決まらない「エネルギー基本計画」---安倍内閣の命取りにもなりかねない「原発」への取り組み

安倍内閣の「原発再稼働」に向けた姿勢は、経済成長のためには一気にゼロにはできないので、絶対安全と言えるものだけを動かしていく、という「消極的原発容認」ではないかと見る人が多かったのではないでしょうか。野党時代とはいえ、自民党安全神話に基づいて原発を推進してきたことを反省していたからです。ところが、年末に素案が出てきた「エネルギー基本計画」には原発は「重要なベース電源」だと書かれています。素直に読むと「積極的原発推進」に読めるのです。都知事選まで「反原発」が焦点になった今、原発に対する安倍首相の姿勢が、安倍内閣の支持率に大きく影響するのは間違いなさそうです。

講談社などが運営する「スマート情報局」サイトに書いた記事です。→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/38144


原発に対する中長期的な位置づけをどうするか

国のエネルギー需給に関する基本政策を定める「エネルギー基本計画」が決定できない状態が続いている。

本来なら2013年中に改定すべきものだったが、手続きが遅れ、政府は1月中にも閣議決定する予定としてきた。ところが、基本計画の素案に政府内や自民党内からも異論が噴出。東京都知事選の争点が「脱原発」になってきたこともあり、2月9日の都知事選投開票後までは事実上、閣議決定を見送らざるを得なくなっている。

日本のエネルギーを今後どう賄っていくのか。国の将来を大きく左右する問題だが、安倍内閣の命運も左右しかねない問題になっている。

「与党側から時間をかけてしっかりと調整してほしいとの要望があった」
「責任あるエネルギー政策を策定するためには徹底した議論が必要だ」

1月10日、定例記者会見に臨んだ菅義偉官房長官はこう語り、エネルギー基本計画の閣議決定を先送りする意向を示唆した。

細川護煕・元首相が「原発即時ゼロ」を掲げて都知事選に立候補。同様に「原発ゼロ」発言を繰り返している小泉純一郎・元首相が細川氏を応援する方針を明らかにしたことで、にわかに原発の扱いが政治の焦点となり、エネルギー基本計画の閣議決定どころではなくなったのだ。

というのも、経済産業省総合資源エネルギー調査会基本政策分科会が昨年12月上旬にまとめた基本計画の素案では原子力についてこう書かれていたのだ。

「燃料投入量に対するエネルギー出力が圧倒的に大きく、数年にわたって国内保有燃料だけで生産が維持できる準国産エネルギー源として、優れた安定供給性と効率性を有しており、運転コストが低廉で変動も少なく、運転時には温室効果ガスの排出もないことから、安全性の確保を大前提に引き続き活用していく、エネルギー需給構造の安定性を支える基盤となる重要なベース電源である」

原発を積極的に活用していくと読める文章だ。

今回のエネルギー基本計画の見直しの焦点は、民主党政権が2012年秋に決めた「2030年代に原発稼働ゼロを可能とするためにあらゆる政策資源を投入する」とした方針の撤回だった。それだけに、安倍内閣原発に対する中長期的な位置づけをどうするのかが問われていた。

決定プロセスに政府内外から批判の声

原発を「重要なベース電源」と位置づけた素案には批判が相次いだ。東京電力福島第一原子力発電所の事故がいまだに収束していない中で、福島県民ばかりではなく、自民党の中からも異論が出たのだ。

素案に対して経済産業省は一般からの意見を募集したが、12月6日から1月6日までの募集期間に1万9000件もの意見が集まった。その中には原発について「安全性向上のためのリプレイス、安全が確認された原発について40年を超えて稼働させること」などを求めた日本商工会議所などの「原発推進」の意見もあったものの、多くは原発に反対する意見が占めたとみられている。

エネルギー基本計画の策定に当たっては、一般からの意見(パブリック・コメント)の公募が法的に義務付けられているわけではない。公募意見の内容を集計する前に、基本計画を閣議決定してしまう方針だったが、あまりにも意見が多く寄せられたことから無視できなくなった格好なのだ。

