トランプ大統領の口先介入に振り回される 為替相場の影響を受けやすい日本経済

月刊エルネオス3月号(3月1日発売)に掲載された原稿です。http://www.elneos.co.jp/

政府による為替介入の効果

 米国でトランプ大統領が誕生したことで、世界の為替相場が不安定になっている。というのも、トランプ氏の発言で為替相場が大きく乱高下するケースが頻発しているからだ。
 一月三十一日、トランプ大統領は医薬品メーカーとの会合の場で、中国や日本などが「意図的に市場で為替操作をして、米国は損害を受けてきた」と発言した。その発言が伝わるやドルは急落。円は一㌦=一一三円台後半だったものが、一時、一一二円〇八銭まで上昇した。仮に円安になるよう操作していたとすれば、米国の批判でそれができなくなるので、円高にならざるを得ないというわけだ。
 では実際、日本は為替操作をしているのだろうか。
 一九七三年の変動相場制移行後、日本政府は何度かの「円売りドル買い介入」を行ってきた。小泉純一郎政権下の二〇〇三年から〇四年にかけては総額三十二兆円にのぼる円売りドル買い、ユーロ買い介入を行った。また、一〇〜一一年にかけて、民主党政権下でも繰り返し介入が行われ、その規模は十六兆円に達した。いずれも猛烈な円高を止めるために、米国財務省の理解を得たうえで行ってきた。
 では実際に、それで相場を円安にすることができたのかといえば、そうではない。為替介入の効果は限定的というのがもはや世界の常識になっている。
 為替市場の規模が巨大化する中で、政府が介入しても市場に逆らうことは難しい。それでも介入するのは、政府の意思を示すことで、市場の流れを変えるきっかけになればという期待からだ。ちなみに、米国は二〇〇〇年以降、為替介入はしていない。

円安誘導か金融緩和か

 もう一つ、「口先介入」と呼ばれるものがある。首相や財務相日銀総裁などは、為替について聞かれても一切答えないのが不文律になっている。ところが、意図的に為替水準について触れた発言をするケースがたまにある。突然、円高が進んだ場合などだ。
 そうした発言を受けて市場関係者は、これ以上円高になると、政府が円売り介入に乗り出すのではないかという懸念を持つ。政府が為替介入する際は抜き打ちで行うのが通例で、買い上がることのリスクを考えるようになるわけだ。そうなると円高圧力が弱まり、結果的に円高の流れが止まることになる。長期のトレンドに影響を与えるのは難しいものの、「口先介入」で短期的には相場に影響を与えることは可能だ。
 そういう意味では、トランプ大統領の為替に関する積極的な発言は、一種の「口先介入」と見ることもできる。
 では、トランプ大統領の発言はまったく的外れなものなのか。日本は意図的に為替を操作していないと言い切れるのか。
 実は昨年来、米財務省は「外国為替報告書」の中で、「為替操作国」にあたるかどうかの「監視リスト」を公表している。昨年十月に公表されたリストには、中国、韓国、台湾、ドイツ、スイス、日本の六カ国・地域の名前が記載されている。オバマ大統領時代から、日本は為替を円安に誘導しているのではないかという疑念を米国は抱いているのだ。
 それはなぜか。
 一二年末に第二次安倍晋三政権が発足して以降、確かに為替介入は行っていない。しかし一方で、アベノミクスの一本目の矢である「大胆な金融緩和」を発動。これによって、為替は一気に円高が修正されて円安になった。大胆な金融緩和は銀行による国内貸し出しを後押しし、国内経済を刺激するのが狙いで、為替を動かすことが本意ではないというのが安倍内閣の立場だ。
 しかし現実には、為替が円安になったことで、輸出企業を中心に輸出採算が改善するなど利益が一気に改善している。つまり、円安効果によって企業収益が改善したのは紛れもない事実なのだ。
 もともと大胆な金融緩和はリーマン・ショック以降の米国が始めた政策だ。ドルを刷りまくることで、金融損失で景気が失速するのを防ごうとしたのだ。その裏側で金融緩和をためらった日本が猛烈な円高に見舞われ、デフレが深刻化したのは当然のことだった。リーマン・ショックと呼ばれた金融危機で最も銀行の傷が浅いといわれた日本が、最も景気後退の影響を受けたのである。
 そのデフレから脱却しようとして安倍内閣が始めた大胆な金融緩和を、「為替誘導」だとされては安倍首相もたまらないだろう。

経済不透明の中の米国株高

 もちろん、米国には米国の事情がある。今後、米国は大胆な金融緩和からの「出口戦略」を進め、徐々に金利を引き上げていく見通し。そうなればドルは強くなり、円は安くなるのが通例だ。つまり、「口先介入」しなければドル高が進む可能性があるわけだ。
 もっとも、市場が乱高下するのには別の理由もある。トランプ政権の経済政策の方向性がきちんと見えないからだ。大統領選の段階ではトランプ氏が勝利した場合、ドルや米国株は急落するとの読みが大半だった。ところが、現実にトランプ氏が勝利すると、為替も株も逆の動きになった。トランプ政権が米国経済を強くするとの見方が出たからだ。
 トランプ政権では閣僚の任命が進まないうえ、任命したマイケル・フリン国家安全保障担当大統領補佐官が辞任するなど、政権の骨格が固まらない。そうした中で米国株は高値を更新しているが、どんな経済政策を打ち出すのかなど、不透明感が強い。
 一方で、日本の景気が為替に大きく左右されるのも現実だ。仮に為替が円高方向に動いていくとすると、自動車などの輸出産業の業績にはマイナスで、アベノミクスが目指している「デフレ脱却」が一気に頓挫することになりかねない。
 安倍首相は米国訪問でトランプ大統領とゴルフに興じるなど人間関係の構築にひとまず成功したように見える。日本経済が失速すれば米国経済にも影響が及ぶことを説明し、日本に無理難題を押し付けないよう説得できる関係が築けたのかどうか。トランプ大統領の無責任な「口先介入」で日本経済を振り回すことだけは勘弁してもらいたい。