「山吹色」医師らが製薬会社口封じ

製薬会社と医師の関係の「正常化」が少しずつ動き始めているようです。ファクタに連載しているコラムを編集部のご厚意で以下に再掲します。

2014年4月号 連載 [監査役 最後の一線 第36回]by 磯山友幸(経済ジャーナリスト)
オリジナル→http://facta.co.jp/article/201404006.html


「担当者が呼び出されて、ネットで個別情報を開示したら、お前のところの薬は使わないぞ、と言わんばかりの恫喝を受けています」

こう言って製薬会社の幹部はため息をついた。製薬会社は、業界団体である日本製薬工業協会のガイドラインに従って、医療機関や医師に支払っている研究開発費や原稿料、講演料などの公表を2012年度分から始めた。ところが、医師会などの猛反発に遭って、個別医師への「原稿執筆料」等の金額開示は1年先送りにされてきた。その開示が、3月末で終わる13年度分から始まるのだが、一部の医師から猛烈な横やりが入っているというのだ。

製薬会社から医師への、原稿執筆料や講演料といった名目での金銭提供は常態化している。国内最大手の武田薬品工業が公表した12年度の「企業活動と医療機関等への資金提供に関する情報」によると、1年間に支払われた「原稿執筆料等」は13億7099万円。大学病院の医師から町の開業医まで、幅広く網羅されている。すでに個別の名前は開示されているものの、金額は総額だけだ。この個別金額の開示を断固阻止しようという医師が圧力をかけているのだ。

東日本の大学病院のある教授は、次々にメーカーのMR(医薬情報担当者)を呼び出しては恫喝している、と業界内で話題になっている。一教授の恫喝など無視すればよいと思うが、実はこの教授の専門分野では今後数年、大型新薬の発売が相次ぐ予定なのだという。重鎮の教授ににらまれては売れる薬も売れなくなると、MRばかりか経営者も恐れおののいている。

¥¥¥

さすがに開示方針が決まっているものを撤回させることは難しい。そこで医師たちが主張しているのが「来社閲覧方式」の採用。ネット上では公開せず、わざわざ会社まで見に来た人にだけ見せろというのである。しかも、コピーや写真撮影は禁止にするという。昔、総会屋が華やかかりし頃、商法に規定された株主の権利である帳簿閲覧権を事実上封じるために「来社閲覧方式」をとっていた企業が多かった。要は、本音では情報公開したくないものを、形だけで誤魔化す手法である。

業界紙によると、医師たちの要求を呑んで10社を超える企業が「来社閲覧方式」にすることを決めたといわれるが、さすがに上場企業でそんなことをしたら、株主総会が乗り切れない。欧米ではすでに実施されている情報公開に「後ろ向き」と見られれば、外国人投資家に株式を売り浴びせられかねない。だから大手企業ほど頭を抱えているのである。

もともと製薬会社と医師の蜜月関係は長く続いてきた。製薬会社の営業は、自社の薬を使ってもらうために医師に接待を繰り返し、研究からプライベートまで資金が必要なら工面するのが当たり前だった。医師の学会があれば会場設営から、行き帰りの足の手配、夜の接待まで、製薬会社がアレンジするのが常識だったのだ。

さらに医師に高額の講演料やコンサルタント料を払うケースも少なくなかった。病院が購入した薬代の一定割合を医師にキックバックしていた時代もあるが、それが禁じられると、様々な手法で“利益供与”するようになった。その一つが焦点になっている「原稿料
・講演料」である。今でも講演料は有名教授ならば数百万円にもなるという。

そんな過剰接待や資金供与に業界団体自身がガイドラインを作って歯止めをかけようとしているのには理由がある。欧米のルールでは医師を買収して自社の薬を売り込むことは犯罪なのだ。米国の「海外腐敗行為防止法(FCPA)」や英国の「2010年贈収賄法」などは、自国企業に国外での贈賄や収賄など不法行為を禁じている。相手が公務員であるかどうかにかかわらず、職務上の不正を行わせることを目的に、相手に報酬を供与することは犯罪なのだ。10年3月には米国で、製薬企業が医師に支払った金銭の公表を義務づける法律が制定された。

医薬品の場合、購入には健康保険や国の補助金など公的な資金が使われる。それを医師への利益供与で掠め取るとしたら、医師への利益供与は一種の賄賂にあたる、という考え方ができる。日本にも外国の製薬大手が進出しており、米国や英国の製薬大手を中心に日本での資金提供についても情報開示することとしたため、日本の製薬会社だけが頬かむりすることはできなくなったのである。

11年1月に日本製薬工業協会が決めた「企業活動と医療機関等の関係の透明性ガイドライン」は、日本の「常識」に浸ってきたMRの現場や医師からすれば驚愕のルールだった。委託研究費や臨床研究費だけでなく、奨学寄附金や一般寄附金、原稿執筆料、講演料などがいずれも個別開示の対象になっていたからだ。

開示が始まった今になっても、医師会などが納得しているわけではない。「米国と違って日本は自主的なガイドラインに過ぎないのだから、従わなくても問題ないだろう」と製薬会社に迫っている、という。

¥¥¥

なぜ、そこまでして個別開示に一部の医師が反発するのだろうか。良い薬を生み出すために製薬会社と大学など研究機関が連携するのは当然だろう。費用のかかる研究を製薬会社が支えているとしても、それがすぐに不正になるわけではない。やましいところがないなら情報を公開して、堂々と資金提供を受ければよい、というのが欧米の情報開示の考え方だ。下手に隠せば、逆に「裏金」であることの傍証になりかねない。

外資系製薬会社の幹部は、「何としても個別開示させたくない医師は、何か後ろめたいものがあるのだろう」と言っている。特定の製薬会社から常識の範囲を超える金額を提供されていたり、実際には原稿を書いていないのに原稿料名目で金銭を受け取っているのではないか、というのだ。対価性のない資金を受け取っていれば、贈与税がかかる。「本音は税務署が怖いのではないか」と見ている。

日本の大手製薬会社の幹部の中には、「医師への接待や金銭提供で協力を求めないで、どうやって薬を売るのか」と真顔で話す人もいる。素人目には湯水のごとくつぎ込んでいるように見えるこうした経費も、すべて最終的には国民医療費に跳ね返ってきているのだ。

増え続ける日本の医療費を抑えるためにも、日本の製薬会社がグローバル企業へと脱皮するためにも、断固たる姿勢で情報開示を進めるべきだろう。