なるものとして、外国人材の受入れを拡大するため、新たな在留資格を創設する。また、外国人留学生の国内での就職を更に円滑化するなど、従来の専門的・技術的分野における外国人材受入れの取組を更に進めるほか、外国人が円滑に共生できるような社会の実現に向けて取り組む」とした。

 「未来投資戦略」でも「真に必要な分野に着目し、移民政策とは異なるものとして、外国人材の受入れを拡大するため、現行の専門的・技術的な外国人材の受入れ制度を拡充し、以下の方向で、一定の専門性・技能を有し、即戦力となる外国人材に関し、就労を目的とした新たな在留資格を創設する」としている。

 あくまで「移民政策ではない」としながら、外国人の受け入れに大きく舵を切ったのだ。特に、これまでは「単純労働」として受け入れを認めていなかった建設や造船、農業、宿泊業などの分野に、今後、一気に外国人労働者が参入してくることになりそうだ。

 安倍内閣は人口減少に向けて、「女性活躍促進」や「1億総活躍社会」と言ったキャッチフレーズを掲げ、女性や高齢者の労働市場参入を促してきた。結果、就業者数も雇用者数も過去最多の水準になった。問題は団塊の世代労働市場からの退出が本格化する今後である。ますます人手不足は深刻化する。外国人人材の受け入れに舵を切ったのも、この人手不足を見据えてのことだ。だが外国人をいくら受け入れても日本人の減少を補うことは難しい。

 では、今後、政府はどんな「働き方」の制度整備を進めるのだろうか。

解雇時のトラブルを金銭で決着可能に
 古くて新しい難問がある。人材の流動化による労働市場の形成だ。時代の流れから取り残された生産性の低い産業から、新しく生まれる新興産業へ、人材をシフトしていくことが不可欠になるわけだ。そこで焦点になるのは、「退職ルール」である。伝統的な日本の大企業は、終身雇用を前提にルールが出来上がっており、ライフステージに合わせて転職するような仕組みを前提にしていない。

 労働法制も、いったん雇用した「正社員」については生涯雇い続けることが前提になっていて、いわゆる「解雇」は慣行で厳しく制限されている。会社が倒産の危機に直面しない限り、簡単に解雇ができないのだ。

 第2次安倍内閣発足直後、成長戦略を作る「産業競争力会議(現在の未来投資会議)」が解雇規制の緩和を打ち出そうとしたが、労働組合や野党の猛烈な反対で立ち消えになった。だがここへきて、深刻な人手不足の中で、流動性を高めて、適材適所を実現することが一段と求められている。

 実は、規制改革実施計画や未来投資戦略には、「次の課題」が埋め込まれている。

 2015年の規制改革実施計画には「労使双方が納得する雇用終了の在り方」が盛り込まれていたが、これを受けて、「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」が設置された。その後、20 回にわたって、雇用終了をめぐる紛争などの多様な個別労働関係紛争の解決手段がより有効に活用されるための方策や解雇無効時における金銭救済制度のあり方について議論がなされた。その報告書がすでにまとめられている。

 その報告書の結果を受け、今後は、法技術的な論点についての専門的な検討を行う場を設け、検討を継続することになっている。

 また、2018年の未来投資戦略には、「解雇無効時の金銭救済制度の検討」として、こう書かれている。

 「解雇無効時の金銭救済制度について、可能な限り速やかに、法技術的な論点についての専門的な検討を行い、その結果も踏まえて、労働政策審議会の最終的な結論を得て、所要の制度的措置を講ずる」

 企業が解雇して訴訟になった場合、裁判所が判決で「職場への復帰」を命じたとしても、実際には会社に戻ることができないケースが多い。その際に金銭で決着するルールを整備しようというのだ。労働組合などは、金銭での解決を認めると、カネさえ払えば解雇できる、という事態になりかねないとして、反発しており、なかなか制度整備が進んでいないのだ。これを推進すると書いてあるわけだ。

