シェアリングエコノミーは広がるか 「民泊」と「ライドシェア」の行方

民泊やライドシェアといった「シェアリング・エコノミー」と呼ばれるサービスが世界で広がっています。民間の新しい活力を経済にもたらす一方で、専門業者によって長年独占されてきた既得権を破壊することになります。それだけに総論賛成、各論反対になるわけです。安全確保のためや混乱を回避するためのルール整備は必要ですが、ともすると参入規制になりかねません。週刊エコノミスト12月15日号に書いた原稿です。

シェアリングエコノミーが注目されている。今後日本で広がるためには、政治のリーダーシップが不可欠だ゙。

10月20日首相官邸4階にある大会議室で、国家戦 略特区諮問会議(議長・安倍晋三首相)が開かれた。安倍首相が「規制改革の突破口」と位置付ける特区の指定や、特区で取り組む事業の認定、規制改革項目の追加などを行う「改革の司令塔」である。会議は議長である安倍首相の発言で締めくくられるが、この日も発言を前にテレビカメラや新聞記者などメディアの入場が許された。

首相発言の狙い

こうした会議での首相の発言は重い。事務方は「首相に何を言わせるか」で時につばぜり合いを演じる。かつては、霞が関が用意したペーパーと、民間議員が中心になってまとめたペーパーが首相の前に同時に出されたこともあったという。メディアの前での首相による“公式”発言が、その後の政策の流れを大きく左右していくからだ。

この日、安倍首相はこう語った。「旅館でなくても短期に宿泊できる住居を広げていく。過疎地等での観光客の交通手段として、自家用自動 車の活用を拡大する。(中略)石破(茂)担当大臣と民間有識者の皆様には、引き続き、規制改革メニューの大胆な拡大と指定区域の追加について、精力的なご議論をお願いしたい」
前者の「宿泊できる住居」とは、今急速に広がりつつある一般の民間住宅を使って宿泊施設にする「民泊」のこと。後者の「自家用自動車の活用」とは、自家用車を使って有償で人を運ぶ「ライドシェア(相乗り)」のことを指している。ともに、個人 が相互にサービスを提供する「シェアリングエコノミー(共有型経済)」 と呼ばれる新しいビジネス形態の代表格である。安倍首相は経済成長の起爆剤として、シェアリングエコノミーの活用を打ち出したわけだ。
 首相にここまで踏み込んで発言させたのは、官邸改革派の勝利とも言えた。特にライドシェアについては、タクシー業界の反発を受けて、国土交通省が最大の抵抗勢力になっている。実際、この日の会議の前半でも、民間議員の八田達夫大阪大学招聘 教授から、「議論が続いている事項」として紹介があり、「引き続き、関係省庁と折衝し、速やかに結果が出るよう取り組んでいく」としていた。

