大塚家具騒動で、一体誰が得をしたのか?父と娘の争いから1年、騒動の本質が見えてきた

編集部で本の前文を再編集して記事を作ってくれました。アマゾン、書店で順調に売れている様子です。ありがとうございます。

 3月25日、大塚家具の株主総会が開催された。今年の総会の所要時間は60分足らず。株主からの反対提案はなく、大塚久美子社長を含む取締役の選任など3議案が賛成多数で承認された。振り返ってみると、1年前、同社の株主総会はテレビのワイドショーを賑わした。焦点となったのは、「情」に訴えた父・勝久会長(当時)と「理」を説いた娘の久美子社長との争いだった。最終的に、株主から久美子社長が経営者としての評価を集めたのはなぜだったのか。今、改めて検証する。
 大塚家具の経営権を巡る父・会長と長女・社長の争いで、いったい誰が得をしたのだろうか──。

 刑事モノのテレビドラマで、真犯人を割り出すのはたいがい、「誰が得をしたか」をヒントに推理を組み立てていく名刑事である。2015年の2月25日夜に突然、大勢の幹部社員を引き連れて記者会見を開いた父・大塚勝久会長(当時)のド派手なパフォーマンスは、テレビのワイドショーの格好のネタになり、連日の報道合戦へとつながった。刑事ドラマで言えば、犯罪などの衝撃的な場面から始まったのと同じだった。

 たまたま早い段階からこの問題を取材する巡り合わせになった筆者は、この記者会見の後あたりから、「この騒動で誰が得をするのだろうか」と考え続けてきた。テレビで「父娘喧嘩」「骨肉の争い」と連呼されれば、普通なら大塚家具という会社のイメージは悪化し、人々の怨嗟の的になりそうなものだ。ところが、この騒動を通じて、大塚家具の知名度は飛躍的に上がり、株価も大きく上昇した。

 娘の大塚久美子氏が社長として経営権を固めてからも、「謝恩セール」や「売り尽くしセール」を打つと、大勢の人が開店前から行列した。テレビでお馴染みとなった美人社長をひと目見ようという、にわか久美子ファンまで誕生。もちろん、騒動前に比べて、がぜんメディアの関心も高まった。騒動は決してマイナスに作用しなかったのだ。

 それはいったいなぜなのだろうか。

どこの家でも起こりうる事例だった

 大塚家具という上場企業を舞台にした騒動だったものの、決して特殊な事例ではなく、「どこの家庭にもある話」「どこの家族経営の企業でも起こる話」だと多くの人が感じたからにほかならないだろう。「悪い子を作った」と嘆いてみせた勝久氏の父親像に自分を重ねたり、逆に上場企業を担おうとする久美子氏の「働く女性像」に共感したりする女性も多かった。人ごととは思えない「騒動」だったからこそ、多くの人たちが一気に引き込まれていったのだ。

 今、世の中では、「跡継ぎ」をどうするかで悩む人たちが増えている。それは旧来の「家」でも、家族経営の「会社」でも同じだ。誰に家を継がせるか、どの子に会社を譲るか。そもそも少子化によって跡継ぎが生まれないということもある。かといって兄弟姉妹の数が多ければ、それはそれでトラブルになる。

 長男が跡を継ぐ「一子相伝」が当たり前だった時代はとっくに過ぎ去り、兄弟平等、男女同権が当たり前になったことが、事態をさらに複雑にしている。終戦から70年たち、世の中が豊かになったことで、親世代が大きな財産を残すようになったことから、相続や事業承継は単に形だけでなく、経済的な利益も絡むようになった。つまり親子という「情」の問題だけでは容易に解決できなくなっているのである。

 大塚家具は父親の大塚勝久氏が、まさに裸一貫からジャスダックに上場する株式公開企業にまで育て上げた。勝久氏と共に、兄弟や妻、そして子どもたちも一緒に働いてきた、典型的な「家業」である。そんな家業を仕切る創業者はまさに「家長」として君臨する。

 純粋な家業、つまり株式公開もしていない零細企業のままだったら、創業者がどんなにワンマンで、一族で反目し合う事態になったとしても、それが世間の目に触れることはまずない。たまたま大塚家具の騒動が世間の耳目を集めることになったのは、株式を公開して上場企業になっていたからだ。

