グローバル化に背を向ける日本の株式市場は「窒息寸前」 〜金融大臣交代でIFRS(国際会計基準)導入問題はどこへ行く?

国際会計基準IFRSを日本企業に導入するかどうかは、一見、専門的な話しに見えますが、日本のグローバル化を進めるうえで、非常に大事な問題です。6月14日にその方針を決める企業会計審議会の総会が開かれましたが、私が予想した通り、議論先送りという事になりました。後ろを向いて走る決断を強行しなかっただけマシだとも言えますが、不毛な議論で失ったこの1年は日本経済にとって大きな痛手であることは、窒息寸前の資本市場が示しています。先週後半は中国に行っていましたが、明確に「グローバル化の促進は中国の利益になる」という姿勢で、制度改革や整備を急いでいます。
6月13日に現代ビジネスにアップされたIFRS関係の記事を、編集部のご厚意で以下に再掲します。
オリジナルページ → http://gendai.ismedia.jp/articles/-/32772

 野田佳彦内閣の改造で、自見庄三郎・郵政金融担当相が交代した。今回の改造は問責決議を受けた田中直紀・防衛相や前田武志国土交通相ら問題閣僚の事実上の更迭が中心だっただけに、自見金融相の交代は意外感があった。

 自見氏は医師で、金融にはズブの素人だが、なぜか会計基準にはご執心だった。国際会計基準IFRSについては、2009年に企業会計審議会が「我が国における国際会計基準の取扱いについて(中間報告)」をまとめ、2012年をメドに日本企業に強制適用するかどうかを判断するとされているが、自見氏は大臣として、昨年6月にその先送りを表明していた。

 もっとも、それは大臣としての「挨拶」という扱いに過ぎず、審議会としては何ら正式に決定した「答申」や「報告」を出したわけではない。自見氏は2009年の中間報告を反故にすべく、審議会にIFRS反対派の臨時委員を一気に10人任命。それ以来、1年にわたって議論が繰り返されている。

 IFRS反対派は、何とか6月中に新しい「中間報告」をまとめさせようと自見大臣を通じて金融庁の事務当局に繰り返し指示をしてきた模様だ。その自見氏が大臣を外れたのである。反IFRS派からすれば、9回表、勝利目前で頼みのエースが降板してしまったに等しいだろう。

 後任には松下忠洋・復興副大臣が就いた。松下氏は同じ国民新党所属だが、長く経済産業副大臣を務めたこともあり、自見氏に比べて経済に通じている。果たして松下大臣はIFRSにどんな姿勢で臨むのか。

「国を開く」というのが基本姿勢
 就任記者会見でIFRSについて語っている。任命に当たって首相から指示された6項目の5番目にIFRSが含まれていたのだという。

 松下氏はこう語っている。

国際会計基準の導入に関して、国際的な動向を踏まえつつ産業界や中小企業の動向にも配慮して、我が国の方針を総合的に検討するということでございました」

 つまり、首相からは「総合的に検討する」ことを求められたというのだ。

 首相の指示は重い。一大臣の意向でその指示を無視することは不可能だ。もちろん、首相指示といっても、野田首相自身が思いついた事を言っているわけではない。首相のスタッフである官僚が振り付けたものだ。霞が関では言葉の使い方1つにも意味がある。

 方針を「総合的に検討する」というのは、あくまで検討するのであって、方針を「決める」わけでも「まとめる」わけでもない。松下氏が首相の言葉を正確に語っているとすれば、そうそう簡単に結論は出ないということである。

 また、松下氏はこうも言っている。

「様々なヨーロッパの考え方、そして日本の考え方、そしてまたアメリカの対応、それぞれ時とともに色々な動きがあるようでございます。もう少し勉強して、しっかりと前大臣の考え方も確認しておきたい、そう考えています」

 自見氏の考え方も確認するとしているものの、前大臣の方針を踏襲するとは言っていない。また、「勉強して」と言っている大臣に、就任から数週間のうちに「結論」を持っていくような事務方はまずいない。霞が関用語でいえば、「そんな乱暴な事はできない」というのが普通の感覚なのである。

 反IFRS派は自見氏を通じて、新しい中間報告をまとめるよう松下氏に働きかけているようだ。副大臣を務めていた経済産業省にもIFRS反対派がおり、そのルートを通じて反IFRS路線を堅持させようという思いもあるようだ。

 だが、松下氏は経産副大臣として新成長戦略の取りまとめを行ったほか、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)参加を推進してきた人物である。「国を開く」というのが基本姿勢の政治家とみていい。かつての国民新党代表だった亀井静香氏や自見氏とは色合いがかなり異なるのだ。また、松下氏は人の話をよく聞く好人物として知られ、官僚の信頼も厚い。

