公取委員長人事と「官民ファンド」

あまり注目されませんが、公正取引委員会の「競争政策」のあり様によって、アベノミクスの成長戦略に大きな影響を与えることになるとみています。国の補助金で生きるゾンビ企業・業界が、まっとうに努力している企業・業界の足を引っ張っている現状を打破するのに、強い公取が大きな役割を果たすはずだと期待しています。FACTAの連載コラムに書いた記事を、編集部のご厚意で再掲します。「監査役 最後の一線」というタイトルコラムは、監査役の話を書くという意味ではなく、監査役の方々に頭の体操をしていただくための材料提供という意味が込められています。最近、磯山さんが社会の監査役っていう意味でしょ、と言われることが多いのですが、そうではありません。オリジナルページ FACTA⇒ https://facta.co.jp/article/201303038.html

長い間、空席となっていた公正取引委員会の委員長人事がようやく動き出した。2月8日、政府は、財務省の元次官である杉本和行氏を充てる案を衆参両院の議事運営委員会理事会に提示した。もともと、昨年秋の段階で政権の座にあった民主党は、杉本氏を委員長に内々定しており、自民党が提示した杉本案に反対する理由はないのだが、事前報道があったことで輿石東参院議員会長が横ヤリを入れ、民主党は拒否して退席した。

前任の竹島一彦氏が10年間務めた委員長の職を任期満了で退任したのは昨年9月末のこと。それから4カ月もの間、委員長空席のまま放置されてきた。しかも委員の1人も欠員になっており、定員5人の委員会に3人しかいない異常事態が続いていた。「ねじれ国会」で人事案が国会の同意をすんなりとは受けられない状況だったというのは口実だろう。民主党自民党も、委員長不在が大問題だとはまったく思っていなかったことを図らずも示した。今回のトラブルも日銀総裁人事が主眼のねじれで、公取委員長人事はそば杖なのだ。

経済再生を最優先課題として掲げる安倍晋三首相にしても、就任から1カ月以上も委員長の空席を放置してきたわけで、公取委が担う競争政策と経済再生は関係がないと考えているのだろうか。あるいは、安倍首相が掲げるアベノミクスにとって公取委は邪魔になるとでも考えたのだろうか。

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というのも、昨年来、公取委のあり方をめぐって、ある議論が起きていたからだ。国が民間企業にカネを出すのはどこまで許されるのか、という議論である。

それにはきっかけがあった。昨年9月に再上場を果たした日本航空JAL)に自民党が激しく噛み付いていたのだ。債務超過に陥って経営破綻したJALが政府の膨大な支援を受けて再生することで、健全経営を続けてきた同業他社が競争上不利に立たされるのはおかしい、というのが自民党の主張だった。民主党政府はJAL会社更生法を適用して、5215億円の債務免除を受けさせる一方、3500億円の公的資本を注入していた。

再上場で一段と競争力を付けることになるJALに、ライバルの全日本空輸ANA)が反発。猛烈な勢いで自民党議員や霞が関などにロビイングをかけた。そんな経緯があって、国の支援と公正な競争市場の維持という新しい問題に焦点が当たったのだ。

当時、委員長だった竹島氏を自民党が国会に呼んだ際、竹島氏は国と企業の関係について、こんな答弁をしていた。

「国家補助というのは個別企業にしてはいけないというのが、これは常識だと思います。したがって、それを覆す例外としては、よほど大きな公益上の要請がある(場合に限られる)。その程度はともかくとして、(国家補助が)競争を歪めることは当然であります」

つまり、民間の競争を歪めるような国の補助は一部の例外を除いて認められないという見解を示したわけだ。

この点、いくつもの国が集まって出来上がった欧州連合EU)の場合、国の補助金に対する競争法の規制は厳しい。ある国が自国企業を有利にしようとして補助金を出せば、EU域内全体の競争条件が歪んでしまう。域内各国の企業が同じ条件で競争できるように、国の支援を原則として禁止し、例外を明示したルールを定めているのだ。

一方で、補助金行政が染みついている日本にはこれまで明確なルールがなかった。各省庁はいとも簡単に、所管する企業を助ける補助金を生み出している。その傾向は近年ますます強まっている。

アベノミクスが「大胆な金融緩和」「機動的な財政出動」と並び三本の矢の一つとして掲げる「民間投資を喚起する成長戦略」。その具体策として出てきたのが「官民ファンド」だ。政府が出資して設立した株式会社の機構がサブファンドを通じて民間企業に投資する。ルネサスエレクトロニクスを買収した株式会社産業革新機構が先行事例で、様々なファンドの設立に各省庁が動いている。

農林水産省は2月に株式会社農林漁業成長産業化支援機構を設立、農業の高付加価値化などに取り組む民間企業に出資を始める。さらに、経産省クール・ジャパンファンド、環境省は温暖化防止ファンド、国交省は耐震化不動産ファンドなどを設立準備中だ。こうしたファンド(機構)が窓口となって、民間企業に国のカネが投入されていくことになるわけだ。

各省庁が競って官民ファンドを設立しているようにみえるが、実は仕掛け人は財務省である。民間企業が剰余金を手元に溜め込んで新規投資をしないことが日本経済の成長を妨げているという分析から、国のカネを民間企業に投資させるための「呼び水」にしようという発想だ。また、従来のような出しっ放しの補助金ではなく、資金回収を建前とする投資にすることで、財政支出の効率化を図りたいという思惑もにじむ。

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この官民ファンドの構想自体は民主党政権時代から動いていたもので、本来はアベノミクスとは直接関係ない。だが、経済成長の着火剤に国のカネを使いたいという安倍内閣の方針と合致したのだ。

ところが、民間企業に直接、国のカネを入れることによる副作用については、ほとんどと言ってよいほど語られていない。一部の企業に国のカネが入れば、本来あるべき民間の公正な競争状態が歪むのは当然だ。さらに、国のカネが入った官立企業ばかりになったら経済の活性化などおぼつかないことは、社会主義国の失敗を見るまでもなく、歴史の教訓だ。

公取委竹島前委員長は、「吠えない番犬」と言われた公取委の権限を強化し、「吠える犬に変えた」人物として知られる。談合を自ら通報した企業に対して、処罰を減免する「自主申告制度」を導入するなど、厳しい姿勢を取り続けた。公正な競争によって企業が切磋琢磨し、経済が成長するという考えが背景にある。

杉本氏は竹島氏と同じ財務省の出身だが、公取委員長に就任すれば、竹島氏の残した大きな宿題に直面することになる。「官民ファンド」に旗を振る古巣にはばかることなく、官と民のあり方に目を光らせることができるか。次期委員長は、その手腕が注目されることになる。