安倍首相がブレなければ日経平均1万6000円台もありえる!? アベノミクス"3本の矢"の方向性を占う3つの試金石

先日ある勉強会で「アベノミクスの行方」をテーマに話したら、過去最高の参加者でした。私の話が、というよりも、アベノミクスの行方が知りたいという人が多いのでしょう。現代ビジネスにアップされた原稿を編集部のご厚意で以下に再掲します。オリジナル→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/34987


 安倍晋三首相の掲げる経済政策、いわゆる「アベノミクス」が多くの国民の支持を得ている。「大胆な金融緩和」「機動的な財政出動」「民間需要を喚起する成長戦略」の"3本の矢"を掲げたことで、さっそく成果が表れ始めた。1本目の矢の金融緩和姿勢によって大幅に円安が進み、株価が上昇したのだ。

 この円安株高によって消沈ムードが一変したのは事実だ。週末の繁華街は賑わい、外国人旅行客は増加傾向にある。今度こそ、日本経済が再成長路線に入るのではないか---そんな期待感が盛り上がっている。安倍首相への期待から、内閣支持率も上昇している。

 その一方で、「古い自民党」に戻ってしまうのではないか、という危惧を多くの国民が抱いているのも事実だ。安倍首相は繰り返し「古い自民党には戻らない」と発言しているが、それがどこまで信じられるか。

 2本目の矢である「機動的な財政出動」の方向性を間違えれば、不要な道路やダムを作り古い公共事業のバラマキに戻りかねない。一気に国民の期待がしぼんでしまうリスクがあるわけだ。さらに、3本目の矢である「成長戦略」で何が出て来るかもアベノミクスの方向性を決めることになるだろう。

TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への取り組み

日経平均が1万1,500円を超えた株価は今後どうなるのか。もはや最大の関心事は「アベノミクスの行方」にかかっていると言っても過言ではない。では、その方向性を見極めるうえで何が判断材料になるのか。ここで3つの試金石を提示しておこう。

1つ目はTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への取り組みだ。貿易立国である日本が、今後成長していくには米国やアジアとの経済連携が不可欠であることは言うまでもない。一方で、TPPに国益を損なう条項が含まれているという懸念があるのも事実だ。そんな懸念を払拭しながら、TPPの交渉に参加し、日本の国益を守れるかどうか。

 安倍首相はかねてから「聖域なき関税撤廃を前提条件とする以上、TPPに参加しない」と述べてきた。この文言を全農などの農業団体は「TPP反対」と受け取ってきたが、安倍首相の周辺は、あくまで「聖域なき関税撤廃が前提条件」の場合だけが「不参加」で、本音では交渉参加に前向きだ、としていた。つまり、安倍首相は「逃げ道」を用意した言い回しを使ってきたのだ。

 2月22日のオバマ米大統領との首脳会談から帰国した安倍首相はこの逃げ道を活用した。「聖域なき関税撤廃が前提ではなくなった」ことが確認できたとして、交渉参加に向けて動き出したのだ。さらに、一気呵成に自民党役員会の「一任」も取り付けてしまった。

 これには、TPPに最も激しく反対してきた全農など農業団体は強く反発している。昨年末の総選挙では農協から支援を受ける代わりに「TPP反対」の踏み絵を踏まされている自民党候補者も多い。この党内の反発をかわすための「役員会一任」だったわけだ。これには反発する声が反対派議員から噴出している。安倍氏はそれをどう収めていくのかも、今後の焦点となるだろう。

 TPP参加に向けて大きく踏み出し、安倍首相の姿勢がブレなければ、株価には大きくプラスになるに違いない。このまま党内反対派を封じ込めることができるか、安倍首相の党内リーダーシップを占うことにもなる。