 つまり、「働き方改革法」の次のテーマは、「解雇ルールの整備」というわけだ。これは高プロ制度以上に多くの従業員が関係するルール変更になるので、野党や労働組合の反発は今以上に激しくなるだろう。だが、世界的に見ても厳しいとされる日本の解雇ルールを見直さない限り、日本の雇用の流動性は高まらない。

「就業者」急増は、消費底入れの前兆か? 64カ月連続で増加し、過去最高の更新まであと一歩

日経ビジネスオンラインに6月15日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/061400069/

「就業者数」「雇用者数」ともに64カ月連続増加
 ここ数カ月、働く人の数が急増している。企業に雇われて働く「雇用者」だけでなく、自営で働く人を含めた「就業者数」が大幅に増えているのだ。人口は減少しているはずなのに、働く人が増えているのはなぜか。景気が良くなる兆しと見ることもできそうだ。

 総務省が発表した2018年4月の労働力調査(5月29日公表)によると、就業者数は6671万人と昨年12月末からの4カ月間で129万人も増加した。1年前の4月と比べると171万人の増加である。

 対前年同月比では、第2次安倍晋三内閣が発足した直後の2013年1月から64カ月連続でプラスが続いている。ピークは1997年6月の6679万人で、あと一歩でこれを更新する。

 働く人の増加は安倍首相が繰り返し自慢するアベノミクス最大の「実績」で、経済が縮小スパイラルに陥った「デフレ経済」からの脱却を示すものとして、強調されている。特に、大胆な金融緩和による円高の是正で、企業収益が大幅に改善。企業が積極的に雇用を増やしたことが背景にあるのは間違いない。

 「雇用者数」も同じく64カ月連続で増え続けており、2012年12月の5490万人からこの4月は5916万人と、426万人も雇用が生み出された。リーマンショック後の状況から一変。今では新卒者に企業が群がり、人材獲得競争が激しさを増している。

 5年以上にわたって続く雇用者の増加だが、ここへきて、大きな変化が見られる。年明けからの増加率が著しいのだ。対前年同月比で見ると、1月1.5%増→2月2.1%増→3月2.5%増→4月2.8%増と2%を超す伸びになっている。この5年で2%を超えたのは2月が初めてで、しかもそれ以来3カ月続いているのである。

 いったい何が起きているのか。

 一つの大きな特徴は「非正規」の伸びが急増していること。実は2016年10月から昨年12月までの15カ月中、14カ月は「正規」の伸び率の方が「非正規」の増減率を上回っていた。それが今年に入って再逆転しているのだ。しかもその伸び率が尋常ではない。対前年同期比で1月3.5%増→2月5.7%増→3月5.7%増→4月5.0%増といった具合だ。


「非正規」雇用の伸びが「正規」を圧倒している


女性のパート労働者が急増
 アベノミクスの前半は、正規の雇用者は減少し、非正規が大きく伸びるという状況が続いた。野党からは「雇用が生まれていると言っても非正規だけが増えている」と批判されたものだ。

 ちょうど団塊の世代が定年を迎えて嘱託社員にとなる例が増えたことが、正規の非正規化の大きな要因だったとみられるが、実際に正規が減っていたのは事実だ。ところが2015年ごろから正規の減少は止まり、前述のように2016年秋ごろからは正規の伸びが非正規を上回った。非正規ではなかなか優秀な人材が採用できないので、正規化する動きが広がったことが大きいとみられる。

 人手不足の状況が変わらないのに、なぜここへきて再び非正規が急増しているのだろうか。

 雇用者数はこの4カ月間で53万人増えたが、この間、男性の雇用者は8万人減少、女性の雇用者は61万人も増えた。雇用形態別ではパートが40万人増加したが、このうち女性のパートは29万人を占める。つまり、非正規雇用が急増している背景にはパートの仕事が増えていることがあるのだ。

