株式持ち合い解消、一気に加速へ アベノミクスの成長戦略が後押し

日経ビジネスオンラインに7月17日にアップされた拙稿です。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130321/245368/

 「持ち合い株、主要企業の6割が削減 昨年度、旧財閥系や金融も」――。日本経済新聞は7月16日付の朝刊1面トップでこう報じた。日経株価指数300の構成企業を対象に同紙が調査したものだ。

 持ち合い株を保有する281社のうち168社が2014年度中に保有銘柄の数を減らしていたという。住友商事保有していた新日鉄住金株8000万株を242億円で売却したほか、みずほ銀行富士重工業株830万株を331億円で手離し、三井住友信託銀行三井不動産株632万株を223億円で処分したことなどが例として挙げられていた。同紙は「持ち合い解消は最終段階に入って来た」と分析している。

 持ち合い解消はアベノミクスの成長戦略の隠れたターゲットだ。昨年6月に閣議決定した成長戦略「日本再興戦略 改訂2014」では、「日本企業の稼ぐ力を取り戻す」として、コーポレートガバナンスの強化がいの一番に掲げられた。そこでは柱として、コーポレートガバナンス・コードの導入が打ち出されたが、その中にこんなくだりがあった。

 「持ち合い株式の議決権行使の在り方についての検討を行うとともに、政策保有株式の保有目的の具体的な記載・説明が確保されるよう取組を進める」

 日本企業にガバナンスを効かせようとした場合、長年にわたって最大の障害であると指摘されてきたのが株式持ち合いだった。企業や銀行が相互に株式を保有することで、経営者が相互に「白紙委任状」を手にするに等しく、外部の株主や投資家の声が排除されることにつながっていた。経営に規律を働かせるには持ち合いを解消するのが先決だ、というわけだ。もちろん、こうした動きに経営者の集まりである経団連などは強く抵抗してきた。

「銀行の株式保有規制の強化」に強い反発

 昨年の成長戦略でもすんなり「持ち合い解消」が盛り込まれたわけではない。実は、この改訂2014のたたき台になった自民党の「日本再生ビジョン」ではさらに踏み込んで持ち合い解消を掲げていた。競争力強化のためのコーポレートガバナンス改革と題して、以下の6項目が並んでいた。

株式持ち合い解消、銀行等金融機関などの株式保有規制強化
株式持ち合いの抑制策導入、開示義務化の検討
株式持ち合い解消の株価への影響への対応
独立社外取締役の導入促進
コーポレートガバナンス・コードの制定
企業再生に関する法制度や実務運用の見直し
 銀行は現在、企業が発行する株式の5%まで保有することが許されている。米国などは銀行による株式保有は原則禁止されており、日本もこれに倣って銀行による株式保有の規制を強化すべきだとしたのだ。これには安倍晋三政権内部からも強い反発の声が上がった。

 中でも激しく反発したのが、改革の旗振り役であるはずの甘利明・経済再生担当相。成長戦略を取りまとめる責任者だ。その甘利氏は持ち合い解消を盛り込んだ自民党案に激怒したのだという。安倍内閣の中には、欧米型の市場主義ではなく、日本型の資本主義を目指すべきだという主張が根強くある。安倍首相自身も「瑞穂の国の資本主義」という言葉を著書や演説で使っている。どうやら、持ち合いの解消は、その瑞穂の国の資本主義に反するというのが甘利氏の考えだったようだ。

 結局、自民党案では具体的に書き込まれた持ち合い解消は、政府の成長戦略では、前述のコーポレートガバナンス・コードの中での検討項目として、わずかに記載されるだけに終わったのだ。

 だが、経済界の反対をよそに、持ち合い解消策は着々と盛り込まれていった。今年3月に金融庁東京証券取引所が共同事務局を務める有識者会議で「コーポレートガバナンス・コード」が決まったが、そこにも持ち合いについて書き込まれている。

 コードは上場企業のあるべき姿を示したもので、遵守(コンプライ)するのは義務ではない。だが、もし遵守しない場合にはその理由を説明(エクスプレイン)することが求められている。欧州などで広く使われている「コンプライ・オア・エクスプレイン」というルール体系だ。そのコードにはこう書き込まれた。

