「東芝」で問われる東証の「上場廃止ルール」 原発子会社「内部統制の不備」をどう判断するか

日経ビジネスオンラインに2月16日にアップされた原稿です→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/021600042/?P=1

原子力事業でのれん減損7125億円

 東芝が断末魔に喘いでいる。昨年末になって突然、米国の原子力発電子会社ウエスチングハウス(WH)が2015年末に買収した原発サービス会社CB&Iストーン・アンド・ウェブスター(S&W)で「数千億円」規模の損失が発生する可能性があるとしていたが、2月14日になって、原子力事業の「のれん」の減損額が7125億円に達することを公表した。もっとも、2016年第3四半期決算の数字が確定できない異例の事態となっており、この損失額も「当社の責任において当社としての見通し及び見解を記述したもの」という前提付き。今後、損失額がさらに膨らむ可能性もあるとしている。

内部統制の不備を示唆する内部通報

 決算発表が当日になって延期された理由として東芝社外取締役で監査委員会委員長の佐藤良二・元監査法人トーマツCEOは14日夕に開いた会見で、こう説明した。
 「CB&Iストーン・アンド・ウェブスター社の買収に伴う取得価格配分手続きの過程において、内部統制の不備を示唆する内部通報がありました」

 年明けから2度にわたったという内部通報を受けて、東芝は弁護士事務所に依頼、調査を行ったが、「さらなる調査が必要との結論」に至ったとしている。記者からは「内部統制の不備を示唆する内部通報とは具体的にどういうことか」という質問が出たが、佐藤氏は、「現在調査中なので内容については、コメントを控えさせていただきたい」と回答を避けた。

東芝本体で発覚した「不正会計」を彷彿とさせる話

 いったいどんな「内部統制の不備」があったのか。

 翌日、日本テレビが報じたところによると、巨額損失が生じることが明らかになった昨年12月、急きょ米国に調査に向かった志賀重範会長(15日で辞任)がWHのダニー・ロデリック会長と共に、WH幹部に対し、東芝にとって有利な会計になるように圧力をかけたとされる。2015年春に東芝本体で発覚した「不正会計」を彷彿とさせる話である。

 実際に、そうした圧力を志賀氏らが加えたのか、それによって決算数字に影響を与えたのか、は今のところ分かっていない。

 問題は、そうした「内部統制の不備」が疑われること自体が、東芝にとって致命傷になることだ。

「特注銘柄」指定期間を延長され、後のない東芝

 東芝は現在、東京証券取引所東証)から「特設注意市場銘柄(特注銘柄)」に指定されている。内部統制に問題がある企業が改善するまでの間、指定されるポストである。2015年9月に特注銘柄に指定されたが、1年を経た2016年9月に東芝は「内部管理体制確認書」を東証に提出、特注銘柄から「解除」するよう申請していた。

 これに対して、特注指定解除を審査する東証自主規制法人(理事長、佐藤隆文・元金融庁長官)が2016年12月19日に理事会を開き、特注指定の期間を延長することを決めた。きっかけは、福岡にある東芝の子会社で長年にわたって不正が行われていたことが発覚したためだったが、指定延長からわずか1週間後になって米国原子力事業での巨額損失の可能性が明らかになった。

 東証は指定延長にあたって、「コンプライアンスの徹底や関係会社の管理等において更なる取り組みを必要とする状況が存在しており、これらの改善に向けた取り組みの進捗等について引き続き確認する必要がある」とした。まさに、その懸念が的中したというわけだ。

3月15日までに「内部管理体制」は整うのか

 東証のルールでは「特設注意市場銘柄」指定から1年半たって内部管理体制が改善したと認められない場合は上場廃止になることになっている。3月15日以降に東芝は「内部管理体制確認書」を再度、東証に提出、東証は再びそれを審査することになる。3月15日の段階で東芝株はいったん「監理銘柄」に指定される予定。投資家に上場廃止になる危険性があることを周知するための措置だ。

 2月14日の決算が最大1カ月延期されたことで、決算発表自体が3月14日にずれ込む可能性がある。さらに、米WHで内部統制上の問題が持ち上がったことで、その実態が把握できたとしても3月15日までに「内部管理体制が整った」と言える状態になるのかどうか。

