女性に「二者択一」を迫る日本型人事制度 「出世」と「出産」を両立できる仕組みを

日経ビジネスオンラインに9月28日にアップされた『働き方の未来』の原稿です。オリジナルページ→https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/092700077/

体外受精で生まれた子どもが5万人を超えた
 日本経済新聞などの報道によると、2016年に体外受精によって日本国内で生まれた子どもは5万4110人と2015年に比べて3109人増え、過去最多を更新した。日本産科婦人科学会がまとめた調査結果として報じた。2016年の総出生数は97万6978人だったので、18人に1人、5%超が体外受精で生まれた計算になる。

 不妊に悩む夫婦は6組に1組とも言われる。不妊治療を受けている人は正確な人数は分からないものの、女性だけで40万人を超えるという推計もある。また、不妊治療の費用の一部を助成する国の制度を受けた件数は2013年度で14万8659件にのぼっている。今や、不妊に悩んで治療を行い、体外受精で妊娠して出産するケースはまったく珍しくない姿になっている。

 不妊に悩む人が増えている背景には、昔に比べて治療が普及したため、問題が顕在化したこともあるが、不妊自体が増えているのも間違いない。ひとつは晩婚化やライフスタイルの変化によって出産しようと考える年齢が上昇していることから、妊娠しにくくなっていると指摘されている。

 第1子を出産する人の年齢は2016年の全国平均で30.7歳。1950年に24.4歳だったものが年々上昇、2011年以降は30歳台が続いている。一般的に年齢が上昇すると妊娠する力も低下するとされ、特に35歳以上になると格段に妊娠力が落ちると言われている。

 これは体外受精でも同様で、国の公費助成も、比較的成功率が高いとされる42歳までの女性に対象を限定している。2016年は過去最多の44万7790件の体外受精が行われたといい、その結果の出生数が5万4110人なので、平均の体外受精による出産成功率は、決して高いとは言えない。

 女性の出産年齢が上昇しているのと、働く女性の増加にはもちろん因果関係がある。大学を卒業して働き始め、5年くらいたった時点で結婚や出産を考える女性は少なくないが、入社5年目くらいになると、仕事も任されるようになり、責任も増してくる。中堅社員として活躍が期待され始める時期と重なるのだ。

入社10年目の女性が「戦線離脱」できるか?
 このタイミングで仮に結婚したとしても、すぐに子どもを出産するという選択にはなかなかならない。子育てと仕事を両立するというのは至難の業だからだ。日本の伝統的な大手企業では、入社5年から10年くらいにかけてが、もっともバリバリ働くことを求められる年頃。その間に出産で「戦線離脱」するというのは、働いている女性にとっても、なかなかできる決断ではない。同期が主任などに昇格する中で、仕事を休んで出産するとなれば、後れをとるのは必至だからだ。

 最近は産休や育休など、制度を整える企業が増えているが、正直言って、入社5年でまだ職場に確固たる「居場所」を築けていない段階で、産休取得に踏み切るのは躊躇する。そんなことから、働く女性の出産年齢は「限界」に近い30代半ばへと上昇していっているのだ。

 産休や育休を取るにしても、結婚して妊娠を考える前に、まずは会社で実績を上げ、産休を取っても戻って来られる場所を確保しておきたい、そんな意識が働く女性を支配しているようにみえる。

 女性が伝統的な日本企業で活躍するうえで、出産が大きなハードルになっているのは間違いない。男女雇用機会均等法以降、表面上、女性と男性の職場での活躍機会は「平等」になったため、女性が職場で評価されようとすれば、「男と同じように」働くことが暗に求められた。筆者がかつて勤めていた新聞社では、活躍して出世する女性記者は「男同様」もしくは「男以上」に働いており、結婚や出産を諦めていた人が少なくなかった。もちろん、子どもを産まないという選択も当然、尊重されるべきだが、生みたくても仕事の仕方が過酷で、生むことが難しいという現実もあった。

 安倍晋三首相が女性活躍促進を掲げて、産休・育休制度の拡充や保育所の整備などに力を注いだ結果、いわゆる「M字カーブ」は急速に解消の方向に進んでいる。女性の就業率を縦軸、年齢を横軸にしたグラフを描いた場合、出産して育児をする30歳から40歳にかけて就業率が低下、Mの字形の曲線になっていた。これがここ数年で急速に台形型に変わってきているのである。

 だが、その一方で、平均出産年齢はジワジワと上昇が続いている。1人目の出産年齢が上昇すれば、2人目、3人目を生むチャンスは必然的に低下する。つまり、初産年齢の高齢化は少子化の一因でもあるわけだ。

 サテライト・オフィスや自宅での労働が可能になるなど、女性のライフスタイルに合わせた働き方を取り入れる企業も増えている。だが、最大の障害になっているのは、終身雇用を前提にした年功序列型の人事制度が根強く残っている日本の伝統的な大企業が求めているキャリアのあり方が、女性のライフステージとどうもかみ合わないことだ。会社として最も使いやすい年齢と、女性の結婚・出産年齢が重なってしまうため、仕事か私生活か、という二者択一を女性社員に迫っている。もちろん、結婚したら会社を辞める「寿退社が当たり前」だった「過去」を持つ会社は、今でもそうしたムードを引きずっている。

女性の「キャリアパス」を考え直す
 経団連の中西宏明会長が「就活ルールの廃止」に言及して大きな話題になったが、今後、欧米型の人材採用スタイルが広がるにつれ、新卒一括採用という日本型の仕組みは崩れていくに違いない。一方で、幹部社員になっていくには、大学卒の学士では不十分で、より専門性の高いMBAなど修士号や博士号の取得が広がっていくに違いない。そうなれば、企業が本格的に採用するのは30歳近い実績と能力が明らかな人材という時代が来るにちがいない。

 そうなると、ますます女性のキャリアパスのあり方が問題になる。どのタイミングで結婚して出産するのか、というのが人生設計のうえでも重要になってくるだろう。もしかすると、さっさと子どもを産んで、それから就職し、子育てしながら職業人としてのキャリアを磨くというスタイルがクールだということになるかもしれない。

 いずれにせよ、終身雇用を前提に、年功序列型の人事を行っていれば、優秀な女性の能力を120%引き出すことは難しい時代になっていく。より自由に会社を出入りできる採用・解雇の仕組みや、ライフスタイルに合わせた働き方を認める仕組み、勤続年数ではなく、能力や資格に合わせてポストに就ける仕組みなど、本当の意味での「働き方改革」が必要になってくるだろう。

 安倍内閣が旗をふってきた「働き方改革」は、現段階では同一労働同一賃金長時間労働の是正、正規非正規の待遇格差是正などに重点が置かれている。今後は、人々のニーズやライフスタイルの変化に合わせた働き方を可能にする仕組みを企業に導入させることが不可欠だろう。女性がライフスタイルに合わせて働き方を柔軟に変えられるようになれば、出産年齢が下がり、少子化に歯止めがかかる可能性もある。

 働き方改革の第二弾として、日本型の雇用制度を大きく見直していけば、女性の活躍が進む一方で、少子化対策にもなり、企業の生産性も上がるという一石三鳥の成果が期待できるのではないか。