AI・IoT時代を切り拓く「人材投資」をどう作る 日本型雇用システム壊す「人材流動化」がカギ

日経ビジネスオンラインに6月16日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/061500046/

人工知能」や「情報技術」を担う人材育成が急務

 未来を切り拓くのは「人」だ。AI(人工知能)やIT(情報技術)が新たな価値を生み出す時代になると言っても、それを具体的に担うのは人材である。急速に進む人手不足の中で、どうやってそうした人材を育て、確保していくかが、今後の日本を考えるうえで、大きな条件になっていくのは間違いない。

 政府が6月9日に閣議決定した成長戦略「未来投資戦略2017」でも、「教育・人材力の抜本強化」が課題として明記されている。未来投資戦略は、今後日本が成長していくためには、「第4次産業革命(IoT、ビッグデータ人工知能[AI]、ロボット、シェアリングエコノミー等)のイノベーションを、あらゆる産業や社会生活に取り入れることにより、様々な社会課題を解決する「Society 5.0」を実現すること」が重要だとしている。

「Society 5.0」とは「情報社会」に続く新しい社会

 ちなみに、ここで言う「Society 5.0」とは、人類が歩んできた、①狩猟社会、②農耕社会、③工業社会、④情報社会に続く5番目の新しい社会だとし、「新しい価値やサービスが次々と創出され、社会の主体たる人々に豊かさをもたらしていく」というイメージを提示している。

 そんな中で、最大のポイントが人材の育成だ。「未来投資戦略」は言う。

 「第4次産業革命に対応できる人材投資と労働移動の円滑化を進める。第4次産業革命に伴い、産業構造と就業構造の急激な変化は避けて通れない。個人個人に求められる能力・スキルも大きく変わらざるを得ない。IT人材が必要となるのは、IT産業に限らず全産業に及ぶ。2020年には、IT人材が約37万人不足すると予想される。更に多くの人材がITを使いこなす能力を身につけていくことが必要となる。『IT力強化集中緊急プラン』を策定し政策資源を集中投入する」

大学が「IT人材」を育てる教育をしていない

 IT人材を確保し、日本全体の「IT力」を強化することが不可欠だとしているのだ。ところが、現状の問題点として、具体的にどの分野の人材がどれぐらい必要かについて「十分に可視化されていない」という。その結果、産官学が共通して目指す羅針盤がない、というのである。

 また、「企業の現場で直面している実際の課題や現場の実データ、企業現場を熟知した講師等のリソースが不足」している点を指摘、「実践的な学び」を行える環境が整備されていない、としている。さらに、大学が「IT人材」を育てる教育をしていない点も課題として掲げた。「数理・データサイエンス教育の重要性・必要性は分野を超えて高まっているが、理系の一部の学生しか学んでおらず、文系理系を問わず、学ぶ機会が乏しい」というのだ。

 どんな人材がどれぐらい必要かも分からず、そうした人材が育てるリソースも不足し、大学などでも学ぶ環境が整っていない──。まさに「お先真っ暗」と言っているに等しい。

「産業構造の大転換」に舵を切った経済産業省
 一方で、日本は今後、「働き手」がどんどん減少していく。そんな中で、今、働いている人たちをどう「戦力化」していくかも大きな課題だ。安倍晋三内閣は「働き方改革」を前面に打ち出しているが、「未来投資戦略」もその重要性に触れている。

 「生産性の向上と新しい価値創出力の強化に結び付く働き方改革を進める。長時間労働の是正や非正規労働者の処遇改善に取り組みつつ、知識集約型産業を中心とした新しい就業構造にふさわしい形で、職務と能力等の内容の明確化や、それに見合った公正な評価・処遇を実現するとともに、労働市場流動性を高めるための取組にも挑戦していく」

 実は、経済産業省は昨年来、日本の産業構造を大きく転換する方向に舵を切っている。2015年度と2030年度の「職業別の従業者数の変化」という試算を行い、「変革」を行った場合と、現状を放置した場合で、それぞれどれぐらいの従業者の増減が起きるかを試算している。


