熊本・菊池市。元銀行マンが故郷で「改革市長」に転身2年。農業と自然とアイデアで自治体は甦った!

結局のところ地域おこしの要諦は「人」です。やる気のある人がいて、周りにその情熱を広げていけるかどうか。故郷である菊池にもどり市長になった江頭実さんもそんな一例です。是非ご一読ください。→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43393


豊かな農産物をアピール

熊本県菊池市阿蘇くまもと空港から北へ車で30分ほど、阿蘇山麓に広がる人口5万人の市である。阿蘇を源とする豊かな水の恩恵を受けて、菊池米や水田ごぼう、メロンなど豊かな農産物を産出する。旭志牛など畜産業も盛んだ。また市の中心部には「美肌の湯」で知られる菊池温泉が湧く。農林畜産業と観光の町だ。

そうした豊かな“資源”を持つ菊池だが、少子高齢化の影響でジワジワと衰退の危機に瀕しているのは、他の地方都市と変わらない。すでに、市民のうち65歳以上の人の割合が30%に達した。

そんな菊池の再生に向けて大胆な改革を進めている市長がいる。

江頭実氏。富士銀行(現みずほ銀行)でロンドン支店長などを務めた国際派の銀行マンだったが、出身地である菊池のあまりの衰退ぶりを見て「Uターン」を決意。何の地盤もないままに2年前、市長選に立候補したのだ。

菊池高校を卒業して町を離れて以来、故郷に住むのは40年ぶりだった。

「菊池には宝の山がある。それに磨きをかけて全国に発信すれば、まだまだ可能性はある」

そう訴えた江頭氏は、政党の支持などは得ず、従来の体制にしがらみがない点を強調した。多くの市民が、何とかして今の閉塞感を打破しなければ、と感じていたのだろう。江頭氏は予想外の大差で市長に選ばれた。

銀行で企画部門を経験してきた江頭氏は、次々に新しいアイデアをぶち上げた。

まず掲げたのが、「癒しの里」というキャッチフレーズ。なかなかモノが売れない時代だが、命や健康、自然といったものへの世の中の要求は強い。

もともと菊池市には無農薬栽培や無肥料栽培といった自然志向の農業を追求している意識の高い農家がいた。こうした流れに拍車をかけるために、農薬や化学肥料の削減状況に応じて農産物を7段階に分ける「菊池基準」を導入した。

最低ランクの「1」は化学農薬を1〜3回減らす技術の導入と化学肥料を30%削減する技術の導入。「2」は化学農薬50%減、化学肥料50%減といった具合だ。

さらに、市が主導して農産物の通信販売サイトを開設。https://www.kikuchi-marugoto.jp/default.aspxインターネット上に菊池基準のランクを明示するようにした。まだまだ最低ランクの「1」の農産品も多いが、自然栽培米のコメなどでは最高ランクの「7」が付いているものも販売している。

菊池の安全で豊かな農産物を全国にアピールしていくのが狙いだ。

癒しと桜でファンを増やそう

「癒し」を求めて多くの人たちに訪れてもらえるよう、町の“改造”にも着手した。そのひとつが、「森の中の町プロジェクト」。市中心街はご多分に漏れずシャッター商店街になっているうえ、あちらこちらに空地ができた。

そんな空地に市が木を植える事業を始めたのだ。古い屋敷街の面影を残す「御所通り」などには今でもうっそうとした巨木が残る。空地に木を植えることで、森に抱かれるような町の景観に変えていこうというわけだ。そして、その町の森をほたるが飛び交う場所にしたい、というのだ。

さらに、11月22日の「いい夫婦の日」に合わせて、二人掛けの「ラブベンチ」のデザインコンペを開催。全国の芸術家や学生から選んだベンチを設置した。もともと市の中心街は「隈府(わいふ)」という地名だが、これと英語のワイフ(Wife)をかけて、奥さんを大切にするというコンセプトを打ち出している。

もうひとつが「日本一さくらの里プロジェクト」。市内を流れる一級河川菊池川」の土手に桜を植えることを画策。どうせならと、菊池川流域の4つの市町(菊池市山鹿市玉名市和水町)にも声をかけ、阿蘇の源流から有明海まで70キロにわたる桜並木をつくるという大構想に発展させた。これに国土交通省も協力「菊池さくら千年ブロジェクト」として動き出した。すでに地元の住民が参加して植樹が行われ、すでに200本以上の苗木が植えられている。

菊池川沿いだけでなく、市内の山々を桜に変えて、西の吉野を作りたい」と江頭市長は夢を描く。

県外の人に桜の名付け親になってもらう桜の里親制度などを検討。桜を通じて全国に菊池ファンを増やしていくのが狙いだ。

「そこそこ豊か」、危機感が薄い

菊池川の上流には、風光明媚な菊池渓谷がある。遊歩道が整備された菊池きっての名勝地だが、この菊池渓谷での「癒し」を全国に発信したい考え。また、菊池渓谷のブランドイメージを生かしたミネラルウォーターなどの水関連ビジネスも支援している。

農業を営む市民のひとりは、「菊池はそこそこ豊かなので、何かやらなければという危機感が薄い。東京や国際的な視点を持つ江頭市長だからこそ改革ができる面も大きい」と語る。

子どもの減少で廃校になった学校建物の活用にも取り組んでいる。2014年には市内の水源小学校跡地に、株式会社美少年を誘致。同社が学校の建物を改装利用した酒蔵を造った。美少年は火の国酒造から酒類事業を譲り受けた会社で、往年の銘酒ブランドである「美少年」を、菊池のコメと水を使って復活させた。

さらに、廃校を利用した「菊池農業未来学校」の開設なども目指している。菊池で農業を営んできた高齢者を先生に、「学生」たちが2年間くらい農業のやり方を教わり、その後、田畑を安く借りて農業に参入する。新規就農などの入り口にしようという発想だ。もちろん、菊池基準に適合した農産物を作る。

都会に住む人たちの中には、故郷や自然とのふれあいを渇望している人たちが多くいる、と江頭市長はみる。そんな都会の人たちに菊池との接点を持ってもらえるきっかけに、学校を活用できないか、というわけだ。

実行は東京のビジネス時間感覚で

このほか、市の北部にある竜門ダム地域をレガッタなどのレジャー拠点としてアピールするする計画など、江頭市長のアイデアはとめどなく広がる。

江頭氏が、マニフェストや選挙公約は「言いっ放し」が当たり前の政治家と大きく違うのは、アイデアを次々に実行に移していることだ。つい直前までビジネスマンだった市長ならでは、ということだろう。

市役所職員も、江頭市長になって一気に東京のビジネスマンのような時間感覚で仕事を求められるようになった。温和な市長だが、努力せず、成果が上がらない職員には厳しいという。

市長就任から丸2年。これまでは先頭に立ってがむしゃらに走り続けてきた江頭市長だが、今後は、全国の改革派市長などの経験などを聞き、さらに改革ピッチを上げていく考えだ。

江頭氏の趣味は登山。銀行員としてスイスに駐在していた時には休みを利用してマッターホルンに登頂した。目標を定めたら一歩一歩確実に実行し、頂きをきわめる登山家ならでは不屈の闘志がみなぎっている。