安倍内閣が最も日本的な「あの人事慣行」にメス 社長は退任したらさっさと去るべし

現代ビジネスに2月22日にアップされた原稿です。オリジナルページ→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51032


社長よりも強い人がいるのはなぜ?

政府の成長戦略を作る「未来投資会議」が、コーポレートガバナンスの強化策として、社長OBが相談役や顧問として企業に残る慣行の見直しに乗り出した。

1月27日に首相官邸で開いた第4回未来投資会議での議論を受けて、安倍晋三首相自身が「本日の問題提起を踏まえて、不透明な、退任した経営トップの影響を払拭し、取締役会の監督機能を強化することにより、果断な経営判断が行われるようにしていきます」と述べ、今後、具体的に対応していくことを明言した。

最も日本的とされる人事慣行のひとつにメスが入ることになる。

第2次安倍内閣が取り組んできたコーポレートガバナンス改革では、取締役会の権限強化や独立性強化に力点が置かれてきた。

ところが、日本企業にはガバナンス上、大きな問題があるケースが少なくなかった。社長よりも絶対的な権限を握っている人物がしばしば社内にいることだ。

社長や会長を退任して肩書上は「顧問」や「相談役」になっていても、実質的に権力を握り続けている例が多くあり、日本的な人事慣行といっても良いほどになっている。

いくら独立した取締役会で議論しても、実力「顧問」の鶴の一声ですべてが変わってしまうのであれば、コーポレートガバナンスの強化は絵に描いた餅になる。

退任したら、黙っていなさい

経済産業省が昨年、東証1部2部上場の約2500社を対象に行った調査では、回答した871社のうち、「顧問」や「相談役」を導入している企業が77.6%に及んだ。

役割については、「経営陣に対する指示や指導」と答えた企業が35.6%と最も多く、「中長期の経営戦略・計画についての助言」や「本社役員人事についての助言」という回答も多かった。

コーポレートガバナンス上、役割が明確でない「顧問」や「相談役」が、重要な経営事項に関与している様子が浮かび上がった。

1月27日の会議でこの話を持ち出したのは、民間議員である三菱ケミカルホールディングスの小林喜光会長。

未来投資会議の下に作った構造改革徹底推進会合で企業関連制度改革や産業構造改革のまとめ役になっている。経済同友会の代表幹事を務める一方、経営危機に直面している東芝社外取締役も務める。

「日本企業の『稼ぐ力』の向上に向けて」と題した資料の中で、退任した経営トップが果たすべき役割として、次の点を挙げた。

「経営トップには、時として、過去にとらわれない経営判断が求められる。こうした企業文化を醸成していく必要があり、とりわけ社長OBが相談役や顧問として経営陣に指示・指導しているような慣行の見直しを検討する必要がある。社長OBは、他の会社の独立社外取締役としてその高い知見が活かされていくことを検討すべきではないか」

つまり、社長を辞めたら、さっさと会社を去って、むしろ他の会社で社外取締役などになった方がいい、としているのだ。

東芝の相談役は80歳まで!?

実は、日本企業のこの権力の二重構造とも言える実態については、海外の機関投資家などからも批判が多い。

海外の機関投資家が日本企業の株式を保有している場合、その議決権行使については、議決権行使助言会社の方針に従うケースが多い。

その議決権行使助言会社の大手のひとつである米インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)が、今年株主総会に向けた助言方針の中に、「相談役・顧問制度を新たに規定する定款変更議案」が出た場合、「反対」を推奨することとした。

ただし、相談役や顧問を取締役の役職として規定する定款変更については反対は推奨しないという。

つまり、会社(経営者)の一存で任命できる不透明な「顧問」や「相談役」の新設には反対するというわけだ。

経済産業省の調査にしても、ISSの新方針にしても、その大きなきっかけがあった。2015年に発覚した東芝の不正会計問題である。

当時、東芝には最も多かった時で相談役5名、顧問27名が在籍していたことが明らかになり、社長、会長の経験者は80歳まで相談役として君臨することになっていた。

実際、社長・会長を務めた後、東京証券取引所日本郵政のトップを務めていた西室泰三氏も「相談役」として在籍し続け、個室や車、秘書が付いていた。

不祥事発覚で歴代三社長が引責辞任する際、会長だった室町正志を留任させるよう説得したと西室氏自身が語っており、人事などに大きな影響力を持ち続けていた。

あぶり出される「天下り

安倍内閣が今後、企業の「顧問」や「相談役」についてどんなルールを具体化していくかは分からない。企業のあるべき姿を示したコーポレートガバナンス・コードの見直しなどに含むことになるのかは、今後の未来投資会議の議論で決まる。

規制の仕方についても、「社長経験者は退任後顧問に就けない」などと一律で規制することは難しい。社長はダメで副社長は良いのか、といった声も出る。かといって、一切、顧問や相談役を置くのは禁止、とすることにも無理がある。

可能性があるのは「情報開示」。顧問や相談役といったポストに就いている人について、一律に開示させる方法が最も簡単である。取締役の報酬も個別開示が進んでおり、一定金額以上の顧問や相談役について報酬開示をするのも一案だろう。

実は、企業側で顧問や相談役を全面開示することには大きな「副次効果」がある。規制官庁からの天下りがあぶり出されることだ。

未来投資会議の数日後、国会でどよめきが起きる質疑があった。

明治安田生命保険で「顧問」に就任していた文部科学省人事課OBである嶋貫和夫氏の同社での待遇が、「月2回の勤務で年収1千万円」ということが明らかにされた際のことだ。

しかも、明治安田の根岸秋男社長は記者会見で「法人営業全般について指導や助言を受けていたが、報酬に見合うものだった」と述べている。

これに野党などはまったく噛みついていないが、天下り役人に保険会社が期待する1日40万円という「職務」が何なのか、もっと追及されてしかるべきだろう。

もっとも、日本郵政の社長を更迭されながら同社の「顧問」に就任していたことが発覚した元財務官僚の坂篤郎氏の顧問料は月額100万円だった。それが天下り官僚の顧問の「相場」なのかもしれない。

いずれにせよ、経営者の裁量で決められている顧問や相談役は、コーポレートガバナンスの視点から見た時に、あまりにも不透明だ。

今後、どんなルールが出来上がるのか。大物官僚の天下りがやりにくくなることもあり、安倍首相がどこまで踏み込めるかが注目される。