安倍内閣ほど株価を意識している内閣はないかもしれません。デフレ脱却の政策の筆頭に掲げているのですから当然と言えば当然ですが、2年目に入って海外投資家の売りが止まらないことにヤキモキしているようです。では、どんな手を打てば、海外投資家が再び日本株を買い始めるのでしょうか。日経ビジネスオンラインに掲載された記事です。オリジナル→ http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140410/262689/?P=1
海外投資家の日本株売りが止まらない。財務省が4月8日に発表した2014年3月の「対外および対内証券売買契約等の状況(指定報告機関ベース)」によると、海外投資家による日本株の投資は1兆2337億円の売り越しだった。海外投資家の売り越しは今年1月から3カ月連続となった。
ウクライナ情勢など国際情勢の不安定化なども要因には違いないが、相対的に日本株の下げの大きさが目立っている。海外投資家は昨年1年間で15兆円あまりも買い越しており、とりあえず利益を確定しておこうという動きが強まった結果だとされる。だが一方で、期待してきたアベノミクスの成果が今ひとつ見えてこないことに海外投資家が苛立ち、日本株を売っているという見方もある。
さすがに海外投資家も下値を売りたたいて来ることはないと見られ、新年度に入った4月3日には日経平均株価は1万5000円台を回復したが、それも束の間。再び軟調な場面が続いていることから、海外投資家の売りが一巡したとはまだまだ言い切れない。株価の動向を強く意識しているとされる安倍晋三首相や菅義偉官房長官らは、海外投資家にアピールできるアベノミクスの成果づくりに躍起になっているという。
首相官邸のホームページでは「前進するアベノミクス」と題して、安倍政権のこの1年の成果を強調しているが、そこにはこんな項目が並んでいる。
■近年まれにみる水準の給料アップが実現
■法人実効税率の引き下げが実現
■平成25年度補正予算・平成26年度予算の早期実施
■国家戦略特区の指定区域案を提示
■建設分野における外国人材の活用
といった具合だ。
確かに強い反対を安倍首相が押し切る形で、国家戦略特区として農業分野における「規制改革の突破口」として兵庫県養父市、雇用分野の突破口として福岡市が選ばれるなど期待の持てるものも含まれるが、海外投資家に「アベノミクスは買いだ」と強烈に訴える結果にはつながっていない。
中でも海外投資家、特に年金基金や投資ファンドの関係者たちが最も注目しているのが日本のコーポレート・ガバナンス(企業統治)の改革の行方だ。日本企業は底力があるにもかかわらず、手元の資金を投資に回さず、低収益に甘んじているというのは海外投資家の共通した見方である。
ぬるま湯経営が収益性の足かせに
様々な原因が指摘されてきたが、経営者にプレッシャーがかからないぬるま湯の経営がこれを許しているという見方が多い。つまり、株主や投資家などの圧力が経営を突き動かす仕組みができることが、日本企業の収益性改善に直結するとの指摘が強まっている。
昨年6月に閣議決定された成長戦略「日本再興戦略」にも企業のガバナンス改革は盛り込まれていた。「コーポレートガバナンスを見直し、公的資金等の運用の在り方を検討する」と題され、①社外取締役の導入促進②日本版スチュワードシップコードのとりまとめ③公的・準公的資金の運用のあり方の見直し――が具体的な内容として記載されていた。
社外取締役については今国会に会社法の改正案が提出されており、審議中である。法律では社外取締役の義務付けには至らなかったが、社外取締役を置かないことが「相当な理由」を株主総会で説明することが求められており、谷垣禎一法相も「事実上の義務付けという評価は十分に可能」と国会答弁している。社外取締役設置に反対してきた企業も相次いで導入を決めており、これは大きく前進しつつある。
2番目のスチュワードシップコードとは、英国で2010年に制定されたもので、企業の株式を保有する機関投資家の行動規範として、資産運用の委託者の利益を実現するために、投資先企業が長期の持続可能な利益成長を達成するよう経営者に影響力を与えるなどの役割を果たすべきだという考えである。
金融庁が開いた2月の有識者会議で内容がまとめられたが、安倍首相からも「企業の持続的な成長を促す観点から、幅広い範囲の機関投資家が適切に受託者責任を果たすための原則について検討すること」という指示が出されていた。監督官庁である金融庁がコードを示したこともあって、生命保険会社など機関投資家はコードを遵守する方向に動いている。
3番目の公的資金の運用の見直しは、世界最大の年金基金である日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の運用体制の見直しなどが柱だ。国債での運用に偏っている年金運用資金を国内株式に回そうという思惑がある。
