成長戦略に盛り込む「第4次産業革命」の破壊度 AIやIoTを活用、産業構造を大きく転換

日経ビジネスオンラインに5月27日にアップされた原稿です→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/052600024/?P=1

 政府は週明けにも成長戦略「日本再興戦略2016」や「ニッポン一億総活躍プラン」など政策パッケージを閣議決定する。主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)で「世界経済の持続的な成長」について共同歩調を取ることで合意し、日本経済がその先頭に立って世界の安定的な成長をけん引していく心構えを示すものだ。安倍晋三内閣は、2020年頃に名目国内総生産GDP)を現在の約500兆円から600兆円に引き上げる目標を掲げており、その実現に向けた具体的な取り組みが始まる。

あなたの仕事がなくなる?

 今回の成長戦略の柱は「第4次産業革命」である。ドイツ政府が産官学の結集でモノづくりの高度化を目指すとして2012年から打ち出している「Industry 4.0」を日本語にしたもの。一般にはなかなか浸透しないが、要はAI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)を活用することで、産業構造を大きく転換しようという取り組みである。

 そのベースになる報告書が経産省産業構造審議会の「中間整理」として4月27日に公表されている。「『新産業構造ビジョン』〜第4次産業革命をリードする日本の戦略〜」と題されたもので、AIやIoT、ビッグデータがどう産業構造に変化をもたらすかを示している。

 中でも衝撃的なのが、「産業構造・就業構造の試算」として2030年の「仕事」の増減を大胆に予測していることだ。ここに来て急速に進化している人口知能によって、従来は生身の人間が行っていた仕事がロボットなどに置き換えられていくことが現実味を帯びて来ている。日本の動労人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能になるという調査結果を野村総合研究所が昨年12月に発表、大きな話題になった。

「変革」を行えば、574万人分の仕事を創出

 数年前から「あなたの仕事がなくなる」といった研究が出されていたが、一般にはあまり関心を持たれなかった。ところが、コンピューターが囲碁のプロ棋士を破ったり、スムーズな二足歩行をするロボットが登場するなど、人工知能の進化が鮮明になったことで、一気に現実味を帯びてきた。

 経産省の試算では、人工知能やロボットによって放っておけば735万人の雇用が減るとしたのである。職業の種類別にも試算しており、「製造・調達」で262万人、「バックオフィス」で145万人、経営や商品企画などの「上流工程」で136万人の仕事が奪われるとしている。2016年3月段階での就業者数は6339万人だから、1割以上の仕事が無くなるとしたのである。

 これはあくまでも「現状放置」が前提の試算だ。むしろAIやロボットを積極的に活用することで、人々の「働き方」を変えて行けば、新しい仕事も生まれて来る。報告書では様々な「変革」を行うことで、失われる仕事を735万人から161万人に減らすことが可能だとしている。

 そのための「具体的戦略」として、「報告書」は以下の7点を掲げている。これまで言われてきた取り組みを網羅的に包含している部分が多いが、関心のある方は報告書をご覧いただきたい。

  (1)データ利活用促進に向けた環境整備

  (2)人材育成・獲得、雇用システムの柔軟性向上

  (3)イノベーション・技術開発の加速化( 「Society 5.0」 )

  (4)ファイナンス機能の強化

  (5)産業構造・就業構造転換の円滑化

  (6)第4次産業革命の中小企業、地域経済への波及

  (7)第4次産業革命に向けた経済社会システムの高度化

 つまり、人工知能やIoT、ロボットなどを積極的に活用して、上記の7分野で「変革」を行っていけば、574万人分の仕事を生み出すことが可能だとしているのである。

構造転換が求める雇用のシフト


■職業別の従業員数の変化(伸び率) ※2015年度と2030年度の比較
変革により新しい仕事が生まれ多くの雇用を創出する業種がある一方、製造業などでは失われる仕事が多い見通しだ。日本全体で大幅な産業構造や働き方の転換が必要になる (出典:経済産業省「『新産業構造ビジョン』〜第4次産業革命をリードする日本の戦略〜」の45ページから)

 過去の産業革命をみても、この点はうなずける。産業革命で「機械」が誕生した際、人間の仕事を奪うとして機械を破壊する運動が広がった。だが、その後の歴史が示しているのは、機械の誕生によって新しい仕事がどんどん生まれたという事実だ。第二次世界大戦後に進んだ「自動化」や「無人化」でも似たような反応があったが、結果的には様々な別の仕事が生まれてきた。報告書はそれを前提に、積極的に産業構造の転換や働き方の転換を行い、人工知能やロボットによって生産性を高め、一人ひとりの取り分(報酬)を増やしていくことが可能だとしているのだ。