企業が「突然死」した時の影響の大きさに配慮

 もともと、東証のルールでは、「有価証券報告書等に虚偽記載を行った場合で、その影響が重大であると当取引所が認めたとき」に上場廃止になると定められていた。ところがオリンパスの巨額損失隠し事件が表面化した後、「有価証券報告書等に虚偽記載を行った場合であって、直ちに上場を廃止しなければ市場の秩序を維持することが困難であることが明らかであると当取引所が認めるとき」と条文を変えた。さらにその後、ルールを変え、特注銘柄の制度を導入した。

 なぜ、東証はそんな変更をしたのか。当時、最高経営責任者(CEO)だった斉藤惇氏の考えが大きかった。斉藤氏は野村証券副社長の後に務めた産業再生機構の社長時代、粉飾決算が表面化したカネボウの案件に直面した。上場廃止になることで経営破たんし、事業がバラバラに売却されていくのを目の当たりにしたのだ。粉飾が発覚した途端に上場廃止して企業が「突然死」した場合、株主に大打撃を与えるだけでなく、会社の再生も困難にすると考えたのだ。最初の条文変更で「直ちに上場を廃止しなければ」と「直ちに」という文言が入ったのは、そうした思いが色濃く反映されている。

 逆に言えば、特注銘柄制度の導入で、最長1年間半の猶予期間を与えたことで、その期間に問題を解決できなければ、上場廃止にするという姿勢を示したのである。

「二度と粉飾決算を繰り返さない」ことを示せるか

 決算発表すらできない現状の東芝を見る限り、「内部統制」が十分に機能し始めたと、胸を張ることは難しいだろう。東芝の不正会計が粉飾決算であることは2015年末に金融庁東芝と監査をしていた新日本監査法人に課徴金を課し、会計士を処分した段階ではっきりしている。処分理由に金融庁が「有価証券報告書の虚偽記載」と明示しているのだ。東芝は「二度と粉飾決算を繰り返さない」ということを体制整備を通じて東証に示さなければならないが、期限が迫る中で、果たしてそれができるのか。

 3月15日に東芝から「解除」の申請がされた場合、東証が再び審査を行い、その結論は6月頃になる見通しだ。

政治の介入で“救済”されるのではないか、という見方も

 それでも「東芝のような日本を代表する企業を上場廃止にできるはずはない」という声が資本市場関係者の間でも根強くある。オリンパスの時と同様、政権の閣僚が介入して“救済”されるのではないか、という見方もある。

 オリンパスの時は、上場廃止オリンパスが破たんすれば、同社の内視鏡技術など日本の高度技術が中国企業に買われることになる、といった「上場廃止にさせない理由」が繰り返し永田町や霞が関に流布された。当時の民主党政権の大臣たちは、真顔でそれを信じていた。

 今回も「東芝上場廃止で破たんすると、原子力技術が中国に買われる」といった危機感を煽る声が出始めている。

大企業は何をやっても上場廃止にはならないのか

 仮に、6月になって東証東芝の上場維持を決めた場合、もはや特注銘柄制度の理念は空洞化することになる。上場したての会社はともかく、老舗の大企業は何をやっても上場廃止にできない、という事を満天下に示すことになるわけだ。

 有価証券虚偽記載罪は資本市場にとって万死に値する重大犯罪だ。不特定多数の投資家から資金を集める上場企業が、決算書を偽っていては市場の信頼が失われ、市場としての機能そのものが失われかねない。

 これは罰則規定をみても分かる。会社法で規定されている「計算書類等虚偽記載罪」(976条)は百万円以下の過料だが、株式を公開している会社を規定する金融商品取引法の「有価証券報告書虚偽記載罪」(197条)は、10年以下の懲役または1000万円以下の罰金(または併科)が定められている。

 その大罪を犯しても上場廃止にならないとすれば、東証のマーケットは危なっかしいジャンク市場ということになってしまう。

 東芝の歴代3社長の刑事告発東京地検特捜部はいまだに躊躇している。「個人の犯罪」としては立件するのが難しいという判断なのだろう。だとすれば「組織ぐるみの犯罪」であることは明らかで、ますます上場維持の可能性は小さくなる。