ナンバーワン企業弁護士を激怒させた『東電救済法案』 久保利英明「私はなぜ東電と本気で闘うことを決めたのか」

31日、放射能汚染の被害を受けた11県のJA関係者らの先頭に立ち、東京電力の本社に賠償請求に向かう久保利英明弁護士の姿がテレビニュースで映っていました。毎月末に損害額を請求することにしているそうで、累計額は574億5588万円にのぼると報じられていました。久保利弁護士へのインタビューをベースにした記事を「現代ビジネス」に掲載したところ、とても多くの反響を呼びました。東電による賠償問題への関心の高さが伺えます。

以下、「現代ビジネス」の記事を編集部のご厚意で転載させていただきます。なお、以下のオリジナルページからは、久保利氏らが7月にまとめた「原発事故の損害賠償に関する公正な処理を求める緊急提言」の原文も読むことができます。
オリジナルは → http://gendai.ismedia.jp/articles/-/17765


「俺の40年の弁護士人生はいったい何だったのか。日本をまともな国にしようと、1つ1つ手直ししてきたはずだったのに、今回の原発事故1件でそれらがすべて振り出しに戻った感じがする」

 8月3日に成立した「原子力賠償支援機構法(支援機構法)」。東京電力の存続を前提にした同法に強く反対してきた久保利英明弁護士は怒りを露わにこう語る。

 コーポレートガバナンス(企業統治)の第一人者として、取締役の責任や株主総会のあり方などについて、多くの企業、経営者を指導してきた久保利氏。総会屋対策などを通じて上場企業の味方であり続けてきた剛腕弁護士が、放射能汚染の被害を受けた野菜農家や畜産農家などの代理人を買って出た。"ニッポン株式会社"の代表格とも言える東電に立ち向かう。企業からの人気ナンバーワンだった久保利氏を、そこまで怒らせたのはなぜか。

なぜ法的整理をしないのか

 法案が国会に提出された後、政策研究大学院大学福井秀夫教授や大阪大学八田達夫招聘教授らと共に「公正な社会を考える民間フォーラム」を結成。支援機構法案に反対し続けてきた。7月12日には「原発事故の損害賠償に関する公正な処理を求める緊急提言」を発表したが、マスコミはほとんど取り上げず、法案は与野党の賛成多数で成立した。

 福島第一原子力発電所事故後の東電のあり方を巡る議論で、久保利氏が真っ先に疑問に感じたのは「なぜ法的整理をしないのか」という点だった。

 与野党の議員に対し、法案をまとめた官僚たちは、法的整理をすると「被害者への迅速・適切な賠償ができない」「電力の安定供給ができなくなる」といった説明を繰り返していた。若いころから倒産法に通じ、多くの企業の破綻処理に携わった経験を持つ久保利氏から見れば、「まったくの嘘」がまかり通っていたのだ。

 「会社更生法は柔軟な法律で、裁判所さえ認めればかなり自由にできる。要はスキームの作り方次第。被害者への損害賠償が滞ることなどあり得ないし、電力供給が止まることなど考えられない」

 ところが、永田町も霞が関も「東電を生かせ」のオンパレード。法案の骨子は、大手銀行が作ったとされるスキームに経済産業省が乗っかり、海江田万里経済産業大臣(当時)が主導する「東電救済まずありき」の法案となった。

 久保利氏からみれば、「地域独占にどっぷりと浸り、ガバナンスが利いていない会社に国民のカネをつぎ込むモラルハザードの最たるもの」だった。会社更生法が適用されれば、取締役はすべて退任となる。東電を存続させることはすなわち、経営陣を温存することに他ならない。

民間版東京地検特捜部をつくりたい

 いくつも企業不祥事を見てきた経験上、久保利氏には信念があった。企業の中に深く根を下ろしている不祥事の負の遺伝子を完全に断ち切らなければ、不祥事は必ずまた起きる。不祥事から立ち直った企業の多くは、それを断ち切るために取締役をすべて交代させてきた。証券不祥事に直面した野村証券などが一例だ。東電も役員をすべて退任させなければ、負の遺伝子は残り続ける、というのだ。ところが、現実は「役員は全員辞めろ」とはならず、そうした国民の声すら沸いてこない。

「東電は地方自治体にカネをばらまき、マスコミを手なずけて議論を封じ込めてきた。原発推進は国策だと言うが、誰がそれを決めたのか。ほとんど議論がなかった。議論をしない方がいい、というのは民主主義の否定だ」「政治、役所、メディア、裁判官がガッチリとスクラムを組んでいる」

 そう久保利氏が指摘する構図は、原発事故が起きた後も、まったく変わらない。「東電は地域独占を盾に、顧客も納入業者も、株主も、大銀行も、社員も押さえこみ、ステークホルダーが経営陣の言いなりになっている」状態が続いているというのだ。

 何の情報開示もされず、いつも置いてきぼりになるのは国民だ。その国民の側に久保利氏が立つことを決めたのは、弁護士としての"原点回帰"でもある。久保利氏からすれば、スモン訴訟の原告側に加わった若い頃も、企業弁護士として反社会的勢力と戦ったその後の人生も、「理不尽なものは許さない」という猛烈な正義感に裏打ちされてきた。だが、第二東京弁護士会の会長を務め、日本弁護士連合会の会長選挙に出るなど、一般には「カネと名誉」を追いかけてきた、派手な出で立ちの著名弁護士と見られてきたきらいもある。

 だが、還暦を過ぎて原点回帰した久保利氏に、恐らく何も怖いものはない。そんな久保利氏は東電を敵に本気で闘うつもりだ。震災後の東電の対応を見てフツフツと沸いた怒りを短期間でまとめた著書「想定外シナリオと危機管理---東電会見の失敗と教訓」を読めば、その本気度が分かる。

 久保利氏が代表を務める日比谷パーク法律事務所は、放射能汚染の被害を受けた農家の代理人として、東電との間で損害賠償交渉を行っている。

 7月末では代理人となった被害者の被害額は500億円程度だったが、被害がお茶や牛肉に広がるにつれ急速に増加。避難地域などの土地の買い上げが本格的に議論になれば、損害額は「数千億円から兆円単位に拡大していくだろう」と見ている。被害者は何万人になる分からない。米国で起きるような大規模な集団訴訟に発展する可能性も高い。

「東電や国が、カネさえ払えば文句ないだろう、という従来の態度、やり方で損害賠償に当たるとしたら、断じて許せない。この国に正義とか矜持はないのか、ということになる」

 今から20年近く前、久保利氏は「50歳になったら企業弁護士を辞めて、"民間版東京地検特捜部"を作り、世の中の理不尽を糺したい」と語っていた。正義の拠り所とも言われた特捜部が相次ぐ不祥事で機能を喪失した今こそ、怒れる久保利氏の出番かもしれない。