 ここで注目すべき点がある。「変革」を進めることで従業者数が大きく増える部門がある一方で、逆に従業者数の減少幅が大きくなる部門を想定していることだ。端的なのが、「製造・調達」部門である。現状を放置すれば262万人の減少になると試算しているが、変革した場合には減少数は297万人へと拡大するとしているのである。

 つまり、人口知能やロボットによって、「製造・調達」部門の仕事をむしろ積極的に削減し、それを他の部門に振り替えていくべきだ、としているわけだ。

 放っておけば減るが、変革によって増やせる仕事として、「営業販売」などを挙げている。これまで通りの営業職はどんどん不要になるが、「高度なコンサルティング機能が競争力の源泉となる商品・サービス等の営業販売に係る仕事」は増加するとしている。現状放置では62万人が減少するが、変革すれば114万人の仕事が増える。

 また、サービス職でも「人が直接対応することが質・価値の向上につながる高付加価値なサービスに係る仕事」は増えるとしている。ここでも6万人の減少が179万人の増加に転換させられるとしている。

 つまり、「人しかできない事」「人がやって高い料金を得られる事」に思い切って人材をシフトしていこうということである。

産業構造の大転換には、経済産業省の大転換が不可欠

 この「変革」を本気でやろうとすれば、日本のこれまでの産業政策を大きく変えることになる。逆に言えば、経済産業省が自らの役割を大転換しない限り、この変革はうまくいかない、ということだ。

 どういう事か。

 これまでの産業政策の基本は「日本のモノづくりを守る事」「製造業を育成する事」にあった。円高になれば、日本国内での工場立地を守るために助成金を出し、製造業を国内に残すことに軸足を置いてきた。

 経済産業省の部局は製造業の業界別の縦割りで課室を設け、それぞれの業界団体の要望を受け入れて政策を実施してきた。自動車課長なら日本の自動車産業を国内に残すために自動車業界のためになる政策を作るといった具合である。

 そうした企業や業界団体へ役人OBの天下りという「利権」と結びつき、「業界全体のため」にならない政策には本気で取り組まない体質が出来上がっている。ひと昔前は、いかに現役時代に業界に恩を売っておくかどうかで、退職後の生活が左右されるといった事を公言する経産官僚もいた。

 これまでも産業構造審議会では日本の産業構造の転換などを求める報告書をまとめてきたが、業界護送船団の経産省の体制が色濃い中では、現実には構造転換を進めることは難しかった。本気で「第4次産業革命」を実現しようとすれば、まずは経産省の「変革」が前提になるのだ。

 報告書の作成にも関わった経産省の幹部は「われわれの産業政策も大転換するという事だ」としたうえで、こう語る。

産業界はもはや一枚岩ではなくなった

 「例えば規制緩和をする場合でも、何が必要か企業ごとに変わってきた。業界内で利害が一致しなくなってきた」

 つまり、企業によって人工知能やロボットへの取り組み姿勢に大きな変化が出る中で、業界が一枚岩ではなくなったということだ。経産省内では業界縦割りの組織の抜本的な見直しに向けた検討も始まろうとしている、という。「業界」を前提とした産業政策との決別に動こうとしているのだ。

 実はそうした経産省の「変革」には企業で始まった大きな変化のうねりがある。これまで「製造業」に固執してきた企業の中にも変化が起きているというのだ。

 別の経産省幹部は「あのトヨタが本気になった」と語る。ほんの数年前まで、モノづくりにこだわり、自動車の無人走行などに拒絶反応を示していた業界トップが、人を運ぶシステムや人工知能の研究開発に猛烈なシフトをし始めたというのだ。

20年後のトヨタは業態転換しているかもしれない

 実際トヨタシリコンバレー人工知能の研究所を新設、旧来の「自動車製造業」の枠にとらわれない領域に踏み出した。また、「ライドシェア」の配車システム大手である米ウーバー・テクノロジーとの提携にも踏み切った。もしかすると20年後のトヨタは自動車製造で利益を上げる会社ではなくなっている可能性が出てきたのだ。

 そうは言っても、本当に業界に寄り添ってきた経産省が変わり、実際の産業政策が大転換できるかどうかは微妙だ。旧来型の仕事の仕方を見直し、これまでの利権構造を打破することが求められるからだ。もし経産省の幹部官僚たちが本気だと言うのならば、まずはこれまでの産業政策を真摯に検証すべきだろう。

 国内の工場立地を守るため家電業界に助成金をばらまいたことが、結果的には企業を弱めることになったのではないか。シャープや東芝の崩壊はこれまでの産業政策の帰結だったのではないか。過去の反省なくして新しいものは生まれない。まずは経産省を「変革」するために検証委員会を立ち上げるべきだろう。