“期待外れ”の成長戦略に埋め込まれた 「岩盤規制」を破る道具が「国家戦略特区」

乱高下を続ける株価ですが、外部要因に振り回される度合いが落ちたような感じがします。急激な円高や、米国株の急落、中国株の急落などでも、下げた後、下値に買いが入っているようで、案外底堅い。久しぶりに日本株を日本のファンダメンタルズで買うムードになってきたのでしょうか。安倍首相は改革に向けて力強い発言を繰り返していますが、問題は参議院選挙後に具体的にどう動くか。エルネオス7月号の連載でもそのあたりの話をふれました。
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破れなかった「岩盤規制」

 安倍晋三首相が推進する経済政策、いわゆるアベノミクスの「三本の矢」の三本目である「成長戦略」が六月十四日、閣議決定された。「チャレンジ」「オープン」「イノベーション」を掲げ、ヒト・モノ・カネを一気に動かす「アクション」の時だと強調した。安倍首相の力強い言葉は印象的だったが、市場の反応は冷淡だった。
 五月二十二日に一万五千六百二十七円を付けた日経平均株価は二十三日に一千百円安の急落となり、その後も乱高下を繰り返した。まとまりつつあった成長戦略への「失望」が売りの一因とされた。アベノミクスへの期待が大きかっただけに、その反動ともいえた。閣議決定された六月十四日には一万二千六百八十六円まで下げたのだ。安倍内閣が発足した昨年十二月二十六日の日経平均終値は一万二百三十円だったから、一時は五三%上昇したものが、二四%の水準まで下落したことになる。つまり日経平均株価で見る限り、五カ月での上昇分の半分が三週間で吹き飛んだのである。
 では、それほどまでに「成長戦略」の中身はひどかったのだろうか。
 たしかに、農業や医療、労働法制、コーポレートガバナンス企業統治)などへの踏み込みが足らなかったのは事実だ。こうした項目には、JAや医師会、連合、経団連と、いずれも反対する団体が明確なだけに、七月の参議院選挙を前に「敵をつくらない」ことが優先されたのだろう。成長戦略をつくった産業競争力会議の民間議員の中からも、「安倍首相は選挙を意識しており、選挙前には踏み切れない問題が多過ぎた」と語っていた。
 強力な反対勢力がいる強硬な規制を、産業競争力会議のメンバーである竹中平蔵慶応義塾大教授は「岩盤規制」と呼び、それを打ち破るには至らなかったと振り返った。成長戦略について演説するたびに株価を下げる市場の反応に安倍首相も焦りを隠せなかった。閣議決定した成長戦略について「成長戦略は一つの通過点。さらなる高みを目指して、絶えず発展させていく。いわば『成長戦略・シーズン2』に向けた、スタートです」と述べ、本来は六月で解散する予定だった産業競争力会議の延長を表明した。

規制改革の実験場

 さらに、「規制改革こそ成長戦略の『一丁目一番地』」だとし、「時には国論を二分するようなこともあるでしょう。(中略)成長のために必要であれば、どのような『岩盤』にもひるむことなく立ち向かっていく覚悟です」と述べた。竹中氏の「岩盤」と呼応しているのは疑うべくもなかった。では、安倍首相は本気で岩盤規制を打ち破ろうとしているのか。
 実は、岩盤に穴をあける「道具」が、成長戦略の中に埋め込まれている。それが「国家戦略特区」だ。国全体としてはなかなか撤廃できない「岩盤規制」を、ある特定のプロジェクトに限って認め、規制改革の突破口にしようという狙いだ。小泉純一郎内閣当時の二〇〇三年に「構造改革特区」が制定され、すでに地方自治体によってさまざまな特区が設置されたが、これをさらに戦略的に運用しようという発想である。これまでどちらかというと地域活性化が目的になっていたものを、大胆な規制改革の実験場にするという明確な方針を打ち出す。詳細は産業競争力会議の下に設置された「国家戦略特区ワーキンググループ」で検討中だが、発表された成長戦略の報告書の中にも、「優先的に取り組むべき規制・制度改革項目」としてワーキンググループでの議論が例示されている。
 例えば「居住環境を含め、世界と戦える国際都市の形成」という目標を設定、具体的な政策として、①都心居住促進のための容積率・用途等土地利用規制の見直し、②外国人医師による外国人向け医療の拡充、③インターナショナルスクールに関する設置許可条件等の見直し、といったものを掲げている。国際的な立地競争力を高めるのを邪魔している規制を一気に撤廃してしまおうというわけだ。
 世界のビジネスマンが居住しやすい町をつくろうと思えば、医療や教育の充実は不可欠だ。外国人医師の日本国内での医療行為を認めようとすれば、当然のことながら医師会は猛烈に反対する。それを、プロジェクトを限って一定の地域に認めてしまおうというわけだ。インターナショナルスクールの規制緩和も同様である。

強烈な霞が関の抵抗

「日本が本気で改革する姿勢を内外にアピールし、本当に物事を動かしていくためには、スピード感をもって規制・制度改革やインフラの整備を実現してみせる必要がある」
 成長戦略には、こう「国家戦略特区」の狙いが書かれている。首相を議長とする「国家戦略特区諮問会議」を設置して全体の方針を決めるほか、特区ごとに、所管大臣と地方自治体の首長、民間事業者からなる「統合推進本部」を置く方向で議論が詰められている。諮問会議で大枠の許可を得れば、国と地方、民間からなる「推進本部」で規制の緩和などが決められる仕組みを狙っている。
 これは規制改革を推進する〝地方政府〟のような存在になり得る。いちいち中央官庁にお伺いを立てずに、政治主導だけで権限を地方に委ねることになるかもしれない。
 国家戦略特区で「風穴」が空くことで、その規制が全国的に撤廃されていくことを狙うわけだが、当然のことながら霞が関は反対する。諮問会議や推進本部の位置付けなどを明確化するための法案が秋の臨時国会に出されることになるが、霞が関は骨抜きを画策するにちがいない。特区で勝手に規制が撤廃されることになれば、省庁の存在意義にかかわってくるからだ。
 そんな抵抗を押し返して、岩盤に穴を空けることができるかどうか。安倍首相のリーダーシップにかかっている。