またぞろ浮上する「内部留保課税」

日本CFO協会が運営する「CFOフォーラム」というサイトに定期的に連載しています。コラム名は『コンパス』。11月15日にアップされた原稿です。オリジナルページもご覧ください。→http://forum.cfo.jp/?p=10826

 増え続ける企業の「内部留保」をどう吐き出させるか。安倍晋三首相が掲げる「経済好循環」がなかなか実現しない中で、利益を溜め込んでいる企業への批判が高まっている。2012年末に第2次安倍内閣が発足して以降、政府は法人税の引き下げを行ってきたが、それによって増えた収益が、従業員の給与や株主還元、設備投資などに使われず、「利益剰余金」として企業内に蓄えられている。これを何とかしないと、景気が本格的に好転しないというのである。

 財務省が毎年9月に発表する年度ベースの法人企業統計によると、2017年度の企業(金融・保険業を除く全産業)の「利益剰余金」、いわゆる「内部留保」は446兆4,844億円と過去最高になった。前年度比にすると9.9%増である。増加は6年連続で、9.9%増という伸び率はこの6年で最も高い。

 利益剰余金が大きく増えた原因は、企業業績が好調で利益が大きく増えたこと。全体の当期純利益は61兆4,707億円と前年度に比べて24%も増えた。その一方で、企業が納めた税金である「租税公課」は10兆1,690億円と7.7%減少しているので、法人税減税の分はほとんど内部留保に回った、と見ることもできる。

 設備投資は45兆4,475億円と2兆5,095億円増加、株主への配当は23兆3,182億円と3兆2,380億円増えたが、内部留保の40兆円の増加には及ばない。また、人件費は206兆4,805億円で、増価額は4兆6,014億円、率にして2.3%の増加にとどまっている。

 人件費は2015年度以降、1.2%増→1.8%増→2.3%増と、増加率も増してはいる。だが、企業が生み出した付加価値のうちどれぐらい人件費に回しているかを示す「労働分配率」は66.2%で、2011年度の72.6%からほぼ一貫して低下し続けている。

 麻生太郎・副総理兼財務相労働分配率の低下に繰り返し苦言を呈してきた。経済界の求めに応じて法人税率の引き下げを決めた後にも、「法人税率を引き下げるのはいいが、内部留保に回ってしまっては意味がない」と述べている。

 そんな中で、またぞろ浮上しているのが「内部留保課税」だ。企業が溜め込んだ内部留保に税金をかければ、それを嫌った企業が内部留保を吐き出すのではないか、というわけだ。

 当然のことながら、経済界はそうした議論が出ることに猛烈に反発している。大物財界人のひとりは、「とんでもない話だ。そもそも二重課税だし、利益剰余金はバランスシート右側(貸方)で、左側(借方)には資産として何かに使われている。会計がまったく分かっていない人の議論だ」と憤る。

 確かに、法人税を支払った後の残りが利益剰余金なので、それに課税すれば二重課税になる。借方に資産が載っているのも確かだが、建物や工場設備など「設備投資」の結果の資産ではなく、「現金・預金」が増え続けているのも事実だ。2017年度の現金・預金は221兆9,695億円。前の年度に比べて11兆円も増加している。麻生氏でなくとも問題視したくなるのは当然だろう。

 野党も内部留保課税に前向きだ。財務省出身の玉木雄一郎・国民民主党代表は私見としながらも、「国際競争力の観点から法人税率をゼロにしても良いので、内部留保に課税したらどうか」と話す。当然、玉木氏のブレーンには財務官僚もいるから、そうした議論が財務省内で行われていることを伺わせる。国民民主党の前身である希望の党も前回の衆議院議員総選挙に際して、内部留保課税をぶち上げていた。

 エコノミストの間からも内部留保課税やむなしという声が上がり始めている。ここまで、利益剰余金と現金・預金が増えてしまうのであれば、何らかの歯止め措置を実施しなければ、経済循環は始まらない、というのである。

 銀行預金に課税すべきだという声もくすぶる。もともとは増え続ける個人金融資産を少しでも消費に向かわせるための議論だったが、企業の内部留保の中でも現金・預金にだけ課税するには、預金残高に資産課税するのも手だというわけだ。

 現在の金融課税は、利息に対して20%の源泉分離課税がなされているが、低金利の中でほとんど税収はないに等しい。企業の現金預金222兆円に税率1%で課税しても2兆円の税収になる。もちろん、その課税を嫌って設備投資や人的投資に資金を投じるようになれば、経済好循環が動きだす可能性が出てくるというわけだ。現金・預金を積み上げることが、企業経営の「安全性」につながるとばかり言っていられなくなる時代になるかもしれない。