WEDGEで連載中の「地域再生キーワード」。2月号(1月20日発売)に掲載されたものです。オリジナルページ→http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6159
- 作者: Wedge編集部
- 出版社/メーカー: 株式会社ウェッジ
- 発売日: 2016/01/20
- メディア: Kindle版
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その「浅草六区」を復活させようという動きが盛り上がりを見せている。もちろん地元の商店会やビル所有者、区役所なども再活性化に懸命に取り組んでいる。だが、それ以上に復活にひと役買っているのが、浅草六区という「場の力」に引き寄せられた人たちだ。
そのひとりが大手芸能プロダクション、アミューズの大里洋吉会長。筆者も、ある「町おこし」の会合でご一緒した際、浅草六区にかける熱い思いを聞かされたことがある。「浅草は古くから、芸能の天女が空を舞っていると言われてきた土地柄なんです。劇場を復活させて文化を世界に発信する場にしたい」。大里氏は夢を語っていた。
実際、14年7月には、浅草六区にカフェ形態の劇場「アミューズ・カフェシアター」をオープンさせた。アミューズ所属の「虎姫一座」がカフェのスタッフとなり、客をもてなしながらショーも行うという試みだ。さらに、松竹などと共に、浅草六区再生のためのプロジェクトにも参加している。
そんな浅草六区の中心、「浅草六区ブロードウェイ」に面した一角に昨年12月17日、新しい複合商業施設が誕生した。その名も「まるごとにっぽん」。ちょうどアミューズ・カフェシアターが入るビルの向かい側である。
東京楽天地が映画館などの跡地を再開発したもので、5〜13階は「リッチモンド」ホテル、地下1階にはパチンコホールが入るビルの、1〜4階部分だ。
「まるごとにっぽん」のコンセプトは、ここへ来れば、「にっぽんの暮らしが分かる」というもの。全国各地から、飲食店9店、物販店39店など50のお店を集めた
1階には、全国の産地直送の生鮮品や食材、惣菜などを扱うショップが集結。2階には各地の手作りの工芸品や生活用品、雑貨などを扱うお店が並ぶ。4階の飲食店街には東京初出店の郷土食のお店などが目玉として入った。
中でもユニークなのが3階の「浅草にっぽん区」。全国20の市町村がそれぞれブースを設け、おらが町のPRや特産品の販売を行う。隣接する「CaféM/N」では各地の生産者と直結して旬の食材を使った料理を出す。オープンから1カ月は、この連載でも取り上げた熊本県菊池市がテーマだ。ちなみにM/Nは「まるごとにっぽん」の頭文字で、この施設の中核的な存在であることを示している。
このカフェを運営するのも、浅草六区の「場の力」に引き寄せられた人物である。水代優・グッドモーニングス社長。丸の内の地域づくりで実績を積み、神奈川県葉山の海の家でオシャレなカフェの最先端を作り上げた。神田淡路町の再開発ビル「ワテラス」で新旧の住民をつなぐ拠点づくりも成功させた。人気の町おこし専門家である。
その水代氏が「これまでの集大成です」と語るのが「CaféM/N」なのだ。運営会社「まるごとにっぽん」の小笠原功社長と意気投合。カフェのコンセプトづくりから営業までを託された。「まるごとにっぽん」全体のウェブサイトのプロデュースも任され、施設全体への集客の一端を担っている。
「ディスカバー・ユア・ネクスト・ジャーニー(次の旅先が決まる場所)がコンセプトです。全国各地のすばらしい食材に出会うことで、生産者の思いや技術に触れ、よしここへ行ってみようと旅先を決める。そんな場づくりを目指しています」と水代氏。壁には各地の地域限定の書籍などを置き、美味しいコーヒーを飲みながら、次の旅先への思いにふけることができる。
隣には、全国の自治体の「ふるさと納税」に関する情報が分かる「ふるさと納税コンシェルジュ」や、地域への移住情報などを得られる「しごと・くらしコンシェルジュ」など情報基地もできた。
さらに、にっぽんの暮らしが分かる「体験型」のコーナーがあるのも特長だ。クッキングスタジオ「おいしいのつくりかた」では、地域独自の食材や調味料を使った郷土料理のレシピを紹介する料理教室が開かれている。年末年始には「にっぽんの伝統 おせち&お雑煮料理教室」が開催されて人気を博した。また、イベントスペースでは、さまざまな文化を紹介するワークショップも行われる。水代氏が丸の内や神田で「和」をテーマに培ってきたノウハウがここでも生きる。
地元の人たちに愛される本物
今、浅草は外国人観光客の急増でにぎわいを増している。大半の人が地下鉄の浅草駅から雷門、仲見世を通って浅草寺に参詣し、また元に戻るコースをたどる。「まるごとにっぽん」は、つくばエクスプレス(TX)浅草駅至近で、ホテルも開業したため、今後は外国人客が浅草寺から浅草六区へと、流れを変える可能性が高い。
だが、「まるごとにっぽん」の小笠原氏は「あえて外国人観光客をターゲットにはしない」と言う。「日本人に受け、地元の人たちに愛される本物が、結果的には外国人にも喜ばれる」と考えているからだ。「まるごとにっぽん」を外国人向けの安直なショーウインドーにはしない、という心意気なのである。
浅草六区に行けば、何か新しい面白いものがある─。昭和の活況を支えたのは、浅草オペラや喜劇、そして映画といった当時最先端のハイカラなエンターテイメントだった。だが、世界の娯楽を知り尽くした今の日本人が求めるのは、舶来の物マネではない。
むしろ、日本が長い間に培ってきた伝統や文化に根差した「本物」を再発掘することだろう。「クール・ジャパン」に目覚めるべきは日本人自身なのだ。そんな、日本人を引き寄せる「場」づくりを、「まるごとにっぽん」は担っていくことになるに違いない。「浅草六区が面白い」と言われる時がやって来るかどうか。要注目である。
(写真・生津勝隆 Masataka Namazu)
◆Wedge2016年2月号より