「国債も株も日本銀行に買わせればいい」?  どこまで頑張れるのか 利上げは日銀債務超過への道

現代ビジネスに6月26日に掲載された拙稿です。ぜひご一読ください。オリジナルページ→

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/96769

新型コロナが明けただけでは

円安が止まらない。1ドル=135円を付けた後、いったん131円台まで円高方向に戻したものの、6月21日には136円を突破した。その後、再び134円台まで円が買われたが、そうした売買は、急激な円安に対する反動の域を出ず、トレンドとしては円安が続いている。

6月17日まで開いた日本銀行の政策決定会合でも、金融緩和の維持が決まり、金利を猛烈な勢いで引き上げている米FRB連邦準備制度理事会)と対照的な対応となっているため、日米金利差の拡大によって円安に拍車をかけている。

日銀が金融緩和の方針を見直せない背景には、もちろん日本経済の弱さがある。米国は2021年末までに、GDPの実額が新型コロナウイルス蔓延前を大きく上回り、「好景気」を享受していたが、日本は2019年10月の消費税率引き上げ前の2019年7−9月期のGDPをいまだに更新できずにいる。

新型コロナに目を奪われてあまり指摘されないが、8%から10%への消費税率引き上げが、大きく消費を冷え込ませ、そこに新型コロナによる経済凍結が追い討ちを欠けたと見るべきだろう。つまり、新型コロナによる経済活動の制限が明けた途端に、その分も成長を始めた米国と違い、日本経済の場合、新型コロナが明けただけでは自律的に経済成長が始まると見るのは早計だということだ。

黒田バズーカ、元々の狙い

その日本経済の弱さによって、日銀は大規模な金融緩和から抜け出せなくなっている。

2013年に黒田東彦氏が日銀総裁に就任し、大規模な金融緩和に踏み出した際、日銀幹部やエコノミストたちの間にも異論があった。大規模な金融緩和を推進するいわゆるリフレ派は、伝統的な金融政策を支持するエコノミストたちから強く批判された。それでも黒田氏が大規模な金融緩和に踏み切った背景にはアベノミクスを推し進める政治的なプレッシャーが見え隠れした。

黒田氏の前任だった白川方明総裁は、日銀が国債を直接買い入れる財政ファイナンスは、「歴史的に見れば、手のつけられないインフレをもたらす」として強く反発していた。黒田氏はそれを押し切る形で、金融緩和を続けてきた。

「黒田バズーカ」と呼ばれた「異次元の」金融緩和は、当初は成果を上げていた。日銀は「金融緩和は為替を動かすことが狙いではない」としていたが、結果的に円高が大幅に修正されることになり、輸出企業を中心に業績が一気に回復した。

もともとアベノミクスは、大胆な金融緩和と財政出動によって、経済にエンジンをかけ、その間に規制緩和などによって民間投資を促すという構想で始まった。つまり、金融緩和をその後10年にわたって続けることは本来、想定していなかったのだ。金融緩和と財政出動でエンジンをかけた後は、自律的な「経済好循環」、つまり、企業が給与を引き上げ、それが消費に結びつき、再び企業収益にプラスに働く、という循環に入るはずだった。

白川前総裁の警告が当たってしまうのか

だが、現実には経済の好循環は起きなかった。この間、大幅な法人税率引き下げなども実行したが、給与は増えなかったのである。

しかも、安倍内閣時代に2度にわたって消費税率を引き上げた。これは当然、実質的な可処分所得を減らすわけだから、消費が落ち込むことになった。大規模な金融緩和を正常に戻してから増税するならともかく、増税を優先したために、景気上昇の腰が折れ、大規模な金融緩和から抜け出せなくなったわけだ。抜け出せないどころか、日銀による国債の買い取りはどんどん膨らんでいった。

当然の事ながら、金融政策も経済政策も絶対に正しい政策というのはない。その時々、タイミングに応じた手を打つ必要がある。金融緩和もアベノミクス初期のエンジンをかけるタイミングでは正しい政策、劇薬ではあるが選択肢としてはあり得る政策だったと言えるだろう。だが、それを10年続けるとなると話は別だ。

結果的に、白川前総裁の警告が当たることになってしまうのだろうか。大規模な金融緩和の副作用が、為替の円安に直結しているのは間違いない。

猛烈な円安が始まっていた4月の日銀の金融政策決定会合で、「金融政策はあくまでも物価の安定という使命を果たすために運営しており、為替相場のコントロールを目的としているわけではない点について、丁寧に説明していく必要がある」という発言が複数の委員から出ていたことが公開された議事要旨で明らかになった。大規模な金融緩和に乗り出した時と同じく「正論」ではあるが、明らかに金融政策の作用によって円安が進んでいる。

日銀にとって引き締めは債務超過への道

それでも日銀が金融引き締めに転換できない背景には、日銀自身の懐事情がある、という見方がある。

日本銀行の決算によると、2013年度末に198兆円だった日銀保有の国際は2018年度末には469兆円に達し、2021年度末には526兆円にのぼっている。そしてその国債時価評価した「評価益」は、2018年度には16兆円に達していたが、21年度末には逆に4兆円あまりにまで減少している。つまり、金利の上昇(債券価格の下落)によって評価益が小さくなっているわけだ。

金融政策を引き締めに転じて本格的に金利が上昇すると、「評価損」が発生して、日銀が債務超過になりかねない、というのだ。そうなれば、日銀が発行する日本円の信頼は崩壊する、というのである。

大規模な金融緩和を求めてきた安倍晋三元首相は、講演で、日銀は政府の子会社であり、政府が発行する国債の半分は日銀が買っているのだから、財政破綻する心配はないと述べ、話題になった。確かに財政破綻はしないのかもしれないが、国債を日銀が買い続ければ、円の価値は落ち、円安が一段と進む。

円の価値が落ちるということはインフレが進行するということだ。白川氏が言っていたような手のつけられないインフレ、いわゆるハイパーインフレがすぐに来るかどうかは別として、すでに庶民生活を脅かすレベルの電気代やガソリン代、輸入食品の価格上昇が始まっている。この物価上昇を抑える金融引き締めができないとなると、一般の消費者が塗炭の苦しみを味わうことになる。

また、金融緩和の一環として日銀はETF(上場投資信託)を通じて株式も購入してきた。ETF保有額は時価で51兆円に達する。旧東証1部の時価総額の7.2%に相当する。日銀はGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)と並んで、日本企業の大株主になり、多くの会社で事実上の筆頭株主になっている。

その日銀のETF購入が2021年度は一服していることが話題になった。今後、日本経済の後退が鮮明になり、株価がさらに下落することになれば、今度は株式でも評価損を抱え込むことになりかねない。つまり、日銀による国債購入も、株式購入も、もはや無尽蔵にできない水準に来ているということだろう。