 株式上場を英語で、「ゴーイング・パブリック」という。「パブリック」つまり「公のもの」になる、という意味だ。「家業」を脱して社会の「公器」になるわけである。しかし、公器になったからといって、創業者がすべての株を手放して会社を売却するようなケースは少ない。創業者が一定の株式を持つ大株主として残りながら、そのまま経営者としても君臨するという例が圧倒的に多い。日本ではこれを「オーナー企業」などと呼ぶ。

 実際は過半数を持っていないケースが多いので、本来は「オーナー(所有者)」というのはおかしいのだが、所有者然として強権を振るうことが少なくない。上場によって、わずか数%しか株式を持っていないのに、オーナーだと言ってはばからない経営者も実際にいる。

 欧州では上場した後も創業家がオーナーであり続ける例がしばしばある。50%以上の株を持ち続けていても上場できるルールがあったり、議決権の過半を握る黄金株と呼ばれる優先株式の発行を認めたりしているのである。世の中に多く流通している株式が、無議決権株といって総会での投票権がないという例もある。いわゆる「ファミリー企業」でありながら、上場できるのだ。もちろん、「公器」として情報の開示や経営体制の明確化、いわゆるコーポレートガバナンス企業統治)の整備・強化などが求められるが、創業家の支配権は認められているのである。

 日本でも100年、200年と続く「老舗企業」は数多い。中には数百年も一族によって受け継がれてきたファミリー企業も存在する。だが、そうした老舗企業が株式を上場するようになったのは、多くは戦後のことである。それまではまさに「一子相伝」、兄弟がいようがすべては長男が継ぐ、といった日本的な事業承継が可能だったが、権利を分割できる株式会社になったことで、兄弟が平等に株式を引き継いでいく例が増え始めた。

 それでなくても上場で持ち株比率が下がっているのに、分割して相続すれば、支配権の源泉であるオーナー家の持ち分はどんどん低下していく。ところが、“オーナー”の感覚は「家業」の時代と変わらないから、自分がかわいい息子に社長の座を譲ろうとする。創業者が歳をとればとるほど、必ずと言ってよいほど、自分の子どもを跡継ぎにしたがるものだ。

社長になることが重要

 日本ではまだまだ一族支配と株式上場を両立させる「ファミリー企業経営」の理想形のようなものが出来上がっていない。だから、日本的経営の中ではオールマイティーで全権を持つ「社長」の座を握ることが重要になる。自分の子どもを何とか社長にしよう、あるいは何とか社長の座を自分が引き継ごうとするわけだ。

 もちろんそれが、経営にとって最良の姿であるはずはない。最近ではコーポレートガバナンスの強化が叫ばれ、安倍晋三内閣が掲げる成長戦略でもいの一番にその強化が謳われるまでになった。利益を上げ、従業員や株主の利益に貢献できる人物を社長に据えるべきだ、という流れが強まっている。そうした「社長業プロ化」が進む中で、創業者の子どもだから適任だということにはならなくなってきたのだ。

 今回の騒動では、その「コーポレートガバナンス」が真正面から問われることになった。筆者は日本経済新聞の証券部記者として四半世紀にわたってコーポレートガバナンスの問題を取材してきたが、大塚家具の騒動ほど時代の変化を見事に映した事例はないと思う。

 久美子氏は終始一貫、大塚家具を「公器」として、上場企業にふさわしいコーポレートガバナンスのあり方を世の中に訴えた。上場企業の経営者として「理」を説き続けたのである。一方の勝久氏は、会見から父親の顔を全面的に持ち出した。大塚家具は自らが創業した「家業」である点を訴え、娘は自分を追い出そうとしていると人々の「情」に訴えたのである。

 ひと昔前ならば、創業者で社内の実権を握る勝久氏に世間の同情が集まった可能性は十分にある。長子とはいえ娘が父に反逆することに怒りが向けられたかもしれない。だが、間違いなく、時代は大きく変化していたのだ。

 久美子氏の「理」と、勝久氏の「情」の対立は、なかなか噛み合うことがなかった。久美子氏は「理」と「情」の狭間に心を揺さぶられていたはずだが、最後まで冷静さを保ち続けた。それが世の中の支持を得ることにつながったのは間違いない。


