良いモノを高く売る 「ごぼう茶」の仕掛け人 【熊本県 菊池市】

ウェッジで2014年7月号(6月20日発売)から新しい連載を始めました。「地域再生のキーワード」というタイトルで、様々な地域の農林水産業などの自立の動きをルポします。第1回は熊本県菊池市。酒屋の2代目が取り組む農産品を高く売る取り組みに焦点を当てました。オリジナルページ→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4003

熊本駅からバスで小一時間。阿蘇山の北西麓に広がる菊池市は美肌の湯で知られる風光明媚な土地柄だ。ところが町の中心はご多分に漏れず「シャッター街」が続く。そんな商店街から、さらに路地を入ったところに、その活気に満ちた店はあった。

 有限会社渡辺商店。活気といっても客が溢れているわけではない。ところが従業員は忙しそうに動き回っている。それもそのはず。もともとは酒の小売りが本業だったが、代表の渡辺義文さん(42)が通販サイト「自然派きくち村」を立ち上げ、大ヒットしているのだ。顧客は北海道から沖縄まで全国におり、年商は2億円を超える。

 「この地域には素晴らしいものがいっぱいある。それに一段と磨きをかけて全国に売っています」と渡辺さん。無農薬・無化学肥料栽培のコメや、雑穀、野菜のほか、工夫を凝らした加工品がホームページに並ぶ。


 「自然派きくち村」がブレークしたきっかけは「ごぼう茶」。全国的なブームのさきがけとなった。

 菊池の「水田ごぼう」は、柔らかく、香り豊かなことで知られ、大都市圏の高級スーパーでも高値で売られる。名前の通り、おコメを作る水田で、コメ作りをしない時期に作られる。いわゆる「裏作」だ。当然、菊池で田植えが始まる6月中旬より前には収穫するから、4月から6月にかけて、一気に出荷のピークが来る。

 まさに旬の食材なのだが、渡辺さんは、何とか保存のきく加工品が作れないかと考えた。そして生まれたのが、ごぼう茶だった。テレビ番組で健康に良いと取り上げられたこともあり、爆発的にヒット。今では全国各地のごぼう産地で作られるようになった。


 よそに“専売特許”を奪われても渡辺さんは焦らない。農家を説得して無農薬・無化学肥料栽培、除草剤不使用の「菊池水田ごぼう」を作り、それだけを使ったごぼう茶にこだわっているからだ。誰もそこまでは真似ができない、という自負がある。

 その水田ごぼうを作る村上活芳さん(49)は、渡辺さんをこう評する。

 「何しろ菊池を全国的に有名にしようというのだから、ありがたい話です。でも、それが十分可能なぐらい菊池の農産物には魅力がある。水の違いがごぼうの味の違いになっている」

 そんな菊池の田んぼに水を供給する菊池川を遡った市の最深部。人家も絶えてない山奥に、美しい棚田が広がる。耕作するのも大変なその田んぼに、渡辺さんが熱い視線を注いでいる。水田を潤す水が山からの湧水で、もちろん飲むこともできる。これ以上ない「自然」がそこにあるからだ。

 「ここのコメを、無農薬・無化学肥料栽培に変えんとね。間違いなく高く売れるけん」

俺が全部買ってやる

 コメの値段は年々下がっている。今年は60キロ1万円を切るのではないか、とささやかれる。それでも、「俺の言う通りに作ったら、60キロ5万円でも売れる」というのだ。安全安心を求める都会の消費者は、本当に信用できるものならカネを惜しまない。そう日々ネット販売を通じて渡辺さんは確信している。

 渡辺さんに勧められてそれより少し下流の田んぼで稲作を始めた実取義洋さん(33)は、「太陽と水と土と種の生命力だけで作る自然栽培は、誰からも何も奪うことがない」とその魅力を語る。実家の古家に奥さんと子どもで戻り、自然いっぱいの生活を送る。もうすぐ6人目の子どもが生まれる。そんな生活の背中を押したのは、「コメづくりばすんなら、俺が全部買ってやるけん」という渡辺さんのひと言だった。自然栽培は大変だが、励みにもなる。昨年出荷した無農薬・無化学肥料米を食べた米アレルギーの消費者からメールをもらった。「うちのコメは食べられたと書いてあって、涙が出るほど嬉しかった」と実取さんの顔はほころんだ。

 もともと商店街の酒屋の息子だった渡辺さんが、菊池の農家の人たちから信頼されるようになったのには一つの理由がある。

 渡辺商店は農産物を買い取る時に、決して買い叩かないのだ。

 「農家のじいちゃん、ばあちゃんの言い値で買い取ります。それに利益を乗せて売れば良いだけのことですから」と渡辺さん。生産者の思いをつづった「ストーリー」を商品説明に付けてネットに載せると、都会の消費者は味だけでなく、安全や安心なども「ブランド」として認知してくれる。


 実際、6月上旬時点で「自然派きくち村」のホームページに載っている無農薬・自然栽培米で最も販売価格の高いものは5キロ5150円。60キロに換算すれば6万円を超す。良いモノを高く売るのが「商人」だというのだ。

 加工品もこだわりを貫いている。無農薬米で作った焼酎「蔵六庵」。放牧ジャージー牛のミルクから作ったアイスクリーム「至福のバニラ」。自然栽培米・天然調味料を使った「原農場の米せんべい」。それぞれに製品になるまでの逸話が語られている。

 農協に納めるよりもはるかに高い値段で買い取って、それでも売り切る自信があるのは、「消費者が望んでいる本当に安全なものを作ってもらっているから」だと渡辺さん。化学物質に対するアレルギーの広がりなどで、「自然なもの」へのニーズはどんどん広がっている。そんな都会の声を農家に伝え、本物を生み出し、その取り組みを消費者に情報伝達していく。渡辺商店の仕事は単にモノを仕入れて売っているだけではない。


 自然の食材を地元の空気の中で味わってもらえないか。渡辺さんは農家だった母親の実家を改装してお洒落な「農家レストラン」を開いた。空港と菊池の間にあるが、地元の人でも迷うような場所にある。それでも観光客や地元のリピーターが後をたたない。「本当の自然」を求める人たちは多い。

 「渡辺君のような、とにかくやってみよう、と言う若者がどんどん出てくれば菊池は十分復活できる」と国際派の銀行マンから故郷の市長になった江頭実さん(60)は言う。とにかく、ふるさとの宝に磨きをかけて全国に発信する。そんな熱い思いが、菊池の地に沸々と沸き上がっている。