日経ビジネスオンラインに3月17日にアップされた原稿です→http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/238117/031600044/?rt=nocnt
GPIFが「海外インフラ投資」に本腰
国民の年金資産を預かるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)に対する関心が、急速に薄れている。株価の下落で多額の損失が発生した際には、新聞や週刊誌、テレビなどで大きく取り上げられたが、株価が戻してGPIFに多額の利益をもたらすと、ほとんど報道では取り上げられなくなった。
そんな国民の関心が薄れる中で、GPIFが新しい分野への投資に本腰を入れ始めた。発電や送電、ガスパイプライン、鉄道といった海外のインフラストラクチャー(インフラ、社会資本)に投資する「インフラ投資」だ。すでに日本政策投資銀行(DBJ)、カナダ・オンタリオ州公務員年金基金(OMERS)と共同投資協定を締結。「適切な投資案件が選定された際に、GPIF も資金を拠出する」としている。
海外のインフラ投資にのめり込もうとしているGPIF。同法人の運用の基本は「安全かつ効率的な投資」だ。果たして、海外インフラは安全で効率的な運用先なのだろうか。
「トランプ政権との関係強化のため」との報道
(日本経済新聞 2017年2月2日付)
2月2日、日本経済新聞はこう報じた。「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が米国のインフラ事業に投資することなどを通じ、米で数十万人の雇用創出につなげる。対米投資などで米成長に貢献できる考えを伝え、トランプ政権との関係強化につなげる」というのである。
これに対してGPIFは同日、高橋則広理事長のコメントを出した。「本日、一部報道機関より、当法人のインフラ投資を通じた経済協力に関する報道がなされておりますが、そのような事実はございません。GPIF は、インフラ投資を含め、専ら被保険者の利益のため、年金積立金を長期的な観点から運用しており、今後とも、その方針に変わりはありません。なお、政府からの指示によりその運用内容を変更することはありません」
安倍首相も寝耳に水?
さっそく、この問題は国会でも取り上げられた。翌2月3日の衆議院予算委員会で民進党の大串博志・政調会長がこう質した。
「公的年金というのは、国民の皆さんのお金ですよ。将来の年金の給付に充てられるべきお金ですよ。これをトランプ新大統領の面会のときに、日本からお土産のように、安倍総理の財布がわりかのごとく出していくというのは、私、どういったことなのか」
これに対して安倍晋三首相は気色ばんでこう答えた。
「GPIFによる年金積立金の運用は、法律の規定に基づき、専ら被保険者の利益のために行われるものであり、実際にGPIFでそのように判断して運用を行うものと考えているわけでありますが、政府として今おっしゃったようなことを検討しているわけでは全くございません。これははっきりと申し上げておきたいと思います」
国民の年金資金を米国への手土産にする──。もしそんな事を内閣で考えているとすれば、国民の怒りが沸騰するのは明らかだ。どうやらこの話、安倍首相には寝耳に水だったようで、答弁でも「(新聞では読んだが公の場では)初めて聞いた」と答えている。
GPIFを管轄する塩崎恭久・厚生労働相も答弁に立ち、「GPIFの運用方針そのものの中に政治判断が入るということはない」という模範答弁をしていたが、GPIFの運用と米国への協力を結び付けたことに、「うち(厚生労働省)から出た話ではない」と憤っていたようだ。答弁には立たなかったが、麻生太郎・副総理兼財務相も「筋の悪い話」と切り捨てていた、という。
米インフラに兆円単位で投資される可能性はある
分かりにくいが、GPIFの高橋理事長がコメントで「事実はない」としたのは、「経済協力」としてGPIFのカネを使う事実はない、という意味で、インフラ投資をしないと言っているわけではない。高橋氏は国会答弁で、すでにインフラ投資を行っており、2015年度末で時価総額814億円分を投資、6億円の利益が出ているとした。そのうえで「(法律で)認めていただいておりますのは全体の5%、恐らく7兆円前後の金額が投資可能だ」と答えている。