■職業別の従業員数の変化(伸び率)
※2015年度と2030年度の比較
(上の表の出所)経済産業省作成の報告書「『新産業構造ビジョン』〜第4次産業革命をリードする日本の戦略〜」から
(表内のデータの出所)株式会社野村総合研究所およびオックスフォード大学(Michael A. Osborne博士、Carl Benedikt Frey博士)の、日本の職業におけるコンピュータ化可能確率に関する共同研究成果を用いて経済産業省作成

 その中で目を引くのが、「製造・調達」にかかわる人数の変化だ。現状放置の場合、262万人減少するとしているが、AIやロボットによる代替という「変革」を進めた場合、減少数が297万人に増えるとしている。

付加価値の高いサービス産業が雇用の受け皿に

 一方、「営業販売」や「サービス」などは、現状を放置すれば、減少が見込まれるものの、変革によってむしろ大きく増える可能性があるとしている。例えば、高級レストランの接客係などサービス産業の代替される確率の低いサービス仕事の場合、現状を放置すれば6万人の減少になるが、変革によって179万人の増加に転じるとしている。

 また、やはり代替確率の低い「営業販売」職の場合、現状放置では62万人の減少が見込まれるが、高度なコンサルティング機能が競争力の源泉になる商品やサービスの営業販売を増やす変革が起きた場合、114万人も増加するとしている。

 つまり、経産省は、これまでの製造業を中心に雇用を生んでいく社会から、付加価値の高いサービス産業を雇用の受け皿にする方向へと、大きく政策転換したとみていい。「製造業の守護神」のような立場を取り続けてきた同省にとって、きわめて大きな変化だろう。

「学び直し」に対するインセンティブ不足が課題

 今回の「未来投資戦略」もこうした方向性を引き継ぐ形で、「労働市場流動性を高める」としているわけだ。

 そうした労働市場の流動化を前提に、「未来投資戦略」が協調しているのが、「誰もが学び直しできる社会」の構築だ。社会の変化が急速に進展する中で、すでに社会で働いている人たちを、求められるIT人材に変えていくためには、「学び直し」の機会が不可欠だとしているわけだ。

 そのうえで、現状の課題として、自発的に「学び直し」をしようとしても、金銭的・時間的な制約等があることや、「学び直し」に対するインセンティブが不十分だと指摘している。インセンティブとは、企業が採用したり、処遇を決める場合、そうしたIT能力・ITスキルを十分に評価していないため、学び直す意欲につながっていない、ということだ。

 未来投資会議のこうした危機感は正鵠を射ているだろう。だが、それを打開するために、政府がどんな施策を取るかとなると、非常に難しい。未来投資戦略でも、具体的な対策として掲げられているのは、経済産業大臣が認定する「第4次産業革命スキル習得講座認定制度(仮称)」を2017年度中に創設することや、意欲のある社会人の「学び直し」を充実するため、個人に対する支援策を講ずること。お決まりの資格認証制度と助成金である。こうした政府主導の「インセンティブ」は無意味とは言わないが、IT人材を大量に育成する切り札になるとは思えない。

“日本型雇用システム”を打破する必要も

 大学教育の改革にしてもそうだ。未来投資戦略では「産学連携の推進や経営力を高める大学改革、我が国の強みを発揮できる分野への研究開発を進める」としているが、結局、大学への補助金や研究費の積み増しに終わることになりかねない。

 もちろん、そうした教育投資、人材投資に公金を投入する意味がまったくないわけではない。だが、国の補助金に大きく依存する日本の大学で人材が生まれず、寄付や運用益で成り立つ米国の大学で人材が生まれることを考えれば、国の直接的な資金だけが切り札になるわけではない。要は社会に求められる人材を輩出するような大学には、十分な寄付金などが集まる、競争力を問う仕組みができるかどうか、だろう。

 個人のレベルで言っても、「学び直し」がより高く評価される「労働市場」がきちんと構築されることが不可欠だ。こうした点からも、大企業による正社員の一括採用、終身雇用、年功序列の賃金体系といった、日本型と言われてきた雇用システムのあり方自体が大きく変わることが求められている。そうした旧来型のシステムを打破しなければ、重要性が増すIT人材を生み出し、新しい社会を作り出していくことはおぼつかないに違いない。