ハイヤー配車の米ベンチャー「Uber」は、日本のタクシー業界の「サービスの黒船」となる

世界で急成長しているハイヤー配車の米ベンチャーが東京でも本格的にサービスを始めました。一方で日本では「タクシー減車法」が施行され、規制強化の動きになっています。「安くてそこそこ良いもの」から「高くてもより良いもの」へ。デフレ時代からインフレ時代への転換を先取りしているようにも思えます。さて、日本でも消費者の支持を得られるかどうか。現代ビジネスに原稿が本日アップされました。是非ご一読ください。オリジナルページ→ http://gendai.ismedia.jp/articles/-/38566


「ウーバー(Uber)は黒船ではありません」

ハイヤー配車ベンチャーの米ウーバーが3月3日、東京でのサービスを本格スタートさせたが、その発表会見で挨拶した在日米国大使館のアンドリュー・ワイレガヤ商務公使はこう力説した。

スマホで配車」東京が81都市目となる「業界の破壊者」

ウーバーの配車サービスは、スマートフォンハイヤーを呼び、目的地までの料金が事前登録したクレジットカードで決済される仕組み。2010年に米国サンフランシスコで始まったが、瞬く間に世界主要都市に広がり、今回の東京で31か国81都市となった。

これまでも各国で既存のタクシー会社とぶつかっており、日本でも事前の報道で「タクシー業界の破壊者」などと紹介されてきた。折しも日本ではタクシー台数の規制を強化する「タクシー減車法」が施行されたばかり。ワイレガヤ氏の発言は、なるべく業界を刺激したくないという思いが透けてみえた。

ウーバーはパートナーと呼ぶ高級リムジンの運転手と契約を結び、スマートフォンのアプリを通して配車している。利用者は事前に運転手の写真や他の顧客の評価を見て選べるうえ、事後にも評価できるため、安全・安心な高級リムジンサービスをタクシー感覚で利用できる点が受けた。

日本ではタクシーの規制が厳しいこともあり、運営会社のウーバー・ジャパンは第二種旅行業として登録。既存のハイヤー会社などと提携してハイヤーと運転手を提供してもらう仕組みとした。

つまり、旅行会社が客のためにハイヤーを手配しているに過ぎないという形をとっている。ウーバーはあくまでハイヤー会社と消費者をつなぐ仲介サービスに徹して、タクシー会社と共存共栄を図るので、黒船批判は当たらないというわけだ。

到着時間とサービスの良い運転手で乗る車が選べる

スマートフォンのタクシー配車サービスは日本でも多くのタクシー会社が行っている。ウーバーはハイヤーを呼べるということもあるが、アプリで得られる情報にも工夫が凝らされている。

呼び出したい地点を指定すると画面の地図上に周囲にいるハイヤーの運転手の氏名や写真、ナンバーなどが、到着予想時間と共に表示されるのだ。

タクシー運転手のサービスの質が低く、時に危険すら感じることもある米国大都市などで、ビジネスマンや旅行客などから高い支持を得た。ウーバーのアプリを登録しておくと、海外に行った時も、サービスを提供している都市なら利用できる。

東京で始まったサービスは都心部の六本木、渋谷、恵比寿。品質志向の強い消費者の多い地域からスタートさせた。黒塗りの高級車で、東京での料金は、基本料金が100円で1分ごとに65円、1kmごとに300円(最低料金は800円)。

当然、タクシーよりも高いが、高級感あるサービスを気軽に受けることができる。料金はクレジットカードで自動決済されるので財布を出す必要もない。

また、スマホにメールで領収書が送られてくるほか、利用したサービスの評価をスマホの画面上で行い、フィードバックされる。サービスの良い運転手の評価が上がり、さらに利用が増えるという市場原理による選別が働く。

東京を訪れる外国人旅行者が急増しているうえ、2020年の東京オリンピックを控えて、ビジネス客なども増加が見込まれる。ウーバーは海外でのユーザーが日本に来た際の利用が拡大すると見ている。

再び規制が強まっているタクシー業界

ではウーバーは本当に日本のタクシー業界にとって「黒船」ではないのか。米国などではタクシー会社や運転手団体との間で訴訟が起きているが、多くの場合、タクシー免許を得ていない車や運転手を「パートナー」として使っているから。

日本ではこうした紛争を回避するために正規の認可を得たハイヤー会社と提携した。もっとも、契約している会社名や車の数、収益金の分配方法などについては明かしていない。もちろん、新参者のウーバーに協力するハイヤー会社が同業から攻撃されるのを懸念してのことだろう。

日本のタクシー規制は大きく分けて2つ。1つは台数規制で、もう1つが料金規制だ。小泉純一郎首相が主導した構造改革の中で、2002年にタクシーの規制は大幅に緩和され、新規参入や増車が自由化された。

ところが、その後、車が増え過ぎた結果、運転手の収入が減ったとして規制強化を求める動きが広がり、今年1月27日にタクシー減車法が施行され、規制が逆に強化された。

2つの規制のうち、台数制限については、国土交通相が「特定地域」に指定した“過当競争”地域では、事業者や首長らで構成する「協議会」で決めれば、タクシーの営業台数を削減させたり、新規参入や増車を禁止したりできるようになった。

また、料金規制についても、タクシー会社は国が定めた範囲内で料金を決めなければならなくなった。下限を下回る料金に対しては国が変更命令を出せるようになったのである。大阪などで広がった格安タクシーなどが「違法」になったのである。

「高くても良いサービス」への需要を掘り起こす

では、ウーバーのサービスは日本の規制に風穴を空ける黒船にはならないのか。

ウーバーが言うように、同社が参入しても、契約タクシー会社の車・運転手を使うので、ハイヤーやタクシーの台数が変わるわけではない。台数規制には当面影響を与えないということだろう。

料金はどうか。安い価格の競争を狙っているわけではないので、これも規制の範囲外になることはないだろう。

だが、最終ユーザーをつかんだウーバーが価格決定権を早晩握ることは間違いない。国による料金の許認可が空洞化することはあるかもしれない。

そして、最大のポイントは質の競争が起きることだろう。タクシーからハイヤーへ、ハイヤーの中でもウーバーの評点が高い車と運転手へと顧客が流れていく可能性はある。そうなると規制に安住していたサービスの質の悪い運転手やグレードの低い車が排除されていくことになるかもしれない。

国土交通省のタクシー規制の伝統は、一定幅の価格で均質なサービスを提供するというものだった。タクシー乗り場や、町中でタクシーに乗車する際にサービスの質で選別することは難しかった。

ウーバーの配車アプリは質によって顧客が車や運転手を簡単に選別できるようになる。安い料金で良いサービスをというこれまでの日本の「常識」が、ウーバーによって、「高くても良いサービス」を求める層の新たな需要が掘り起こされる可能性は十分にありそうだ。

タクシー・ハイヤー業界に発想の転換を迫ることだけは間違いなさそうで、そういう意味では「黒船」だとも言えるだろう。