持ち合い株にも合理的説明が必要

 【原則1−4.いわゆる政策保有株式】

 「上場会社がいわゆる政策保有株式として上場株式を保有する場合には、政策保有に関する方針を開示すべきである。また、毎年、取締役会で主要な政策保有についてそのリターンとリスクなどを踏まえた中長期的な経済合理性や将来の見通しを検証し、これを反映した保有のねらい・合理性について具体的な説明を行うべきである。上場会社は、政策保有株式に係る議決権の行使について、適切な対応を確保するための基準を策定・開示すべきである」

 持ち合い株式の経済合理性を説明せよ、というのである。これは企業経営者にとってかなり厳しい。持ち合いによっていわば資本を相互に「寝かせ」ているわけだが、それに見合う効果が株主にとってあるかとなると、かなり難しい。何せ、本音は経営の白紙委任で、お互いの経営者がフリーハンドを得るための効果しかないからである。

 もちろん、経営関係の緊密化といった説明も可能だが、それを国内外の機関投資家や個人株主が納得するかどうかは分からない。勢い、保有目的が明確ではない持ち合い株は売却する方向に傾いているのだ。

 冒頭の日本経済新聞の記事にあった動きは2014年度の動きである。実際にコーポレートガバナンス・コードが適用されたのは2015年6月からなので、本格的な持ち合い解消は今後起きてくるとみていいだろう。

 今年6月に閣議決定した成長戦略「日本再興戦略 改訂2015」でも、さらに一歩踏み込んでいる。 「『攻め』のコーポレートガバナンスの更なる強化」の項目の中に、「金融機関における経営支援機能の強化等の一層の推進」と題して次のような施策が書き込まれた。

金融機関のガバナンスや経営体力の強化に向け、独立社外取締役の選任や政策保有株式の縮小などの動きを引き続き注視する。グローバルなシステム上重要な金融機関に対しては、経営支援機能を常に十分に発揮できるよう、株価変動リスク等の縮減を求めていく。
 銀行の株式持ち合いが縮小していくことを「所与」のこととしたうえで、それを注視していく、としている。何とも霞が関らしい表現だ。持ち合い解消に反対する人たちにも賛成する人たちにも説明がつく。要は金融庁の胸先三寸でどちらの政策もとれる。

 もうひとつ重要なのは、「グローバルなシステム上重要な金融機関」に対する記述だ。国際的に活動する大手の金融機関で、国際的に同一の規制の枠内に置かれる。そうした金融機関については「経営支援機能を常に十分に発揮できるよう、株価変動リスク等の縮減を求めていく」と書いている。

 分かりにくいが、こういう意味だ。

 銀行が持ち合い株式を持っていると株価変動のリスクにさらされる。仮に株価が暴落すると、銀行自身の財務悪化が起き、貸し出し先企業への支援ができなくなる。だから、持ち合いを解消せよと言っているのだ。

実は大手銀も持合い株は持ちたくない

 実は、国際的に競争しようと考える大手銀行の本音は、持ち合い株は持ちたくない、というものだ。だが、長年の慣行で保有している株式を一方的に売却するわけにはいかない。何せ相手はお客さんだからだ。政府が明確に方針を出してくれれば、むしろありがたい、というのが本音だという。

 もうひとつ、持ち合い解消を促進している要因がある。国際会計基準IFRSの採用が広がっていることだ。IFRSでは持ち合い株によって「益出し」を行うことができない。企業経営者が持ち合い株に依存したもうひとつの理由は、業績が厳しい時に、簿価の低い持ち合い株を売って、すぐに買い戻すことで、見た目の利益をかさ上げすることができた。「益出し」と呼ばれる方法だが、これがIFRSではできなくなる。

 安倍内閣の成長戦略では、国際的に通用するビジネスの場を作ることを掲げており、ルールの国際化にも前向きに取り組んでいる。IFRSの採用促進もその一環で、ここへきて、日本企業のIFRS採用が急速に増えている。一方で、IFRSを採用すれば持ち合い株を持つ意味が、経営者からみて薄れていくのだ。住友商事が持ち合い株の売却に動いたのもIFRSを採用したことが大きな引き金になっている。

 長年、日本企業の経営の一大特長と言われてきた株式持ち合い。日本経済新聞の言う通り、その解消は最終段階に入っている。