トヨタの新型株、多様な株式の発行に拍車? 導入の背景に株主の「変質」、日本企業の持ち合い解消の受け皿づくりにも

日経ビジネスオンラインにアップされた拙稿です。→http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20130321/245368/?rt=nocnt


トヨタ自動車は、6月16日に開いた株主総会で、「AA型種類株式」と名付けた新型の種類株発行を決めた。種類株を発行するための定款変更には投票した議決権の3分の2以上、つまり66.66%以上の賛成が必要だったが、約75%の賛成票を獲得した。他の議案では100%近い賛成を得ていたのとは対照的に、25%の反対票が出たわけで、新型株に対する評価は大きく分かれた。

 7月にも発行する新型株は普通株と同様の議決権を持つ。現在の株価より26〜30%高い価格で発行、取得した投資家は5年間売却できない代わりに、5年過ぎれば発行価格での買い取りか、普通株式への転換をトヨタに求めることができる。株価の下落リスクを負わない元本保証の株式というわけだ。一方で、配当は発行額の0.5%から毎年上昇して最終的には5年目以降は2.5%になる。前期の配当(年200円)と6月16日株価終値(8395円)で計算すると2.4%だから、値下がりリスクがない分、配当は低いことになる。

 なぜ、トヨタはこうした新型株の発行に踏み切るのか。

 「当社の事業サイクルと株式保有サイクルを合わせた中長期の視点から、株主の皆様によるガバナンス効果を経営に取り入れることで、持続的成長と未来への挑戦に向けバランスのとれた経営を推進する観光を整え、さらなる中長期的な企業価値の向上を目指してまいる所存です」

 16日の総会での決定を受けた発表資料にはこう書かれている。よく分からない表現だが、中長期に株式を保有する株主を作ることで、中長期的に企業価値を上げる経営ができる、としているのだ。

 「新型株はトヨタの未来を株主と切り拓く道だ」と株主総会豊田章男社長は訴えたという。

 新型株の発行によって長期投資の観点でトヨタ株を保有する個人の安定株主を確保することで、「金融経済情勢に左右されず、技術開発に腰を据えて取り組む」と小平信因副社長も語ったという。

新型株の背景に株主構造の変化

 実は、トヨタにとって、この安定株主の確保が大きな課題になっていた。トヨタの株主構成を見ると、10年前の2014年3月末には国内金融機関が発行済み株式数の47%を保有していた。ところが、これが持ち合いの解消などもあり、2014年には金融機関の保有が31%にまで低下。逆に外国人投資家は19%から30%へと大きく増えた。

 いわゆる「安定株主」として存在してきた金融機関の保有が減り、一方で、外国人投資家が存在感を増しているのだが、外国人投資家は短期的な利益増加や株価上昇を会社側に強く求める傾向が強い。日本企業の経営者にとって、長期的に株式を保有する安定株主の確保が大きな課題になっているのである。トヨタの新型株の背景にはそうした株主構造の変化があったのである。

もっとも、今回の議案には外国人投資家などから反対票が出た。議決権行使助言会社大手の米インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)が、かえって経営の規律が失われる恐れがあるとして反対するよう助言したことが大きい、とされる。5年間にわたって売れないため、株主は経営陣の言う事を聞かざるを得なくなってしまうというのだ。あるいは、元本保証されている新型株を持つ株主は、株価が下落しても経営陣に文句を言わなくなってしまうのではないか、というのだ。

 確かに新型株がトヨタコーポレートガバナンス企業統治)にどう影響するかは未知数だ。株主総会でも「普通株を持つ従来の株主にどんなメリット、デメリットがあるのは分からない」といった声が上がっていたという。 株式市場の評価も定まらない。16日に新型株導入の定款変更が可決されたというニュースが伝わると、株価は下げ幅を縮める場面もあったが、翌17日は1%の下落で終わった。大きく上げる材料にも、下げる材料にもなっていない感じだ。

 日本企業の代表格であるトヨタの新型株発行は、他の企業にも大きく影響する。安定株主づくりのひとつの方法として検討する企業が出てくることになるだろう。

 というのも安定株主の確保は発行済み株式数の多い伝統的な企業ほど課題になっているからだ。かつて安定株主として経営陣に白紙委任を与えていた国内金融機関は、持ち合い解消の流れの中で株式保有を減らしている。また、生命保険会社などを中心に、「モノ言う株主」に変化しつつある。昨年から機関投資家のあるべき姿を示したスチュワードシップ・コードが制定され、生命保険の契約者などの利益に反するような項目については、たとえ会社側の提案でも賛成しにくくなっている。

短期志向の投資家に苛立つ経営者

 経営者を支持してくれる安定株主だった金融機関の保有割合が減ったうえに、金融機関の株主としての性格も大きく変わってしまったのだ。それが個人投資家に長期保有をしてもらおうという理由だ。

 日本では今、長期的な視点で株式を保有する投資家の減少に、経営者が苛立っている。将来をにらんだ大型の投資などに賛成が得られなくなりかねない、という切迫感があるのだ。また、1000分の1秒間といったスピードでコンピューターが売買を繰り返すような投資ファンドが、たまたま基準日に株式を持っていたからといって会社の将来を真剣に考える「株主」と言えるのだろうか、といった疑問が湧いている。

 個人でも、1日に売買を繰り返す「デー・トレイダー」と呼ばれる投資家が増えている。要は、日々の値動きにしか関心がなく、会社の将来を考えない「株主」が増えていると嘆く経営者が少なくないのである。

 証券取引所の幹部は数年前から、長期投資をする株主を優遇する種類株の発行ができないかという相談が増えていた、と語る。

 「3年間株式を持っていると配当が倍になるような仕組みはできないのか」
 「期末に持っていても、その後売却した場合、議決権を認めない方法はないか」

 といった具合だ。実際、長期にわたって株式を保有した場合に、株主優待を積み増す会社などが増えている。それを種類株で真正面からできないのか、というわけだ。

欧州では種類株の発行が比較的盛んだ。創業家の支配権を守るために議決権のある普通株とは別に、議決権のない種類株も発行。両方とも証券市場に上場しているケースもある。フランスなどでは保有期間で議決権数が変わる株式の発行なども模索されている。

 日本でも種類株は解禁されており、今回のトヨタの新型株以外にも様々な工夫をする余地はある。

日本での種類株ブームに火が着くか

 国際石油開発帝石では、経済産業大臣が経営上の重要事項について拒否権を行使できる黄金株を保有伊藤園でも優先配当の代わりに議決権がない株式が発行された。2014年3月には介護ロボットスーツを開発・販売する大学発ベンチャーのサイバーダインが、2014年3月に東京証券取引所マザーズ市場に上場するに当たって、普通株の10倍の議決権を持つ種類株を発行。創業者の山海嘉之社長が49%の出資で90%の議決権を握っている。

 豊田章男社長は株主総会で、「資本市場の活性化を民間企業が半歩進めると理解してほしい」と述べたという。多様な株式を発行することで、投資家に選択肢を与えることになり、資本市場は活性化する、というわけだ。トヨタの新型株発行が、日本での種類株ブームに火を付ける可能性は十分にありそうだ。