利害関係者すべてを改革しなければ機能しない
これらの3つの施策はいずれも着々と実行に移されつつあるが、コーポレートガバナンスの強化にとって不可欠なものだというのが安倍首相周辺の認識だ。
一見、それぞれは関係がないように見えるかもしれないので、簡単に説明しておこう。
日本版スチュワードシップコードによって機関投資家が株式を保有する企業に対して「モノ言う投資家」として行動するよう義務付けるのと同時に、取締役のあり方自体を、投資家など外部の意見を聞く体制に変えるために社外取締役の設置を促進するというわけだ。これに、日本最大のGPIFを機関投資家として運用能力の高い組織に変えていこうという狙いも加わっている。
要は、コーポレートガバナンスはどこか1つを改革すれば済む話ではなく、日本の会社を動かす様々な利害関係者(ステークホルダー)の円環をすべて改革しなければ機能し始めないということである。いくら社外取締役を入れても、大株主である機関投資家が「物言わぬ株主」のままでは何にもならないし、機関投資家自身が運用財産を増やそうという目的意識を持たない限り、企業経営に圧力をかけようという動機が生じない。
では、今、安倍内閣が取り組んでいる3つの具体策だけで、コーポレートガバナンスの円環は機能し始めるのか、というとそうではない。まだ欠落している部分、いわば「ミッシングリンク」が存在するのだ。
安倍内閣もそれに気が付いており、今年6月にもまとめられる「成長戦略見直し版」に盛り込むべく、自民党内で議論が始まっている。
そのミッシングリンクとはなにか。
昨年5月に自民党の日本経済再生本部がまとめた「中間提言」にその答えがある。ちなみに自民党の中間提言を土台にさらに検討が加えられ政府の成長戦略になったが、霞が関の反対などで盛り込まれなかったものもある。ミッシングリンクは、中間提言にあって、成長戦略にないもの、と言ってもよい。
中間提言にあって成長戦略にないもののうち、コーポレートガバナンスの強化にとって最も重要なものは「株式持合いの解消」だ。株式を相互に持ち合うことによってお互いが「物言わぬ株主」として行動することを暗黙のうちに了解している、それが日本の株式持ち合い構造だ。同じ株数を相互に持てば分かりやすいが、実態は複雑だ。
相変わらず多い株式の「政策保有」
相互会社が多い生命保険会社が企業の株式を持って「物言わぬ株主」として振る舞うケースもあるが、見返りは保険契約だったりする。銀行が企業の株式を「政策保有」するのも融資先であるケースが多い。こうした株式保有は広義の「持ち合い」で、今でも上場株の4割近くはこうした持ち合いで保有されているという見方もある。
これを解消して「物言わぬ株主」を排除しなければ、コーポレートガバナンス改革の円環は完成しないのである。自民党の中間提言には「株式持ち合いの解消、銀行による株式保有制限の強化」と題してこう書かれていた。
「ぬるま湯的な経営となりがちな株式持ち合い、銀行による融資に加え株式保有を通じた銀行資本による支配を通じ、新陳代謝が停滞しているのではないか。ドイツを見習い、株式持ち合い解消を促進し、引き締まった経営により、経済活動の活発化を図る」
持ち合いがコーポレートガバナンスを機能不全に陥らせていることが、企業の新陳代謝を停滞させ、経済活動を不活性化している、と指摘しているのだ。
ほかにもいくつか、円環が動き始めるために必要なものがある。コーポレートガバナンスのあり方全体を示すルール、いわゆる「コーポレートガバナンス・コード」が日本にはないのだ。日本版コーポレートガバナンス・コードを策定すべきだという声が自民党内や金融庁、取引所の間からも上がっている。
3つの会計基準が乱立、日本企業同士が比較できない
さらに、企業が投資家に示す財務情報にも問題が残る。現在、日本の決算書を作る際の会計基準は国際会計基準IFRS、日本基準、米国基準の3つが認められており、投資家が日本企業どうしを比較できない異常事態になっている。自民党の中間提言では国際会計基準IFRSの導入促進などが盛り込まれていたが、現実にはIFRSを採用する企業はまだ少数だ。
現在、自民党では昨年の中間提言の改訂作業が進んでいる。5月上旬にもまとめて、政府の成長戦略見直し版に間に合わせる方針だ。そこでは、前述の株式持ち合いの解消や銀行の株式保有制限の強化、コーポレートガバナンス・コードの制定、国際企業に対するIFRSの導入促進の強化などが、さらに具体的に盛り込まれる可能性がありそうだ。
ミッシングリンクをつなぎ、日本のコーポレートガバナンス改革を完成目標を高らかに宣言することで、海外投資家の目を日本株に再び向かわせる、というのがアベノミクス2年目のターゲットの1つになってきた。