東芝の上場廃止を決断できない理由は 東証「上場廃止基準」の釤忖度余地釤

月刊エルネオス9月号(9月1日発売)に掲載された原稿です。http://www.elneos.co.jp/

限定付き適正意見

 巨額の赤字を計上し、何度も決算発表の延期を繰り返してきた東芝は、上場廃止の危機に直面しているといわれながら、上場廃止にならずにいる。なぜ東京証券取引所上場廃止を決断できないのだろうか。
 八月十日、東芝は二〇一七年三月期の有価証券報告書を一カ月余り遅れて財務局に提出した。この日までに決算書が正しいと認める監査法人の報告書が得られなければ、いよいよ上場廃止が決まるとみられたが、すんでのところで、監査法人から「限定付き適正意見」を得た。東芝の綱川智社長(写真)は記者会見で、「決算は正常化し、経営課題の一つが解決した」と述べたが、これで東芝上場廃止から免れたわけではない。
 上場廃止東証が恣意的に決めているわけではない。明確な上場廃止基準が定められている。いくつか項目があるが、その一つが、有価証券報告書の「提出遅延」。基準では、監査報告書の「法定提出期限の経過後一カ月以内に提出しない場合」に上場廃止になるとしている。東芝金融庁の許可を得て八月十日を期限としていたので、それまでに提出できなければ、上場廃止が決まるところだった。
 監査法人から得た監査意見によっても上場廃止になる可能性があった。上場廃止基準には、監査報告書に「『不適正意見』又は『意見の表明をしない』旨等が記載された場合であって、直ちに上場を廃止しなければ市場の秩序を維持することが困難であることが明らかであると当取引所が認めるとき」とある。
 東芝の監査を担当するPwCあらた監査法人は、第3・四半期(一六年十〜十二月)についで、今年四月に「意見を表明しない」としていた。一七年三月期通期に関しても、同様に意見不表明とするのではないかという見方もあった。そうなると、東証の「判断」が鍵を握ることになる。「意見不表明」の監査報告書が付いた有価証券報告書でも、それが提出されれば、上場廃止はとりあえず免れる。「当取引所が認めるとき」という条件が付いており、「市場の秩序維持が困難かどうか」審査することになるからだ。
「限定付き適正意見」とは、一部に問題があるものの、おおむね決算書は正しいというもので、上場廃止基準の監査意見の項目はクリアされたことになる。

長引く「執行猶予」期間

 だが、東芝が抵触している上場廃止基準はこれだけではない。「債務超過の状態となった場合において、一年以内に債務超過の状態でなくならなかったとき(原則として連結貸借対照表による)」という項目もある。東芝は今年三月末に債務超過になっており、来年三月末までに債務超過を解消しなければ、上場廃止になる。この項目には「東証の判断」は書かれていないので、債務超過が続けばアウトだ。それだけに、東芝の経営陣は債務超過を避けるために、虎の子の半導体事業を売却し、数兆円の資金を獲得して債務超過を解消するという絵を描いている。
 これまでも東芝は、上場廃止の基準に抵触していた。「有価証券報告書に虚偽記載を行った場合」という項目だ。一五年に不正会計が発覚し、同年末には金融庁から「虚偽記載があった」と認定されて、課徴金までかけられた。本来ならば、この一事で上場廃止になるはずだが、この項目にも「意見不表明」と同様、「直ちに上場を廃止しなければ市場の秩序を維持することが困難であることが明らかであると当取引所が認めるとき」という一文が付いている。
 何が市場の秩序なのか、困難であることが明らかとはどういう状況を指すのか、この条文ではわからない。結局は判断する東証の裁量の余地が極端に大きい条文になっている。東芝のような日本を代表する大企業を「追放」する判断を誰も下せなくなっているわけだ。
 東証東芝を上場させ続ける一方で、粉飾決算を起こさないような社内体制が整っているかをチェックするため、一五年九月に「特別注意市場銘柄」に指定した。通常は一年たって会社が報告書を出すと解除されるが、東芝の場合、別の不祥事が発覚し、さらに半年延期された。その直後に米原子力子会社での巨額損失が表面化している。
 仮に東証が一六年秋の段階で東芝の特別注意市場銘柄を指定解除していたら、それこそ大恥を書くところだった。半年延長の期限が今年三月十四日で切れ、その際に東芝が提出した報告書を東証が審査している最中ということになっている。つまり、内部体制が整っていないと判断されれば、上場廃止になる「執行猶予中」の状態なのだ。

不明確な上場廃止基準

 実は八月十日の段階で、監査法人はもう一つの重大な報告書を提出している。東芝の「内部統制報告書」について「不適正」としたのだ。東芝の執行部は会計処理の誤りを認めておらず、最後まで監査法人と対立した。監査法人は監査意見こそ「限定付き適正」で妥協したが、粉飾決算を引き起こした東芝の内部体制は今も変わっていないと見たのだろう。
 三月に東芝東証に出した内部統制報告書の後の段階で、監査法人が内部統制を「不適正」とした意味は大きい。内部統制報告書は東証に置かれている自主規制機関の理事会が審査している。監査法人が不適正としている中で、東証東芝の内部統制が整ったという判断を示すことは不可能だろう。そうなると、東証上場廃止を決断せざるを得なくなると思われるが、いつまでに結論を出すというルールがあるわけではない。
 理事の一人は、「有価証券報告書が出せなかったり、債務超過が解消できないなど、外部要件でアウトにならない限り、東証の判断で上場廃止にするのは難しい」と苦しい胸の内を明かす。上場廃止規定に「市場の秩序維持が困難なことが明らか」といった条件が付いている場合、それを満たしたと判断することは生半可ではない。
 このままのルールでは、東証は問題企業を排除することができず、市場の信頼や質を保つことも難しくなる。上場廃止基準を誰でもが判断できるもう少し明確な基準に見直すことが必要だろう。