 ではどんな業種で雇用が増えているのだろうか。

 最も雇用者の増加数が大きい業種は「卸売業・小売業」で、この4カ月の間に21万人増えた。次いで「情報通信業」が18万人増加、「宿泊・飲食サービス業」が16万人、「金融保険業」が同じく16万人増えた。もちろん季節要因もあるが、対前年同月比でも「宿泊・飲食サービス業」が39万人増加、「卸売業・小売業」も21万人増えている。明らかにホテルや旅館、飲食店、小売店といった消費産業で女性のパートを中心とする仕事が急増しているのである。

 足元の日本の消費はまだまだ力強さに欠けているというのが実情だ。にもかかわらず、宿泊、飲食、小売りで雇用が増えているのはなぜか。

 2020年の東京オリンピックパラリンピックを控えて、顧客が大きく増加するという「期待」が高まっているのが一因だろう。実際すでに、外国人観光客が大幅に増えた効果が出始めていることも、こうした産業の経営者を強気にさせている。

 2017年に日本を訪れた訪日外国人はJNTO(日本政府観光局)の集計によれば2869万人。今年は4カ月ですでに1000万人を突破しており、年間では3300万人近くに達するペースだ。政府は2020年に4000万人を見込んでいるが、このペースが続けば十分に達成できる。もちろん、訪日外国人が日本国内で落とすお金も大きい。

 その恩恵を受けるのは消費産業ということになるが、その効果をガッチリつかむには店舗を運営する人材が不可欠だ。

旅館やホテルで人材の争奪戦
 全国の主要都市でホテルを建設する動きが広がっているのに加え、既存の旅館やレストランなどでも改装などが行われている。ただし、いくらハコモノを整備しても、接客するスタッフが足りなければお客を受け入れることができない。2020年をめがけて、人材の確保が始まっているのかもしれない。

 もう一つ、こうした産業の雇用が増えている理由は待遇の改善だろう。宿泊・飲食・小売りといったサービス産業は生産性が低い業種の代表格だった。デフレ経済の中で、価格競争が激しさを増し、儲からない産業になっていた。このため従業員の給与も他の産業に比べて低く抑えられていた。

 それが、ここへきて給与が上昇傾向にある。ひとつは国の政策もあって最低賃金が急ピッチで上昇していること。安さを売り物にする外食チェーンでも都心部では時給1000円以上が当たり前になった。待遇の改善によって、パートやアルバイトが集まるようになったということだろう。

 こうした産業で値上げが浸透してきたことも理由だ。ホテルや旅館の価格は大幅に上昇している。外国人観光客の急増で、稼働率が上がり、宿泊料も引き上げられれば、当然、大きな利益が生まれる。これを従業員に還元することが可能になってきたのだ。逆に言えば、キチンとした待遇でなければ、人材が他の旅館やホテルに奪われる、という事態になっている。

 日本の旅館やホテルなどの価格は世界的に見て極めて安い。欧米諸国はもとより、シンガポールや香港などアジア諸国のルームチャージよりも安いケースが少なくない。しかも旅館の場合、1泊2食付きが普通で、外国人観光客からすれば、信じられない安さ、ということになる。20年以上にわたって日本でデフレが続いた結果、国際価格から大きく乖離してしまったのだ。逆に言えば、国際価格に戻すチャンスで、「低採算業界」という汚名を返上する絶好の機会に直面していると言える。

 話を戻そう。この4カ月で増えているのは「雇用者」ばかりではない。それ以上に「就業者」が増えているのだ。就業者は129万人増えたが、そのうち雇用者は54万人である。具体的な理由はまだ分からないが、「自営業」や「請負」といった会社に雇われない働き方が大きく増えているとみられる。雇用者と同様に「宿泊・飲食サービス業」や「卸売業・小売業」などの就業者が大きく増えている。

 外国人観光客などを目当てに規模の小さい物販業など小売業を始める人が増えているのかもしれない。あるいは、「働き方改革」の一環で、多様な働き方を求める人が増えたり、企業もそうした働き方を容認するようになって、「雇用」ではない働き方の契約形態が広がり始めている可能性もある。

 消費産業を中心とする、この4カ月の就業人口の急増が続くのかどうか。この傾向が長続きするようならば、日本の消費が本格的に底入れしてくるシグナルになる可能性もありそうだ。