つまり、政府が指示するかどうかは別として、米国のインフラに日本国民の年金資産が兆円単位で投資される可能性は「ある」わけだ。そうなれば、「結果的に」米国経済に協力することになる。
日経新聞の記事は誤報ではない。どうやら、ネタ元は経済産業省。首脳会談に同行する予定だった世耕弘成・経済産業相の周辺から情報が流れたようだ。世耕氏は経産相に就く前の官房副長官時代にはGPIFの運用ポートフォリオ見直しなどに関与していた。世耕氏に花を持たせようとした官僚が話を分かりやすく膨らませて話したのだろう。
インフラ事業への投資では、すべて失う可能性も
だが、この報道は、GPIFが海外インフラ投資にのめり込んでいこうとしていることに国民の関心を呼び起こすきっかけになった。
GPIFはインフラ投資について、「海外の年金基金等では有力な運用手法となっており、長期にわたり安定した利用料収入が得られるとともに、株式市場等の価格変動の影響を受けにくいことから、債券や株式との分散投資により、年金財政の安定に寄与する効果が期待できます」としている。確かに、海外の年金基金がインフラ投資をポートフォリオに組み込んでいるのは事実だ。
だが、ここに大きな問題がある。海外の基金の多くは、毎年料金収入などが見込めるインフラに、直接投資しているケースが多い。つまり、料金収入から毎年一定のリターンを確保するようにするなど、リスク回避に慎重になっている。GPIFが協定を結んだカナダの年金基金も、GPIFの発表資料の図によれば、直接インフラ企業の株式などに投資している。
ところが、GPIFは投資信託の形で投資するとしている。間に資産運用会社が入り、「金融投資」に変わっているのだ。インフラ事業自体のリスクの把握が、運用会社任せになりかねない。GPIF自身が直接インフラ投資のリスクを把握できなければ、安全な投資先とは言えない。
上場企業の株式への投資と違い、インフラ事業自体への投資は、問題が起きた時に逃げるのが難しい。株式ならば市場で売却すれば済むが、事業投資では流動性が極端に薄く、転売が難しい。事業が行き詰まれば、投資をすべて失う可能性もある。
経営危機に直面している東芝の例
いま、経営危機に直面している東芝が良い例だ。米原子力大手のウェスチングハウスを買収しただけでなく、米国の原発建設に深くコミットしたために、屋台骨を揺るがされている。安定的なインフラ事業と思われていた原発が、本体を危機に陥れることになったのだ。
そもそも、GPIFに海外のインフラ投資のリスクを判断できる能力が備わっているのだろうか。株式投資のウエートを引き上げた際ですら、運用能力やリスク管理能力に疑問符が付けられた。インフラ投資は、より「事業」を見る専門能力が求められる。株式や債券以外のいわゆる「オルタナティブ投資」に資金を割いていくだけの力をGPIFが持っているようには見えない。
野党やメディアは、こうしたGPIFの投資姿勢や、運用体制、リスク管理体制について、もっと突っ込んだ検証をすべきだろう。四半期決算ごとに損失が出たら大騒ぎ、利益が出れば安心、というのでは、本質は見抜けない。
GPIFが3月3日に公表した第三四半期(10〜12月)の運用成績は10兆4973億円のプラスになった。運用資産額は144兆8038億円に達する。国債などの「国内債券」の運用割合は33.3%にまで低下、国内株式が23.8%、外国株式が23.2%にまで高まった。安倍内閣になって実行に移したGPIF改革のひとつの柱だった「ポートフォリオ(運用資産割合)の見直し」で想定した形に近づいている。
GPIF改革のもう1つの柱、ガバナンス改革
GPIF改革にはもう1つの「柱」があった。ガバナンス改革である。ポートフォリオ改革とガバナンス改革を、塩崎厚労相は「車の両輪」と言い続けていた。運用方針の合議制などを盛り込んだGPIFの組織体制の見直しについては法律が昨年通っており、今年秋には新組織体制に移行される。運用についてより透明性を高めていくことになると見られる。
そうした中で、「海外インフラ投資」をどう位置付け、そのリスク管理をどうやっていくのか。また、投資内容や成績の開示をどうするのか、議論すべきことは多い。GPIFが運用するのは国民の虎の子である。あくまで年金を受け取る年金資産の保有者、つまり国民の利益を最大化することが最優先されなければならない。政府の意向や、金融機関、運用業者、アドバイザーなどの食い物にされることがあってはならない。