なぜ「国のポイント還元」は複雑で面倒なのか 本当の狙いは「消費者還元」ではない

プレジデントオンラインに連載中の「イソヤマの眼」に12月16日に掲載された拙稿です。是非お読みください。オリジナルページ→https://president.jp/articles/-/31510

中小だけが対象で、しかも2020年6月末まで

消費税対策として政府が2019年10月1日から始めたキャッシュレス決済によるポイント還元制度。キャッシュレス決済に対応するためにシステムを導入する中小店舗は着実に広がっている一方で、新しい仕組みに対応できない高齢者などの「キャッシュレス化」はなかなか進まない。

消費増税による反動減を避けるために導入した制度にもかかわらず、もともとクレジットカードなどを利用していた層が恩恵を受けているだけで、余力のある高齢者の財布のひもを緩め、消費を増加させる結果にはなっていないようにみえる。問題は、今回のポイント還元が何の目的のために導入された制度なのかがはっきりしていない事だろう。

ポイント還元は、同じ店での支払いでも、クレジットカードや「ペイペイ」などのスマホ決済といった「キャッシュレス決済」をした場合に限って、5%分のポイントなどが還元されるというもの。中小・小規模事業者だけが対象で、しかも2020年6月末までという時限措置だ。

ところが、導入された表向きの理由は、消費増税対策。増税によって消費の反動減が起きるのを防ぐことを狙った、消費促進策ということになっている。消費税率8%だったものが10%となるものの、中小の小売店でキャッシュレスで購入すれば、増税分以上の還元が受けられるというものだ。

明らかに「消費者のため」の政策ではない

消費者の利便性を考えれば、中小小売店だけでなく、どこで買ってもキャッシュレスなら5%分が還元される、というのであれば話は分かる。ところが、中小・小規模事業者だけが対象ということになると、これは明らかに消費者を向いた政策ではなく、消費増税で打撃を受けると不満がくすぶっていた中小・小規模事業者向けの政策だ。

しかも、「消費税対策」が本当の狙いなのかも微妙である。

経済産業省は消費増税の反動減対策を政府がまとめるはるか前から、キャッシュレス化の旗を振っていた。日本の消費者は世界的にみても「現金志向」が強く、クレジットカードなどキャッシュレス化の比率が先進国の中でも極端に低いとされてきた。この点を課題視した経産省は、政策の柱としてキャッシュレス化を打ち出し、2014年6月の成長戦略などに盛り込んできた。

経産省の資料によると、2015年段階でのキャッシュレス化の比率は、韓国の89.1%をトップに、中国の60.0%、英国の54.9%、米国の45.0%などで、日本は18.4%としている。日本より比率が低い主要国はドイツの14.9%ぐらいだとされる。

経産省の「悲願」を増税対策の名目でかなえた

政府は、2017年6月に閣議決定した「未来投資戦略 2017」で、10年後の2027年までにキャッシュレス決済比率を4割程度にすることをKPI(重要評価指標)として盛り込んだ。さらに、経産省が2018年4月にまとめた「キャッシュレス・ビジョン」では、目標を前倒しで進めたうえで、現金以外の決済比率を将来的に80%に引き上げることを目指すとした。

経産省が旗を振る裏には、決済業務を拡大したいさまざまな業界の期待がある。クレジットカードの利用率向上はカード業界の悲願だし、銀行口座決済に代わるモバイル決済などは、大手通信業者や通信販売業者などが虎視眈々たんたんと狙うビジネスだった。当然、ソフトウェアの開発会社などの、決済の多様化にかける期待は大きい。

特に、中国で「Alipay(アリペイ)」や「WeChat Pay(ウィーチャットペイ)」といったQRコード決済が爆発的に広がると、「LINE Pay」や「楽天ペイ」などが日本でも始まった。2018年11月にソフトバンクグループの「ペイペイ」が「総額100億円 20%還元」を実施したことで、一気に日本でも電子決済が広がっていった。

今回のポイント還元政策は、こうした業界の動きを支援したい経産省の悲願を、消費増税対策という名目で予算を確保したうえで実施しているとみていいだろう。つまり、消費税対策の効果はないとは言わないが、そもそも期待されていない「建前」とみておいた方が良さそうである。

キャッシュレスに「変える」だけでは消費は増えない

もっとも、今回のポイント還元の実施で、これまでなかなか進まなかった中小・小規模事業者のキャッシュレス化が動き出したことは間違いない。ポイント還元を行う登録店舗の対象は約200万店とみられているが、実際に登録された店舗は1カ月で約64万店を突破、12月1日現在で約86万店に達した。申請数は95万件に達しており、年内に100万店前後になるとみられている。

経産省の発表によると還元額は1日12億円に達しており、加盟店の増加に伴って還元額が膨らむ可能性が高いという。今年度予算では1日10億円の想定で1786億円を予算計上しているが、このペースが続くと400億円程度不足する見通しだという。

予算を上回る還元になっているということは、消費を増やす効果があるのではないか、と思われがちだが、必ずしもそうではない。これまで現金を使っていた人がキャッシュカードやペイペイに支払い方法を変えただけでは、消費の上乗せにはならないからだ。キャッシュレス決済に変えたことで消費額がいくらかでも増えれば消費にはプラスになるが、そうなっている保証はない。

還元終了と同時に、消費が落ち込むかもしれない

スマホなどを活用する若年層は、もともとキャッシュレス決済への抵抗は小さいが、キャッシュレスで5%還元された以上に消費を増やすとは考えにくい。もともと可処分所得が大きくなく、消費に回せる金額は限られているからだ。

貯蓄を多く持つ高齢者にどんどん消費してもらう、というのが、本来の消費増税対策だが、高齢者にとってキャッシュレス化のハードルは高いようにみえる。今現在の高齢者をキャッシュレス化に対応させるというのはなかなか難しく、キャッシュレス決済をしている人たちが高齢化する中で、徐々に高齢者のキャッシュレス化が進んでいく、ということだろう。つまり、現在75歳の人をスマホ決済に切り替えさせるのは難しいが、65歳でキャッシュレス決済を普通に使っていれば、10年後には75歳でもキャッシュレス化する、という意味である。

もっとも、若年層のキャッシュレス決済にも死角がある。2020年6月末にポイント還元の期限がやってくることだ。5%のポイント還元がなくなることで、カード利用を引き締める可能性は十分にある。もともと可処分所得が少ないので、還元で財布に戻ってくる金額が減れば、当然、その分は消費しなくなる。つまり、キャッシュレスポイント還元の終了が、消費の落ち込みにつながる可能性があるのだ。

インバウンド消費に陰りが出る可能性

2020年7月からは東京オリンピックパラリンピックが始まり、海外からの訪日客も間違いなく増加する。いわゆるインバウンド需要によって、消費が下支えされるので、6月末で還元を打ち切っても、そのころまでには消費増税による影響は消えている、というのが政府の考え方に違いない。

だが、オリンピックによる訪日客の増加は一過性で、大会が終われば、その後一気に消費が冷え込むことにもなりかねない。また、米中貿易戦争の余波で中国経済が減速しており、今はまだ増え続けている訪日中国人観光客がどこかでピークアウトする可能性は十分にある。そうなれば、日本の弱い消費を支えているインバウンド消費に、一気に陰りがでることになりかねない。

おそらく、春になっても日本の消費が盛り返さない場合、キャッシュレスのポイント還元をそのまま続けるべきだ、という議論が出てくるに違いない。