 「引き続き折衝」は、霞が関用語では「すぐには実施せず、検討を続ける」意味だと理解される。それを首相がいきなり「拡大する」と明言したのである。大手紙が「ライドシェア解 禁」とフライング気味の記事を書いたのも無理はない。
 首相は、民泊やライドシェアを拡 大する理由として、「日本を訪れる外国の方々の滞在経験を、より便利で快適なものとしていく」ことを挙げた。あくまで外国人の需要を賄うために、特区だけで認定するとしたのだ。
だが、現実にこうしたシェアリングエコノミーへの需要があるのは、過疎が進む中山間地などだ。都市部ではもともと需要が大きいため、旅館やホテル、タクシーやハイヤーといったビジネスが成立する。一方で、中山間地では人口が減少して経済のパイが小さくなり、従来のビジネスとしてのサービスが成り立たなくなっているのだ。
この会議に先立つ9月11日、特区の追加認定に向けたヒアリングが実施された。そこにシェアリングエコノミーの導入で地域を活性化させたいという提案が出された。提出した のは京都府京丹後市だ。
京丹後市北半分はタクシー業者がいない「空白地」になっている。現在は市が事業として乗り合いバス・タクシーを3台運行しているが、もちろんニーズに応えられているわけではない。そこで、特区になることで本格的なライドシェアを実現したいというのだ。
現在でも、特定非営利活動法人(NPO)などが空白地で有償運送することが特例として認められているが、株式会社は参入できない。これを特区で実現しようというのである。
同時に、同市の特区申請には「民泊」の活用も盛り込んでいる。市外からやってきた学生が市内を拠点に地域に密着した活動を行う「地域協働」の際に、ライドシェアを提供するとともに、一般住宅の空き部屋を 提供する「民泊」を拡大しようと提案している。
特区での「民泊」活用は、ライドシェアよりも一歩先を進んでいる。
特区諮問会議では、特区に指定されている東京都大田区に「民泊」を解禁することが認められた。個人宅やマンションの空き部屋を宿泊施設として利用し、営業することを特例として認める。大田区は区議会で関係条例を成立、16年1月から解禁する方針だ。
床面積が25平方メートル以上といった一定の条件を満たせば、旅館業法で義務付けられているフロントの設置などを満たさなくても、区の認定で正式営業できる。
実は大田区では既に、「民泊」が急拡大している。羽田空港に近いことから、宿泊費の安さや庶民生活を体験できるという点にひかれた外国人観光客が押し寄せているのだ。区内のホテルは満室状態が続いており、圧倒的に宿泊施設が足りない状況に 直面。不法な民泊業者が100軒以上営業しているとされる。実態が先行しているわけだ。

民泊は広がるが......
 民泊は今、急速に全国に広がっている。インターネットを使って個人の住宅などを宿泊施設として仲介する米企業「Airbnb(エアビー アンドビー)」のビジネスが急拡大しているのだ。もちろん、既存のホテルや旅館など事業者の不満が大きい。旅館業法や消防法にのっとった 施設整備や、保健所などによる厳しい衛生規制をクリアして営業しているのに、規制を無視した民泊が参入してくるのはけしからん、というわけだ。
だが、若者を中心に、ネットで簡単に予約でき、宿泊料も安い民泊への支持は大きい。特区ということで 大田区で解禁されるが、これを「突破口」に一気に適用範囲が広がっていく可能性はある。
民泊に比べ、都市部でのライドシェアの解禁はハードルが高そうだ。世界50カ国以上でタクシーの配車サービスやライドシェアを実施し、シ ェアリングエコノミーの代表格であ る米ウーバー・テクノロジーズは、日本では規制の壁に阻まれて苦戦している。
ウーバー・ジャパンは 年3月、日本でも「ライドシェア」サービスを実施しようと、福岡市と周辺市町で実験的にサービスを実施した。需要を見極める情報収集だとして、ドライバーにはウーバーが報酬を支払い、利用者は無料というサービスだったが、国土交通省からストップがかかった。無許可の運送に当たるとされたのだ。
タクシー業界の猛烈な反対が背後にあったのは想像に難くない。だが、シェアリングエコノミーを拡大していくうえで、最大の抵抗勢力は間違いなく「霞が関」である。
シェアリングエコノミーの特徴は、ネットなどIT(情報技術)を活用して、サービス提供者を顧客が評価することにある。つまり、きちんとしたサービスを提供しない人は、顧客の評価によって「排除」されていくのだ。競争原理で質を維持していくわけである。
一方、霞が関の行政手法は、一定の条件を満たした人に「営業免許」を与えるというもの。参入規制を厳しくすることで品質維持を狙うわけだ。シェアリングエコノミー型と霞が関規制型は究極の対立モデルと言えるだろう。極端な話、シェアリングエコノミーを推進すれば、霞が関の規制はどんどん不要になり、官僚自体もいらなくなる。そんな改革を好んですすめる官僚は稀有だ。
 民泊やライドシェアをめぐるトラブルや犯罪の報道が増えている。うがった見方をすれば、今後、シェアリングエコノミーを否定するネガティブキャンペーンが霞が関主導で繰り広げられることになるかもしれない。一定の品質を維持するために規制は必要だというムードを作らなけ れば、自らの存在意義がなくなってしまうからだ。
だからこそ、シェアリングエコノミーが拡大する世界の潮流に乗り遅れないためには、政治の強いリーダーシップが不可欠になる。