公募意見の集計結果も公開していない。菅官房長官の会見でも、公募意見の扱いについて、「参考にさせてもらう」と述べるに留めていた。

こうした基本計画の決定プロセスについて、政府内からも批判の声が上がった。内閣府に置かれている「原子力委員会」は1月9日、「国民に丁寧に説明すべきだ」などとする見解を出した。脱原発を求める国民の意見が多くある状況を、「正面から真摯に受け止めるべきだ」と指摘したうえで、「原発の運営体制は、重要な電源として維持・活用していく観点から最適といえない」とした、という。

自民党内からも異論が出た。河野太郎議員などがメンバーの自民党エネルギー政策議員連盟が、素案の抜本的な見直しを求めているのだ。

ポイントは、原子力政策を推進してきた自民党は、安全神話に依拠し過ぎてしまった結果、福島の惨禍を招いたことを深く反省すると総括したのではなかったのか。「早期に原子力に依存しなくても良い経済・社会構造の確立を目指す」と結論づけ、2012年の総選挙の公約にも盛り込んだのではなかったのか、というのである。

自民党の総務会などでも議論され、若手議員を中心に多くの議員から、「原発をベース電源とする」基本計画を拙速に決定すべきではない、という声が上がった。さすがに党内の声を安倍内閣も無視できなくなったのだ。

そこへ細川氏が「脱原発」を掲げて都知事選に立候補を決めたのだからたまらない。さらに今でも国民的な人気を保持している"身内の"小泉氏が加わったのだから、安倍内閣が危機感を抱くのは当然だ。

大きく転換しつつあるエネルギー構造

民主党政権で3人目の首相となった野田佳彦氏が支持率低下に苦しんだきっかけは原発の再稼働問題だった。毎週金曜日に首相官邸前で行われた反原発デモはボディーブローのように効いた。

官邸前に集またのは特定の団体に扇動された人たちよりも、インターネットなどで動きを知った子連れの主婦など普通の国民の姿が目立った。「自分たちの支持者だと思っていた層に見限られた感じがして辛かった」と当時の野田内閣の閣僚は振り返る。安倍首相は国民の高い支持に支えられているからこそ、国民の離反を恐れているのだ。

経産省内にも「福島が収束しない中で、踏み込んで原発推進を書くのはまずい」という声があった。推進派からすれば、「基盤となる重要なベース電源」という位置づけもギリギリ抑えた表現だったとも言える。しかも「政策の方向性」には「原発依存度については、省エネルギー再生可能エネルギーの導入や火力発電所の効率化などにより、可能な限り低減させる」とも書かれている。

推進派からすれば、何とか実現したい「原発の新設」については触れるのを避けている。書かないことで、「新設はしない」とも言わない点に意味を持たせた。老朽化した原発の敷地内で立て替える「リプレイス」も、経済団体の意見書として代弁させるのが精一杯だった。

「2030年代原発ゼロ」を撤回するのが先決だったのだが、「基盤となる重要なベース電源」というひと言で大きくつまづいた。強硬な原発反対派ばかりでなく、中間的な国民にまで「原発回帰を狙っているのではないか」という疑念を生じさせてしまったのだ。

もちろん、エネルギー基本計画の素案には、原発の位置づけや方針だけが書かれているわけではない。再生可能エネルギーの拡充策や、熱供給システム改革の推進、LPガスコージェネレーションの推進など、原発への依存を引き下げる方策は盛り込まれている。

一朝一夕に、原子力や石油への依存を前提としたエネルギー構造は変わらない。だが、震災をきっかけに大きく構造転換しつつあるのは事実だ。その点は素案にも指摘されている。

東日本大震災後、エネルギー消費は2010年から2012年にかけて4.2%減少したが、電力消費が8.0%減少する一方で、コージェネレーションの発電容量は2.7%増えており、「電気料金上昇の影響が、産業・業務部門におけるコージェネレーションの増加という形で、エネルギー利用の在り方に変化をもたらしている」と指摘しているのだ。原発がなければ産業界のコスト負担が上昇するという単純な図式ではないかもしれないということだ。

安倍内閣アベノミクスで、経済再生を第一に据えてきた。だからこそ、中長期的には原発依存を減らすが、コスト上昇を避けるには安全性が確認された原発の再稼働はやむを得ないというのが理屈だった。それだけに、原発活用を積極的に進めるように読める基本計画素案への反発が広がったのだろう。

安倍内閣原発問題に中途半端に向き合えば、政権の命取りになる可能性があるだけに、今後、素案の修正が焦点になりそうだ。