日本郵政の社長人事はどうなるか

 2つ目の試金石は、日本郵政社長人事だ。昨年12月の総選挙直後の政権空白期に財務省OBの齋藤次郎社長が突然辞任、後任に同じ財務省OBの坂篤郎・副社長を据えた。取締役の選任は所管大臣の許認可事項だが、取締役の中から新しい社長を選ぶのは取締役会の自由だ、という論法で交代を決めた。

 もちろん日本郵政は国が100%の株式を持つ会社。これには官房長官になった菅義偉氏も激怒している。官僚OBに人事をほしいままにされては安倍内閣霞が関に対する姿勢に疑問符が付く。「脱官僚依存」というキャッチフレーズが民主党の政権奪取の原動力になったように、国民の間に官僚主導への拒否感は根強い。つまり、この問題に安倍首相がどう決断を下すかで、今後の規制改革における霞が関との距離感が測れるわけだ。

安倍官邸は日本郵政に対して、坂社長が自ら自任するよう水面下で促している。応じなければ6月の株主総会で坂氏を解任すると強硬姿勢もにじませている。だが、これも、おそらく強硬手段に出るまでもなく、坂氏の古巣である財務省側が折れる可能性が強まっている。というのも別の人事で安倍首相が財務省に恩を売ったからだ。

 まず1つは公正取引委員長人事。空席となっていたが、これに杉本和行・元事務次官を充てることとして、国会の同意も得た。もう1つは日本銀行総裁人事だ。こちらは元財務省財務官の黒田東彦アジア開発銀行総裁を候補者として国会に提示することとした。

 過去3代にわたり日銀出身者が続いた総裁ポストの"奪還"は財務省の悲願だった。財務省OBは排除すべきだ、という声があった中で、安倍首相が決断した意味は大きい。これを機に日本郵政の社長を財務省が手放せば、安倍首相の改革姿勢は保たれたと世の中は見るに違いない。

中小企業等金融円滑化法にはどう対処するか

 最後は「亀井モラトリアム」の扱いだ。民主党政権で金融担当相になった亀井静香議員の主張で導入された中小企業等金融円滑化法の期限が今年3月末に迫っている。当初はリーマンショック後の危機回避を狙った時限立法だったが、延長が繰り返されてきた。これによって本来は淘汰されるべき中小企業が生き残ってきた。いわゆる「ゾンビ企業」である。一方で、支払い条件の見直しを一切止めれば、4〜5万社が一気に倒産するとも言われる。

 このゾンビ企業をどうするのか。これも3本目の矢の行方を占う試金石になる。「民間活力を引き出す成長戦略」を作るために安倍首相を議長とする「産業競争力会議」が始まっている。その中でも「ゾンビ企業を作るべきではない」という議論が行われている。つまり、弱い企業を助けるのではなく、強い企業をより強くするための産業政策、経済政策が模索されているのだ。

 もちろん、「規制緩和」や「構造改革」には反対勢力も多い。成長戦略がどんな方向に向かうのか、すでに足下にある「ゾンビ企業」への対応を見ることで、今後の方向性が判断できるわけだ。

 TPPへの参加と、霞が関に対する官邸主導の確立、そして弱い企業を支えてきた産業政策との決別。この3つが時間とともにはっきりし、アベノミクスの本質が「改革路線」であることが誰の目にも明らかになってくれば、市場はそれを好感するに違いない。

小泉純一郎首相(当時)が改革を掲げて戦った2005年9月の「郵政選挙」の直前に1万2,692円だった日経平均株価は、選挙で圧勝した後、急上昇を続け、2006年4月には1万7,563円を付けた。半年で4割近くも上昇したわけだ。金融緩和だけで1万1,500円まで来た今の株価に、改革期待が加われば、4割上昇としても短期のうちに1万6,000円台に乗せてもおかしくない計算になる。

 もちろん、3本目の矢が尻すぼみに終わり、公共事業に依存する「古い自民党」が復活するようなら、世の中の期待が一気にはげてしまうリスクもある。まずは3つの試金石として指摘した懸案を安倍首相がどうさばいていくのか、その手腕に注目していくべきだろう。