霞が関が「総合取引所」に最後まで反対する情けない理由

消費税増税法案の行方が焦点になっていますが、衆参のねじれ国会の中で、他の法案はほとんど審議が進んでいません。そんな中には、法案が通らないことを霞が関が祈っている法案もあるようです。
ビジネス情報誌「エルネオス」6月号に掲載した記事を編集部のご厚意で再掲致します。
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硬派経済ジャーナリスト
磯山友幸の≪生きてる経済解読≫連載──⑭

三省庁が握る天下り
 証券・金融・商品などの取引を横断的に扱う「総合取引所」の創設を推進するための金融商品取引法の改正案が今国会に提出されている。二〇一〇年六月に閣議決定された「新成長戦略」の中で、「二十一世紀の日本の復活に向けた二十一の国家戦略プロジェクト」の一つとして掲げられていたもので、成長戦略の金融分野での目玉の政策といえる。
 だが、総合取引所構想の肝が、省庁縦割りになっている各取引所に対する監督を一本化することにあるため、陰に陽に霞が関が抵抗を繰り返してきた。法案が提出されても、この抵抗は続いており、業界や投資家が望む総合取引所が実現するかどうかは微妙だ。
 参議院自民党幹部によると、法案審議に向けた党内手続きを遅らせようという動きが激しいという。背後に霞が関が見え隠れするといい、抵抗の大きさに驚くという。
 なぜ、そこまで霞が関は抵抗するのか。取引所は大きく分けて、証券・金融と工業品、そして農産物の三つの取引所がある。証券の代表格が東京証券取引所東証)で、現在、大阪証券取引所大証)との統合準備を進めている。この監督官庁金融庁だ。工業品の代表的な取引所は東京工業品取引所(東工取)だが、この監督権限は経済産業省が握る。最後の農産物の中心は東京穀物商品取引所(東穀取)で、この管轄は農林水産省だ。
 各役所は監督権限をバックに長年、幹部が天下ってきた。東工取の江崎格社長は、経産省資源エネルギー庁長官や産業政策局長を務めたOBで、その後、 野村総合研究所顧問や商工組合中央金庫理事長などのポストを渡り歩いた末に東工取に落ち着いた。
 東穀取の渡辺好明社長は農水省OBで、水産庁長官や農水事務次官を務めた。東証には上場審査を行う自主規制法人があり、その理事長は財務省事務次官OBの林正和氏だ。つまり、大物官僚OB天下りの指定席になっているのが取引所トップのポストなのである。
 総合取引所構想の焦点は、このバラバラの規制を金融庁に一本化するというもの。経産省農水省の監督権限がなくれば天下りポストもなくなる可能性が出てくるわけだ。
 構想が浮上したのは自民党政権時代の二〇〇七年。安倍晋三内閣が当時の「骨太の方針」に盛り込んだ。地盤沈下が懸念されていた東京市場を活性化する切り札として、証券・金融・商品を横断的に取り扱うことができる取引所を創設し、分野の垣根を越えた金融派生商品デリバティブ)を上場できるようにしようというのが狙いだった。
 骨太の方針を受けた法改正で、証券と商品の取引所の相互乗り入れは可能になったが、現実には監督権限が各省縦割りのまま残り、実際に分野を越えて事業を営んだり合併しようという取引所は現れなかった。
 政権交代後、民主党が掲げた成長戦略の柱に再び取り上げられた。東穀取の経営が事実上行き詰まったことが背景にあった。東工取も売買高が細り、独自の存続に暗雲が垂れ込めていた。証券と商品という垣根を越えた取引所の合併が不可避な状況になっていたのだ。
 成長戦略では、「二〇一三年度までに、証券・金融、商品の垣根を取り払い、すべてを横断的に一括して取り扱うことのできる総合的な取引所創設を図る制度・施策を、可能な限り早期実施すること」と決められた。総合取引所という名称まで、いつの間にか「総合的な」という曖昧模糊な表現に変わったところに霞が関の抵抗が見える。ともあれ、二〇一〇年には金融庁農水省経産省が、副大臣大臣政務官をメンバーとする「総合的な取引所検討チーム」を発足させた。

法令に「等」を入れる常套手段
 そこでまとまった結果が今回の改正法案に反映されている。改正案では、商品先物などのデリバティブを証券市場でも取引できるようにし、証券会社が取り扱うとされた。また、証券取引所と商品取引所の合併に関する規定も整備することになった。
 つまり、金やガソリンなど商品取引所が扱う「商品」をベースにしたデリバティブ証券取引所に上場することが可能になるのだ。
 ところが、こんな規定も付け加えられている。商品デリバティブの取引に関して金融庁が監督権限を行使する場合に、農水相経産相との事前協議などの規定を整備し、相互連携を確保する、となっているのだ。あくまで規制権限は手放さないというわけだ。
 しかも、農水省穀物分野では「コメ等」はデリバティブの対象から除外されている。関係者によれば、コメ等の「等」に何が含まれるのかは農水省の役人も経産省金融庁も分からないという。
 法令に「等」という文字を入れて裁量の範囲を広げておくというのは霞が関官僚の常套手段とはいえ、これではその時その時の官僚の胸先三寸で対象として認めないことが許されてしまう。
 さらに言えば、合併などが法律上は認められても、実際に合併しなければ無意味だ。
 商品取引所関係者によれば、霞が関官僚の「構え」はこんな具合だという。まず①法案審議を遅らせる、②仮に審議が始まっても成立させない、③成立した場合も権限は従来通りで変えない、④業界の垣根を越えた合併はさせない──のだそうだ。東工取は大証との統合交渉が進んでいたが、大証東証と統合することになった段階で、経産省は東工取を海外取引所と提携させて単独で存続させる道を探っているという。
 米、英と並んで、かつては商品取引大国だった日本にその面影はない。コモディティ(商品)の一大消費地でありながら、市場が消滅寸前なのだ。東京の証券市場も、ニューヨーク、ロンドンと並んで世界三大市場といわれたが、売買が細り、青息吐息だ。
 霞が関官僚が天下りしか頭になく、規制権限に固執していては、間違いなく国家が滅ぶことになるだろう。