 もともと民主党の経済政策の基本は「国を開く」というキャッチフレーズの下、グローバル化を推進することにある。これは経産省金融庁などの官僚たちの考えと重なる。民主党政権の中にも、自見氏のIFRS反対に眉をひそめていた人は少なくない。そんな思いが首相指示に表れたのかもしれない。

反対派からは批判(非難)が集中
 それでも反IFRSのメンバーを大量に送り込んだ審議会の議論は、感情的とも言える反IFRS発言のオンパレードだ。

 すでに議事録が公開されている4月17日の審議会総会・企画調整部会合同会議も酷かった。ちなみに自見氏が反IFRS派を大量に送り込んだのは企画調整部会で、これを単独開催すると反IFRS派が過半数を占める。総会と合同にすることで、何とかバランスを取ろうというのが事務方による苦心の策と思われるが、メンバーの総勢が50人にもなり、審議会としては異例の大会議だ。

 4月17日の会議には、日本証券アナリスト協会の稲野和利会長が参考人として招かれ、企業を分析する証券アナリストの立場からIFRS導入について前向きの意見を述べた。歴史的にみてもアナリスト協会は会計基準の国際化を推進してきた立場で、ある意味当然の意見だった。

 米国の姿勢についても稲野氏はこう述べた。

「可能な限り(IFRSの基準を作っている)IASBに影響力を行使し、自分好みのIFRSを作りたいというのが、米国の本音ではないかと感じております。もしそうであるならば、我が国も手をこまねいているべきではあるまいということであります。IFRS採用への過程を明確化し、IFRSの改善に積極的に参加して、我が国の主張が盛り込まれるように努めることが必要なのではないかと思います」

 これに対して反IFRS派からは批判が集中した。真っ先に口火を切ったのが、自見氏の任命で臨時委員になった佐藤行弘・三菱電機常任顧問だった。

「どのような経済効果を期待して、全上場企業強制適用を望んでいるのでしょうか。私は理解に苦しみます」

「本当に大部分のアナリストがこのような考え方を支持しているのでしょうか。疑問を感じます」

 批判というよりも非難だった。さすがに司会役の安藤忠義・審議会会長も「国会で参考人を招致しているわけではありませんので、問い詰める場所ではございません」と苦言を呈したほどだった。

 ここに反IFRS派委員の発言は詳述しないが、審議会のホームページで読むことができる。説得力があると感じられるかどうか、読者に判断をお任せしたい。

日本の株価は世界的に見ても「異常値」
 委員でIFRS推進派の藤沼亜起・元日本公認会計士協会会長はこう発言した。要約してみよう。

「コメントを聞いていると、もともと国際基準が好きではないというのがベースにあると感じる。IFRSにすると製造業は成り立たないという議論があったが、何年もIFRSを採用しているドイツの製造業は今も躍進し、韓国の製造業も頑張っている。日本の企業がIFRSを採用するとダメになる、という論理がわからない。日本には国際基準はいらないと言ってるように聞こえる」

 議論すべき内容が違うのではないか、と疑問を投げかけたのが、委員で東京証券取引所社長の斉藤惇氏だった。

 会計基準づくりで日本の意見をしっかり反映させることができるように、IFRS受け入れを宣言して、日本が主導権を取るのだと、繰り返し言ってきたはずではなかったのか、というのだ。

 斉藤氏は株式市場の危機的な状況を説明した。毎日の取引の70%が外国人で、日本の機関投資家が10%、個人も20%しかない。外国の投資家は企業を分析して買う長期保有のための投資ではなく、価格差を取る短期売買ばかりだ、というのである。

 また、上海、香港、深センの3つを足した新規公開企業数は1年間で400社超。これに対して日本はわずか20〜30社に過ぎない。「このまま行って、日本の資本市場が守れるのか疑問だ」と吐露したのである。

「使い勝手の悪い資本市場を作りながら、競争力を保って国富を豊かにしていくという考えは、私は理解できません。何としてでも効率的な資本市場を提供して、産業を興し、競争力を勝ち取るというのが国家戦略だと思います」

 5月末の日経平均株価終値は8,459円。5年前は1万7,875円だったので、半値以下になったわけだ。この間、ニューヨーク・ダウはリーマン・ショックのどん底を挟んで大きく戻し、今は9割の水準にある。日本の株価は世界的に見ても「異常値」と言えるほど低水準にあるのだ。

 なぜ、これほど低水準なのか。世界経済のグローバル化が進み、多くの国が成長する中で、グローバル化に背を向ける政策を取り続けてきた「結果」に他ならない。株式市場はまさに窒息寸前なのだ。その政策の代表がIFRSへの対応だろう。日本の資本市場が息を吹き返すために、新大臣が真っ当な政策へと転換することを期待したい。