検察はゴーン容疑者をさらに追い詰める「本丸」を隠しているのか 有報虚偽記載は、突破口に過ぎない‥?

現代ビジネスに11月29日にアップされた原稿です。オリジナルページ→https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58693

ゴーン容疑者以外の責任は
日産自動車の会長だったカルロス・ゴーン容疑者の不正事件に絡んで、日産の有価証券報告書(有報)に「適正」の監査意見を出してきたEY新日本監査法人や、有報を財務局に提出した法人としての日産に責任はないのか、といった議論が浮上している。12月19日に逮捕されたゴーン容疑者の直接の逮捕容疑が金融商品取引法違反の有価証券虚偽記載罪だったからだ。

いくらゴーン容疑者が権力者だったとはいえ、有報の作成には大勢の日産社員が関与しているうえ、有報の情報が正しいかどうかをチェックしてお墨付きを与えてきた監査法人も関わっており、ゴーン容疑者と、同時に逮捕されたグレッグ・ケリー容疑者だけでは、到底完遂できない犯罪だからだ。

有報虚偽記載罪を犯した場合、その有報を提出した法人は、金融庁から課徴金を命じられ、証券取引所からは上場廃止などの処分を受ける。虚偽記載を見逃した監査法人も業務停止命令や課徴金の支払いを求められ、監査をした会計士個人も業務停止などの処分を受ける。経営者も東京地検特捜部に告発され、刑事処分を受けることになる。

巨額の粉飾決算が表面化した東芝の場合、法人としての東芝は課徴金の支払いを求められ、監査をした新日本監査法人にも多額の課徴金を課せられた。また担当した会計士は業務停止処分を受け、法人を退職に追い込まれた。

一方、証券取引等監視委員会東京地検特捜部に対して東芝の歴代社長の摘発を求めたが、結局、誰ひとり逮捕されずに終わっている。

今回の日産事件は流れが逆になっている。経営者トップだったゴーン容疑者は逮捕され、いきなり身柄を拘束された。有報の虚偽記載を罪に問う以上、法人としての日産や監査法人の責任は追及されるに違いない、と誰しもが思っている。だがどうも、そうした動きにはなりそうにない。

監査法人は何をしていた
そんな中、日本経済新聞がすかさず記事を出した。

監査法人、日産に疑義指摘 11年ごろから複数回」という見出しで社会面に掲載された。ゴーン容疑者が使う海外の住宅などを購入していた日産のオランダ子会社「ジーア」について、監査法人が2011年以降、複数回にわたって「投資実態などに疑義がある」と指摘していた、という内容だ。

しかし、本当に監査法人は疑義を指摘していたのだろうか。

ジーアはペーパーカンパニーで資本金は60億円である。日産自動車の連結ベースの純資産額は5兆6887億円。単体の純資産額でも2兆5274億円に上る。連結子会社は193社だが、有価証券報告書に名前が載っているのは主要な50社弱で、ジーアはもちろん掲載されていない。

監査法人が監査する場合、重要性の原則というのがあって、全体への影響を及ぼさないものには、よほどの事がない限り、注意を止めない。今回の不正の核のひとつと現段階で見込まれているジーアに、監査法人が早くから気が付き、「疑義」まで指摘していたとすれば、たいしたものである。普通の監査ならば、60億円が投資に回っているかどうかなど、気も止めないと考えていい。

監査の過程で内部告発が会計士に寄せられるなど、問題指摘があった可能性もあるが、それが有報の虚偽記載につながるような不正だと気がついていたのなら、当然、有報の修正を会社に求めるべきだった、ということになる。

また、犯罪につながっているような私的流用だとすれば、金融商品取引法の193条の3に従って、当局に不正を告発しなければならない。いずれかの行動を取らずに疑義を指摘していたと言われても、それで責任免除とはならない。

だが、このタイミングでこうした記事が出てきたのは、検察当局からの「監査法人の責任を問うつもりはない」というメッセージだと見ていいのではないか。

自分たちの責任が問われるとなれば監査法人は、逮捕容疑について有報虚偽記載には当たらないという主張を展開し、否認しているゴーン容疑者の側についてしまいかねない。監査法人は指摘までしていたが、ゴーンがひねりつぶした、というストーリーにすれば、監査法人も口をつぐむ。そう考えたのかもしれない。

監査法人が自分たちの責任を回避するために、新聞に流したという推理も成り立つが、日本経済新聞の場合、監査法人を常日頃取材しているのは証券部や企業情報部の記者で、社会面に記事を書くことはまずない。日産が出元だとしても同じだ。

しかも、監査法人の場合、記事の末尾にあるように、個別案件について答えることはまずない。公認会計士には守秘義務が課されているから、自分たちから話すことを極度に恐れる。

「関係者」というのは検察周辺と見るのが正しいだろう。

特捜が描いている絵
会計専門家や会社法に詳しい学者などは、ほぼ異口同音に、報酬の過少記載を理由に有報虚偽記載罪で立件し、公判を維持するのはかなり難しいと指摘する。

金額が大きい事で庶民感情に訴える事はできても、法的に有罪に持ち込むにはハードルが高いという。しかも、本気で有報虚偽記載で突き進もうとすれば、日産と監査法人の責任追及も不可欠になってしまう。

つまり、あくまで有報虚偽記載は、ゴーン容疑者の身柄を押さえるための「突破口」に過ぎない、と見るべきだろう。まだ明らかになっていない、もっと重大な不正、「本丸」が隠されているのだろう。

そう考えていたら11月27日付の朝日新聞の朝刊1面で新たな疑惑がスクープされた。リーマン・ショックでゴーン容疑者が私的に被った投資損失17億円を日産に付け替えたという内容で、取引を行った銀行が金融庁から繰り返し指摘を受けていた、というものだ。事実とすれば特別背任に該当する可能性が高い。ただ問題は、不正が10年前だという点だ。

おそらく、まだ「先」があるのではないか。拘留期限までにゴーン容疑者を追い詰め、落とすために、本丸の玉はまだ隠されているのかもしれない。

いずれにせよ、逮捕容疑の有報虚偽記載罪はあくまで突破口に過ぎず、法人としての日産や監査法人に累が及ぶことはない、と見ていて良さそうな気配である。