国際会計基準IFRS反対派"逆転勝利"の裏側で動いていた「日本版ロビイスト」

2011/8/24 「現代ビジネス」
→ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/16990

 国際会計基準IFRSの日本企業への強制適用が、6月末に突然、「政治決断」で先送りされた問題は、この欄でも何回か触れた。(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/9505http://gendai.ismedia.jp/articles/-/11138)一部の企業人を中心とするIFRS反対派の巻き返しが奏功した格好だが、その"勝利"の裏に大物ロビイストが存在していたことが、このほど明らかになった。

 反対派は多くの政治家や官僚、メディアのトップなどを訪ね、「IFRS導入が日本の国益に反する」として導入を延期するよう説得して歩いていた。また、シンクタンク東京財団を中心に反対の意見書をまとめ、「IFRS異議あり」という本まで出版するなど、その徹底ぶりに「誰か裏に司令塔がいるのではないか」(この問題に詳しい霞が関の官僚)という指摘が出ていた。

政策アドバイスを通じて築いた人脈

 反IFRSのキャンペーンを担っていたのは小原泰・新日本パブリック・アフェアーズ代表取締役だ。父親の泰治氏は日本人ロビイストの草分け的存在で、日米通商摩擦などの際に米国でロビイング活動を行っていたという。泰氏も米国でロビイストとしての修行を積んだ経験を生かし、日本でのロビイストの育成やロビイングの定着に力を注いできた。

 政権交代前の自民党だけでなく、当時野党だった民主党にも人脈を構築。霞が関の官僚にも食い込んでいるほか、メディアにも知り合いが多い。議員の政策立案に協力したり、政策の勉強会などを通じて、信頼関係を築いてきた。

 そうした幅広い人脈を武器とし、ロビイング活動を本格化したのは、「国会のねじれ」が生じた自民党政権末期から。自民党族議員が政策決定権を握っていた時代の終焉と共に、日本にもロビイストの時代がやってきた、というわけだ。

「政策決定プロセスが外から見えなければ見えないほど、われわれロビイストの活躍のチャンスが増える」と小原氏は言う。

 そんな小原氏が自ら、最近のロビイングの成功例と語るのが、子宮頸がんワクチン問題だ。英製薬大手、グラクソスミスクラインから委託を受け、日本でのワクチン承認と助成金の拠出を政府に働きかけた。

 厚生族のある国会議員によれば、グラクソの役員と小原氏が事務所を訪ね、子宮頸がん予防へのワクチン接種の重要性を説明していった、という。

 小原氏は政権交代前後の民主党に様々な政策アドバイスを行い、仙谷由人議員らと親しい間柄にある。その仙谷氏が官房長官だったこともあり、ロビイングは成功。政府は、ワクチンの接種希望者に公費補助を行うこととし、200億円を超す予算を決めた。

 ではいったい、反IFRSのロビイングは誰から受託したものなのか。

 小原氏は「誰からも資金は得ていない」と言う。小原氏自身、IFRSの考え方の基本にある時価会計や包括利益に反対であり、「あくまで信念として反対している」という。

 だが、小原氏だけでなく、同氏が代表を務める新日本パブリック・アフェアーズが組織として「反IFRS」の活動を行っているのは確かなようだ。東京財団による報告書や著書の取りまとめには、公認会計士の黒石匡昭氏が名前を連ねるが、黒石氏は新日本パブリック・アフェアーズの取締役で、やはりロビイングを担当している。また、新日本パブリック・アフェアーズに勤務した経験のある元経済産業省の官僚が、現在は東京財団の研究員として活躍するなど、新日本パブリック・アフェアーズと東京財団の人的関係は深い。また、様々な政策研究などで経済産業省と研究会を持つことも少なくないといい、反IFRSの姿勢を取る経済産業省との関係も密接である。

正式なロビイングのルールがない日本

 一般論として、ロビイングの主な手法は、旧知の国会議員に政策内容を説明し、理解を得たうえで、法案成立などで応援してもらう、というもの。また、付き合いのあるメディアに世論を盛り上げさせ、国民的な議論を涵養するというのもしばしば使う手だ。日本では霞が関の官僚が実質的な政策立案権限を持っているケースが多く、こうした官僚たちに対する働きかけも重要になる。国会議員に対してはパーティー券の購入など経済的利益を供与することもあるようだ。

 小原氏は、「ロビイングを受託した案件については原則、情報はオープンにしたいと思っている」という。ロビイングの本場である米国では、ロビイストは議会に登録が義務付けられ、どのロビイストがどこの会社からいくらの報酬を得てロビイングを行っているか、すべて明らかにする仕組みだ。小原氏もロビイングは米国流であるべきだと言うが、日本にはまだ正式な情報開示のルールはない。

 また、「現在、進行中の案件は、相手に警戒されるなどデメリットがあるので、黒子に徹して表には出ない」ともいう。反IFRSの本当の仕掛け人は誰なのかは依然として藪の中ということだ。

 もちろん、本場、米国でもロビイストは、すべてカネで動いているわけではない。意気に感じたり、政策の歪みを正すという使命感に従って行動する部分も大きい。ただ、小原氏や新日本パブリック・アフェアーズが反IFRSのロビイングで直接的な報酬を得ていないとしても、反IFRS派との人的なつながりが、今後の事業メリットになっていくことは十分考えられる。

 金融庁は8月25日に企業会計審議会を開き、今後のIFRSへの対応について議論を深める予定だ。IFRS推進にせよ、反IFRSにせよ、議論を尽くすのは良いことである。だが、政策決定の過程で、こうしたロビイストが活動していることを忘れてはならないだろう。

 ちなみに新日本パブリックアフェアーズは、新日本監査法人の100%子会社である。IFRS推進の旗を振る監査法人が、子会社のロビイングに煮え湯を飲まされるとは、何とも皮肉だ。