 創業者から第二世代への承継はどうすればよいのか。家業が上場によって公器となった場合に、創業一族はどう経営に関与していけばよいのか。大塚家具の騒動は、実は多くの示唆を含んでいる。固く言えば、コーポレートガバナンスを考える格好の教材なのである。

会長保有株の時価総額は1.6倍に

 では、冒頭で触れた「誰が得をしたのか」という問いに対する答えは何なのだろう。

 いまだに紛争はくすぶっているので、最終的な答えが出たわけではない。だが、現段階では、騒動の一方の当事者だった創業者の勝久氏が最も得をした人物であることは間違いがない。勝久氏が持っていた発行済み株式の18.04%、350万株の株式の時価総額は、騒動前にはざっと35億円だったが、対立の中で配当を一気に引き上げたこともあり、久美子氏が総会で信任された段階では1.6倍になっていた。時価総額が21億円も増えたのである。

 しかも保有していた株式のうち133万株余りを売却、20億円以上の現金を手にしたと見られている。創業者が経営陣にとどまっている間は、株を売却することは難しい。それが娘と対立したことによって、堂々と売却して、保有株を現金化することができたのだ。

 また、その資金を元手に新会社「匠大塚」を創設、2016年4月にショールームをオープン。新事業にも着手することができた。匠大塚は非公開企業だから、まさに「家業」にもう一度、思う存分取り組むことができるようになったわけだ。

 仮に大塚家具の株主総会で勝久氏が勝利していたとしたら、保有株を売却する大義名分はなく、新事業を始めようにも、大塚家具の事業の枠内で行わなければならない。大塚家具には社外取締役もおり、すべてが勝久氏の思い通りになったわけではない。

 一方の久美子氏はどうだったか。直接はほとんど株式を保有していないが、兄弟姉妹で持つ資産管理会社ききょう企画は大塚家具株の10%を持ち、その資産価値は大きく膨らんだ。また、ききょう企画に毎年入る配当も大きく増えた。つまり、久美子氏はコーポレートガバナンスの「理」を説いたが、その結果、当然のことながら大株主である父親や一族の資産管理会社に大きな利益をもたらしたのである。

 つまり、一見、会社から父親を追い出した冷徹な娘のようでいて、実は大塚一族の利益に大きく貢献していたのだ。

一時は東証も疑問に

 東京証券取引所は当初、父娘の対立を「出来レースではないか」と疑っていた。株価が上がることで父も娘もメリットを享受しているように見えたからだ。筆者も久美子氏とインタビューした際に、実は会長と直接話をしているのではないかと問うた。「出来レースだったら苦労しないですけどね」と苦笑していた。もちろん、激突した株主総会に向けて日に日にヤツれていく様子を見ても、出来レースではないことは十分に理解できた。だが、結果を見る限り、久美子氏は決して親不孝者ではなかったことになる。

 久美子氏は「理」を貫いた結果、社長の地位を盤石なものとし、経営権を握った。だが、傍から見ていると、むしろ「家業」を続けていく苦労を背負い込んだようにすら思える。住宅着工件数の回復が鈍い中で、家具業界には逆風が吹き続けている。もともとビジネスモデルの限界に差し掛かっていた大塚家具を立て直すには、新たなビジネスモデルの構築が待ったなしだった。総会での勝利以降、新生大塚家具の構築に邁進しているが、そう簡単に業績がV字回復する環境にないことも事実だ。最終的に誰が笑うことになるのか、まだまだ分からないのである。

(この記事は、『「理」と「情」の狭間で』の一部を再編集しました)

「理」と「情」の狭間 大塚家具から考えるコーポレートガバナンス
大塚家具の経営権を巡る騒動は何だったのか。終始、その行方を見守り続けてきた経済ジャーナリストが顛末をまとめました。渦中で、久美子社長は何を思っていたのか――その胸中に迫ります。この騒動は、どこの家庭でも、またどこの家族経営の起業でも、普通に起こりかねない問題です。そこで、経営者にとっても学ぶべき点の多かった出来事として、コーポレートガバナンスの観点からも解説します。『「理」と「情」の狭間で』は好評販売中です。